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あえて手を伸ばさない私のつまらない人生。

作者: 佐藤なつ

時計を見ると、10:30

ちょっと押しているけど、何とか予定通りに仕事は進んでいるな。


と、思ったタイミングで隣の席の愛菜から「里奈、お昼休み一緒に行けそう?」なんて気の抜けた声をかけられた。

多分、お腹空いてきたから我慢できなくて聞いてきたのだろうな。とは思ったけども、

上司の目も気になったから「その件、わかりかねます。」とだけ答えた。

「もう、里奈ってば固いんだからぁ。」

甘い口調。

それが不思議と似合ってしまうから特に誰も言わない。

「進藤さん、ここは職場ですから名字でお願いします。」

「はぁい、わかりました。木村さん。」

なんて拗ねて唇を尖らせる姿も可愛らしい。


彼女、進藤愛菜と私は浅く長いつきあいだ。

同じ商業高校出で、指定校求人枠に応募してこの会社に勤めて早数年だ。

高校時代は友人グループが違ったので、必要最低限の会話をした程度だった。

だが、ここに就職してからは同じ学校卒業者ということで二人で一つセット扱いをされている。

名前の響きも似ているからとか、良くわからない理由付けもされて。


可愛く愛嬌のある愛菜と、愛嬌無いがコツコツ仕事をする私。

社交的で、課のムードメーカと、その事後処理係。

いや、愛菜が取りこぼした仕事を私が尻拭いしている。


多少は不満はあるが、高校時代から私のノートを見せて欲しがったり上手い所を持って行こうとしていた人だから関係性は変わっていない。

それに、彼女が明るく振る舞えば場は明るくなるし、私にもそれなりに気を使ってくれる。彼女は、課のオジサン達に気に入られていて、その分、私が課のお局様に気を使ってもらえる。

