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金色の空  作者: 古流
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67 君とし今、や

 少年は老いやすく、学成り難しとか、一寸の光陰こういん、軽んずからずとも。加速した時間はその速さを緩めようとはしない。

 二年の月日がまたたく間に過ぎ去った。青柳三平も古室由香里もめでたく二十歳になった。

 ただ一人、四月一日生まれの定信だけが、かろうじて十代にしがみついていた。四月一日が早生まれの最後の日になる。


 三月三十一日の朝。

 定信の家の門の前に、陽光を煌めかせた真新しいメタリックブルーのスポーツカーが停車した。

 車から降りてきたのは古室由香里だった。家のベルが押された。

 由香里の突然の訪問に、まだ布団に包まっていた定信は眠い目を半開きにして出てきた。そして、その目が全開になるのに、そう時間はかからなかった。

「車の免許を取ったの。一人じゃ怖いから付き合ってよ。運転は自信あるけど、道が不安で」

 眠気どころか、寒気が襲ってきた。目の前に停車しているド派手な車を見てはなおのこと、どうやって断ろうかと脳細胞が珍しく高速回転を始める。

 定信は高校の三年の夏休みに免許を取っていたが、車の運転は時々父の車に乗せてもらうくらいだった。車は父に買ってもらったらしいが、こんな高価な車を平気で買え与え、それを当たり前のように乗る人種が身近にいたことに改めて驚いた。高速回転は眠気だけを取り去り、口先は未だに熟睡中だ。

「いや、今日は……部屋の、掃除をしようと」

「お願い。少しでいいから」

「それに、晴れてるし、洗濯日和せんたくびよりだろ」

「洗濯する時間は私が保証するから、それに、少しお話もあるし」

「墓参りに行こうかと」

「私が乗せていってあげるから」

 定信義一、墓穴を掘る。


 車が玄関前の道路の半分を塞いでいることもあり、押し問答ははた迷惑と言うことで、定信はしぶしぶ車に乗ることになった。少々スピードを出し過ぎる感じがしたが、運転は想像していたよりは下手ではなかった。しばらく走って、近くのファーストフード店の駐車場に車を止めた。その駐車場にバックから車を止めるのに一苦労、何度か切り返して居るうちにラインの引いてある内側が遠くなっていく。ため息を吐きながらの格闘の末、ようよう車をラインの内側に入れるのに成功。目立つ車だけにドアを開けて外に出た定信は、背中に感じる視線にどっと疲れを覚えた。運転していたのか若い女性なので注目度はさらに増した。由香里は春らしく白っぽい服でまとめ、化粧も念入りでぼうっと見てくれれば、それなりに格好よく見えた。

 店内に入っても、どうやら噂されているのがわかるくらい妙な視線が飛んでくる。

 客席は朝にも関わらず子供連れやカップルが席の大半を埋めていた。

 定信と由香里は注文した商品をお盆に乗せて奥の席に着いた。最初は車の話しから始まり、しばらく他愛もない話をしているうちに、由香里が表情を少し変化させて話しだした。

「定信君は覚えてるでしょう。桂木美鈴って子を」

 おそらくこのことを話したかったんじゃないかと定信は思った。

「もちろん、覚えてる」

「桂木さんとの約束は……」

 はっきりと覚えている。由香里が何を言おうとしているのかもわかっていた。ストローを口にくわえて定信は曖昧に頷いた。由香里は定信の反応を見て言った。

「今日は三月三十一日でしょう。嘘みたいだけど、私、美鈴との約束を果たしてあげたい」

「十年後に折り鶴の願い事を見るって話しだろう」

「そう。私が話したいことって、そのことなの」

「悪いけどさ、俺はその折り鶴を無くしてしまったんだよ。ずっと前に、もらったすぐにかも知れない」

「無くしたの」

 由香里の表情に微かな陰りが浮かんだ。それは定信を責めると言うのではなく、ある意味、肯定を含んだ陰りだった。

「その時は、子供の遊びだったから、それほど真剣に考えてなかった」

「私は大切に持ってる。美鈴は病気で学校にも来れなかった弱い子だったし、私はあの子の唯一の友達だったから」

「でも、転校してから一度も手紙すら来なかったんだよ」

「うん、そうね……今日が美鈴との約束の十年目。定信君が無くしてるなら、あの子が私の折り鶴に何をお願いしたのかだけでも見てみましょう」

「別にそれはいいけど、それで気持ちがスッキリするなら」

 話が終わって、ファーストフード店の駐車場からメタリックブルーのスポーツカーは客の視線を受けて、颯爽と道路に走り出ていった。


 由香里の車から解放された定信は自宅に帰り、昼食を済ますと、どっと疲れが出たのかそのまま寝てしまった。夕刻、三平の訪問を受けるまで寝ていたことになる。

 近くのコーヒー店へ行った。

 それは三平が定信に話したいことがあると言ったからだ。

 アメリカ風のオープンなカフェだった。注文はカウンターでして、後はセルフで注文した品をテーブルへ持っていく。大人びた雰囲気の店内には六十年代のモダンジャズが流れていた。どこやらのハンバーグ店のように、うるさい子供の姿が無いのがこの店を選んだ理由だった。

 二人は人がいない隅に席を取った。定信はドリップコーヒーを頼み、三平はレモンティーを注文した。

 