それは、積極的にコミュニケーションをとりにいけない私の助けになっている。

特に小さい会社ではお局様に嫌われると生きていくのが難しいのだ。

ちなみに愛菜は、そういうのを気にしている振りをしつつ全くメンタルは傷ついていない。

「なんで私にだけあんな冷たいんだろう。でも色んな人がいるよね。気にしないのが一番!だね!もう忘れちゃおう。」

纏めるとこんな感じで終わる事を長々と私に愚痴る。

そして、本当に終わらせてしまうのだ。

復活力が半端ない。

鋼のメンタル持ちである。

彼女の話から察するに、子供の頃から親、親戚に溺愛されて、全肯定されて生きてきたようだ。

私のような、ネガティブ人間からすると羨ましいような羨ましくないような。

愛菜の言葉を借りれば

「色んな人がいる。」

それは愛菜にも当てはまるのだと思う。


にこにこ雑談を交えながら仕事をする愛菜の分のフォローをしたせいで、少し遅れて昼休憩に入った。

愛菜は気づいていないから

「もう、遅いよ!昼休憩が短くなっちゃう。」

ぷんすか。

なんて言っている。


愛菜は仕事の全体量を把握することが出来ない人種のようで、仕事をフォローされているとか、人がやってくれているという事がわかっていない。

私がお人好しに手伝っているのは、やらないと大火事になった事が数回あったからだ。

私はその大火事事件を全部覚えているが、愛菜は「もう、忘れちゃおう!」で、本当に忘れる。

その切り替えは羨ましい。


凄まじいまでの切り替え力だと思う。

そう、私が思っている間に、愛菜はカフェに入り、ランチを注文し、唐突に自分の話を切り出した。

「私、彼氏が出来たんだ!」

弾む声。

それは何となく気づいていた。

いや、何となくレベルじゃない。

髪型を変え、化粧を変え、香水だって変えている。

なんならテンションだって高めだ。

昨日と今日のビフォーアフターがわかりすぎるのだ。

「へぇ、どんな人。」

前彼と分かれて数ヶ月。

本当に切り替えが早い。

と、思いつつ聞き返す。

いや、聞き返してあげる。

聞き返さないとこの後機嫌が微妙になるのだ。


「鷹野さんって言って、取引先の人。」

「この間、会食のお供に行ってたね。そういえば。」

「お供だなんて!アシスタント!」

「・・・・そうだったね。」

愛菜はすかさず修正してくる。

多分、お酌とかその場の賑やかしで連れて行かれたんだと思うけど、本人がアシスタントと言えばそうなんだろう。

にこにこして場を和ませるなんて事、私には出来ない。

私の言葉に反応したけども、そこはそんなに重要じゃなかったようで、すぐスマホ画面を突き出してきた。


スーツ姿で、整った顔立ちの男性。

それしか感想は無い。

清潔感はある。

髪もピッチリセットしてある。

後、歯が白い。

どこもかしこも隙がなさそうな感じだ。

「へぇ。」

「へぇって何!もう!」

「うん、恰好良いね。」

「でしょう!!すっごい優しいの。取引先の社長の奥さんの甥っ子さんで普段は海外でお仕事されていて・・・・・。」

ペラペラと喋る愛菜。

ランチが届いても、食べながらもペラペラペラペラ。

それに適当に相槌を打ちながら答える。

「そっかぁ。」

「すごいね。」

「いい人なんだね。」

「有能なんだ。」

「世界を又にかけてるんだね。」

一応返答はできるけど、話を聞いて思った事は、

「うさんくさいけど。」

だった。

「何!うさんくさいって!!!!」

しゃべくりまくりながら私と同じ速度でランチを完食するという特技を遺憾なく発揮した愛菜が突然怒りだした。

いや、私の心の声がちょい漏れしてしまったようだ。

これは失言だ。

「ごめんね。愛菜が心配で、だって、社長の奥さんの甥っ子さんって会社から見たら全然関係ないしね。仕事の関係もちょっと良くわからなかったから。」

「だから、普段、海外で仕事してるから日本の事情がわからないから見学に連れてきてあげたんだって。」

「見学・・・???ねぇ・・・。そっか。愛菜が良ければ良いんだけどね。心配だから。前の彼氏も何か・・ね。」

前の彼氏は、ソシャゲ中毒者だった。

課金しまくり、愛菜に借金を申し込んできたから別れたはずだった。


「もう、里奈はネガティブなんだから!前のことばっかり言ってたら前に進めないでしょ!今度は大丈夫!だって取引先の社長の親戚なんだもん。」


いや、だからそれ限りなく他人に近いから。

とは胸の中に収めた。


昼休憩が終わってからも愛菜のハイテンションは収まらなかった。

定時きっかりに、なんなら10分前にトイレに行ってそこで髪を綺麗に巻き直して退社していった。


そこから、毎日その風習が続き、三日目にお局様に叱られている愛菜を見た。

次の日から巻髪はやめたけど、定時で帰って行くのは変わらなかった。

彼氏出来た宣言から一週間くらい経った頃、会社の窓から愛菜を見た。

あの写真に写っていた彼と腕を組んで歩いている姿。

もしや、会社に迎えに来てくれているのか?

と、思ってさり気なく窓から観察したら、毎日来る。

会社の真ん前で待っている。

これは尋常では無い人だ。

そう思って、愛菜をランチに誘って、さり気なく言った。

「会社の窓から一緒に帰る所が見えてさ。」

「やだぁ!見たのぉ?」

いつも以上に語尾伸ばしが増えている。

「うん。見えた。」

いや、見てた。

観察してた。

とは、言わずに見えたと言う。

「仕事で疲れちゃうって言ったらお迎えに来てくれるって言うの。」

「はぁ。」

「その後、○○○っていう車に乗せてくれて!この国に5台しかない特別仕様車なんだって。」

「はぁ。」

「○○ホテルに、ご飯連れていってもらっちゃって。それから・・・うふふふふ。」

わかりやすい匂わせだ。

「なるほど。急展開。」

「そうなの。海外で生活するのにはパートナーが必要なんだって。ホラ、あっちってパーティとか多いでしょ。だからパートナーに相応しい華やかな女性を探してたんだって。あっちでは社交性が大事にされるから。」

「そうなんだ。」

内心は、あっちなんて知らんがなと思うけども、反射的に返答はする。

「でも、人生を共にする相手だから相性を知りたいって言われて。だから。ね・・。」

頬に手を当てて恥じらう振りをする。

なるほど、そう言われた訳だ。

「でねぇ。・・ふふふ。彼すっごいの。優しいし、すごいし。」

「そっかぁ・・・。」

それこそ、知らんがな。

しかも、全然わからんし。

すごい。

しか言ってない事に気づいていないのだろうか。


他にも愛菜が鷹野さんを褒める言葉から伝わってくるのは胡散臭さしかない。

それしかない。

いっそ、ソシャゲ中毒前彼の方が、人間として存在感があった。

ゲームの中で自分が必要とされているから、このイベント参加しないと皆が困るからとか語って、愛菜との約束を何度もドタキャンしている彼の方が。

なんか行動がわかった。

愛菜からの話からそういう人が存在しているっていうのがリアルに伝わってきた。

でも、鷹野さんはなんか変だ。

変。

「私、忙しいんだ。もう里奈とはランチに来れない。色々お金かかるし、節約しないと。」

「節約?」

節約なんて愛菜の生活から考えたら縁遠い言葉だ。

「だって、まず、パスポート代でしょ。」

「申請代ってこと?」

「そうそう。」

「それから、英語教室代と、あっちでは着物着れた方がいいから、着付け教室と、後はマナー教室とか。」

「え?それ全部通うの?」

「うん。鷹野さんが紹介してくれるって。」

「破産しそうだよ。」

「大丈夫。鷹野さんの紹介で安くしてもらえるから。」

「????やすくして貰えるのに節約?」

「割引してもらえるけど、元が高いから。」

「それって、本当に必要なの?」

「必要だから行くんじゃん!」

おかしな事いうのね。

なんて言われてしまう。

「それ、詐欺じゃない?」

「・・・・酷い!なんでそんな酷い事言うの!!!」

カフェで突然叫ぶ。

ランチ時から込んでて皆、話し合っているけど、流石に目立ってしまうから店を出た。

会社に戻る道すがら話し合う。

「いや、そんなに教室行くなんて時間も足らないし、お金も足らないでしょう?それに着付け教室って着物持ってるの?」

「着物も安く売って貰えるから大丈夫!」


全然大丈夫そうじゃない。

「いや、それおかしいよ。止めた方が良いよ。親とかに相談した?本当に大丈夫?」

怪しすぎる。

本当に怪しすぎる。

愛菜は私の言葉に口を尖らせた。

「里奈って・・・いっつもそうだよね。なんか、素直じゃないって言うか、あら探しするっていうか、ひねくれているっていうか。そういう風だとチャンスを掴めないんだよ。

私、ずっと思ってた。里奈はもっと人生を楽しめば良いのにって。いつもさ。こうなったら心配とか、失敗したら困るとか。ちゃんとしないととかって言ってさ。お堅いんだよね。そういうのって。疲れちゃわない?前から合わないなぁって思ってたけど、寂しそうだから話しかけてあげてたのにさ。人の幸せな話も一緒に喜べない人とはいられないよ。私も忙しくなるし、もう仲良くはできないかな。じゃあね。私、一人で戻るわ。」


一方的な絶縁。

先に会社に戻った愛菜は上司に、私との席を離して欲しいとか色々直談判していた。

さすが思ったら即行動。

そういう所は素晴らしい。

だけど、考えずにそういう行動を取るからお局様に苦言を呈されている。

「自分の事情を会社に持ち込むな。」

って。

課長は、

「気分転換に、席替えもいいかもしれない。でもちょっと時間がいるね。」

なんて答えている。

それで、この話はおしまい。

愛菜も言うだけ言って少しは気持ちが収まったのか、それ以上言わない。

私は、こっそり課長とお局様に事情を聞かれて、知ってることを全部話した。

別に内緒にしてとは頼まれていないし、私に迷惑がかかりそうな状況になったら困るから。課長もお局様も、渋い顔して私のフォローをしてくれると約束してくれた。


前以上に愛菜に割り振る仕事は減らしたみたいだけど、愛菜は当然気づいていなくて。

その分周りの仕事が増えていく。

自分の仕事は減ったはずなのに、やる気が全然無くなったのか、愛菜の仕事の進みは悪い。なんとなく課の空気が悪くなり、当然、私と愛菜の関係も悪いまま仕事を続ける。

それから、しばらくしてから、突然愛菜に話しかけられた。

「このままだと仕事に支障がでるから、仲直りしよう。今週末にお出かけしよう。」

忙しいんじゃなかったのか。

とは、思ったけど、確かに支障が出ている。

愛菜の仕事の取りこぼし状況が把握しづらくってフォローが遅れてしまう。

それで大火事まで行かなくてもボヤ程度の事は起きてきていた。

だから、愛菜も困っているのだろう。

愛菜に仲直りの打診をされたことを課長とお局に報告して、私は愛菜と駅前で待ち合わせた。

そこからは愛菜が良い所につれていってくれるというのでついていくと、到着したのはホテルのロビー。

もしや?