「今日は何の日か、知ってるか」

 三平はレモンティーにレモンを落し、それをスプーンでまぜながら言った。定信はしばらく考えて(あの話しか……)ニヤリと笑うと答えた。

「今日は、グレタゴリラ暦で言うところの、年始から、90日目、で、年末まで、276日、ある」

「うーん、惜しい。グレゴリオ暦では年始から90日で、年末まで275日が正解。義一のそれじゃ一年が三百六十六日になる。れたゴリラを見てみたい」

「閏年じゃないか? ゴリラが愚れるくらいだから……」

  指折る定信、がっくりと肩を落とす。

「で、今日は何の日?」

 声のトーンも湿りがちだ。三平は笑いを笑えて定信に見せたいものがあると言った。

「何を見せてくれるんだ」

 三平は肩からかける白い鞄を手元に引き寄せた。

「その前に少し話がある。十年前のことなんだ」

「十年前って、もしかしたら桂木……」

 朝、由香里とその話をしたばかりだった。

 三平は定信の声を手で制して、十年前の話をまるで昨日あったことのようにゆっくりとした口調で話しだした。

「十年前の春に義市が落としていった落し物を、僕は返し損ねて、そのまま持っているんだ」

「十年前の落し物」

 その意外な言葉にただ驚きを隠せない定信だった。

「そう、十年前」

「……そうか、確か一万円落としたことがあった」

「それは知らない」

「それじゃなかったら、マドンナの恵美から貰ったラブレター」

 三平はその声を軽く聞き流してカバンの中から取り出したのが、赤い紐がくくり付けられている小さな金の折鶴だった。それを見た定信は大げさに叫ぶ。

「な、なんじゃそれは!」

 誰かを真似た言い方に、定信の気持ちの居所が瞬時には見つからなかったことを、三平は知った。

「コレなーんだ?」

 赤い紐を指で挟んで、子供のように言った。

「コレ、なーんだって、それはまさか、桂木から貰った折り鶴」

「十年たったら見てほしいって言っていた、金の折り鶴」

「それって、本物か? 三平が折ったんじゃないのか」

「桂木さんが折った、本物の金の折り鶴だよ」

 三平の折り鶴を思案気に眺める定信は、何かを思い出したように言った。

「でも、あの時三平はそこにはいなかったはずだ。なんで知ってる?」

「いなかったけど、垣根から見えたんだ。それでよく覚えているんだ」

「覗いてたのかよ」

「覗いたんじゃない。通りがかったら見えただけだよ」

 三平が口をとがらせて否定する。定信は突然出てきた桂木美鈴の折り鶴に、どう反応していいのか迷っていた。嬉しい気持より戸惑いがあった。


「なんで、今までに言ってくれなかったんだ。何度も探し……」

 そこまで言って言葉を止めた。気にしていないと何度も言っていた言葉を思い出したからだ。お互い、その話はしない雰囲気が出来あがっていた。それは結構長い期間だったように思う。三平は定信がその後何を言おうとしたのか聞こうと思ったが、定信が口を閉ざしてしまった。仕方なく三平は口を切った。

「渡しそこねたのには理由がある。義一が家の中へ入った後、俺は足元に落ちていた、この折り鶴を拾った。すぐにベルを鳴らそうといたけど、その時、桂木の家から古室が出てきて無理やり引きずられるように一緒に帰ったんだ」

「一緒に帰ったって……由香里は女だぞ。男三平が女と一緒に帰ったのか」

 あの頃を思い出したのか定信は男、三平を睨みつけた。

「もちろん俺は男だ、力ずくで振り払うこともできたが……ただ由香里とは一言も話しはしとらん」

 結局、そのまま日がたち、明日返そうと思っているうちに返せなくなってしまったと三平は続けた。一度返し損ねたものは、きっかけを失って返すことができなくなってしまうことはある。そのうち、お互い忘れてしまい記憶の闇に沈む。

 三平の場合は少し違っていた。返すきっかけを無くした結果、もし覚えていたら、その時は定信のサプライズとして、約束の十年後に返せばいいだろうと決めた。

 定信はその話を聞き、金の折り鶴を眺めながら、なぜか、東条紗枝が落していった金色の鶴のアクセサリーのことを思い出していた。なぜなら、定信はポケットにはその金の鶴のアクセサリーがあったからだ。三平と同じように、拾ったまま返すことが出来ずにいたものだった。金の折り鶴を失くしたので、その鶴のアクセサリーを持ちだしてきた。別に今さら東条先生に返そうとは考えていなかった。そんな昔のことを忘れているだろうさえ思っていた。

「ひとまずこの折鶴は義市に返すよ」

 金の折り鶴は定信の前に置かれた。定信はそれをじっと見つめた。懐かしい景色が甦る。その中に立つ桂木美鈴が口にした言葉のひとことひとことを思い出していた。美鈴の面影はかすんでいっても、その記憶は時として蘇り、いつまでも朽ちることなくあった。


「金の折り鶴は、もう一つあるんだよ」

 定信義市はテーブルにある小さな折鶴の紅い紐を持ってぶらぶらさせて言った。

「古室由香里が持っている」


四月一日が早生まれの最後の日になる。不思議だと思うのですが、どうやら、生まれた前日に年を加えると言うのが学校教育法で決まっていて、四月一日生まれの人は三月三十一日に年齢を一つ加えるからそうなるらしいです。


そして約束の日が来ました。

ラストまでもう少しの辛抱です。


読んでいただいて有難うございました。

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