と、警戒していたら、案の定、そこのロビーラウンジで鷹野さんと言う人に引き合わせられた。

「すみませんね。今日は来て頂いて。初めまして。鷹野真人です。愛菜さんとお付き合いさせて頂いています。」

爽やかな笑顔。

キラッと人工物めいた輝きを放つ、異様に綺麗な歯が光る。

胡散臭さしか私には感じられない。

「はぁ。」

と、しか返答ができない。

「やだ、里奈ったら、ちゃんと挨拶してよ。恥ずかしい。」

やだ。愛菜に常識知らず扱いされちゃった。

余りの衝撃に内心ツッコミが止まらない。


ここは、愛菜風に、

”初めましてぇ。里奈で~す。”

と、応えるべきなのだろうか。

いや、私には無理だ。

そして、私はこの人に名告りたくない。

だけど、人間として、挨拶をくれた人を無視するのも。

葛藤した結果。

「初めまして。愛菜さんの同僚です。」

と、だけ応えた。

これが、私の限界だった。

「ふふふ。警戒心半端ないですねぇ。」

ホテルの照明に歯がキラッキラ光っている。

怖い。

両手を組んで顎を載せる、ゲンドウポーズとも称される体勢をキープしたまま歯を見せて笑うって中々成人男性でやれる人っていないんじゃないかな。

「そうなの。里奈っていつもそうなのよね。よく言えば慎重っていうか。」

「愛菜。」

蕩けそうな甘い声で鷹野さんは言った。

「いつもみたいに、愛菜が好きなケーキを選んでおいで。里奈ちゃんの分も一緒に。」

そう言うと、愛菜は

「わぁ!ありがとう!!」

と、言って席を離れていった。

目で追うと、ケースの有るところに寄っていく。

「頼めばワゴンで全種類持ってきてくれるんだけどね。ちょっと里奈ちゃんとお話したくって。」

鷹野さんはにこにこ笑いで言った。

なるほど、こうやって席をはずさせる為にちょっと離れた所にケースが用意してあるのか。一つ勉強になったと思っていると、

「里奈ちゃんは僕の事、うさんくさいって思っているんだって?」

「・・・・まぁ。」

「そういう子いるよね。わかる。心配になっちゃうんだよね。大丈夫って言われれば言われるほど心配になっちゃうんでしょう?里奈ちゃんは子供の頃から苦労してて、だから疑り深いんだよね。それだけ、今までの人生で傷ついてきたんだね。でも、今回は大丈夫だよ。今回こそ大丈夫。僕は裏切らない。」

「はぁ。」

一気に血の気が引いた。

私の個人的な事を勝手に聞いて、勝手にわかった気持ちになって。

喋った方も喋ったほうだし、勝手に私を語る相手にも腹が立った。


「この世界で人類は何十億といるんだ。その中で出会えた奇跡を大事にしよう。臆病になっちゃいけないよ。一度きりの人生だもの。里奈ちゃんも折角のチャンス掴みたいって本当は思っていない?」

「いや・・・別に。」

「そんな事言って。このままで人生終わって良いの?」

怒濤の口説きだ。

怖すぎる。

その後も延々と口説きは続いた。

大体が同じような内容だった。

ただ、凄く、話が上手だ。

優しい、声。

優しい、雰囲気。

そして、言葉も優しい。


これは、ぐらつく人はぐらつくだろう。

そして、このホテルという雰囲気。

簡単に席を立てない空気感。

きっと、そういうのに弱い人間にはこの人の話は心地良いのだろう。

でも、私にはダメだ。

吐きそう。

気持ち悪い。


ヤバいな。

と、思っていたら、携帯に着信が入った。

見ると、お局様だった。

場所に構わず出る。

「大丈夫?」

がさついた声。

「変なことなってない?」


単刀直入でいて、曖昧な指示を出すいつものお局様の声。

私の現実世界の人の声に涙が出そうだった。

「はい。その件につきましては申し訳ありません。急ぎ資料を送ります。」

電話にはそう返答をして、鷹野さんに、

「急ぎの案件が出来ましたので失礼します。」

無理矢理話を終わらせた。

「残念だな。じゃあ、また連絡するよ。」

鷹野さんは穏やかな声で応対はしてくれた。


ホテルから出てお局様には御礼を言った。

翌週、改めて御礼を渡す。

お局様は

「あんた。変な気ばっかり使って。もっと楽に生きなさい。」

なんて言ってきた。

そんな事、わざわざ電話をかけてきてくれたお局様に言われたくない。

そう思ったけど、黙って聞いておいた。


出勤してきた愛菜は

「途中で帰っちゃうなんて酷い!私の顔を潰して。鷹野さんに里奈の連絡先聞かれたから教えておいたから、謝ってね。」

なんて言われて携帯を見るとメッセージが入っていた。

中身は、あのラウンジで言われたのと同じ内容。


君の人生がもったいない。

新しい人生の扉を開くとき。

君の価値を君自身で貶めていない?


そんな言葉ばかり。

既読スルーから未読スルーへ。

一晩経ってから、なんでブロックしなかったんだろうって気づいてブロックした。


次の日、愛菜に呼び止められた。

「どうして鷹野さんブロックするのよ!」

大層、お怒りだった。

「普通、自分の彼氏が他の女の人に連絡するのって嫌じゃないの?」

「え?だって里奈でしょ?」

さりげなく失礼な事を言ってくる。

もともと、高校時代もスクールカースト的に私の事を下に見ていた。

「私は嫌だったから、ブロックしただけだよ。あの人うさんくさいし。」

「また、そんな事言う!鷹野さんも言っていたけど、そうやって人のこと疑ってばかりだと幸せ逃すよ。嫌な気持ちにさせるし。やっぱり里奈とは付き合えないわ。」

再び一方的な絶縁を宣言された。

二回目ともなると何とも思わない。

「鷹野さんも言っていたけど、素直じゃないって顔に出るんだって。ひねくれていると誰の寄ってきてくれないし。幸せも逃すんだよ。もっと自分を大事にしないと。」

そう説教をして、愛菜は去って行った。


そういうお前は自分の意見を持て。

一言目には鷹野さんが言っていたと、言うけど。

肝心の自分はどう思っているんだい?


と、心の中で思ったけど、そんな事を言うほど親切ではないので黙っていた。

何しろ、絶縁二回目なのでね。


私に説教をして、ちょっとしてから、愛菜は会社を辞めた。

ボーナス時期を待ってとか、年末とか。

そういうタイミングでも無く、唐突に。


それから数ヶ月後、高校時代の友人から連絡が来た。

愛菜のヤバい噂聞いたけど本当?って


愛菜は会社を辞めてから連絡とってないからわからない。

どんな噂って聞いたら、


愛菜は海外移住の為の必要資金という名目でお金をだまし取られ、消費者金融で借金まで負わされていた。

海外の実業家という触れ込みの鷹野さんは詐欺罪で捕まった上に、愛菜以外にも被害者がいた。

お金は返ってくるかわからない。

ただ、海外に連行されてそこで働かさせられる所だったから、まだ良かったと警察で慰められたとか。


その話に、やっぱりね。

と、思いつつも何とも言えない気持ちになった。


友達には

「そっか~、大変だね。」

と、だけ答えた。

それ以上は言わなかった。


余計な事を言わない。

しない。

それは、つまらない人間、つまらない人生なんだろう。

私もつまらないって思う。


でも、無理だ。

私には無理だ。


一度きりの人生。

思いっきりやりたいように、感性の赴くままに生きた父親が居て、後始末に終われた母をずっと見て、私自身も振り回されてきたのだ。

父が事業を興して借金を残したり、奇跡の出会いを感じて女性と一緒に駆け落ちしたり。

そういうのを見てきた。

その弊害も味わった。

思うように進学できなかったり、着る物、食べる物に困ったりもした。

近所の人、父の親類に色々、心ない事を言われて傷ついたりもした。

駆け落ちして戻ってこない父の失踪届を出して受理された時は、縁が切れた心底、安心したものだ。


だから、私にとっては、つまらない毎日が、

毎日、判で押したような安定した今のこの生活こそが、幸せなのだ。

下手に人が寄ってきても、何か言われるのではと警戒してしまうだけだら、積極的に仲良くしたいとも思わない。

むしろ、誰も寄ってこなくても良い。

生活に必要な、最低限必要な関わりだけあれば良い。

少なくとも、今はまだ、そんな気持ちだ。


そういえば、鷹野さん・・本名は知らないし知りたいとも思わないけども、彼は何処か父を思い出させた。

言うこと成すこと、

ふわふわしてて実態が無い。

霞のような感じ。


彼らは思いもしないのだろうか。

思いもしないだろう。


人によって幸せは違うということを。


幸せを逃してしまうと親切めかして何度も言われた。

けれども、私はもう幸せを掴んでいるということ。

これ以上は、今は望む気になれない。


と、いうことなんてきっと、一生、わからないしわかり合えないんだろう。


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