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金色の空  作者: 古流
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63 君や、いくたび

 小雪まじりの雨に街路樹が葉を落とし、木枯しが足早に歩く人の足元の濡れた枯れ葉をさらっていく。

 高校三年の冬。

 定信義市は寒そうに制服に身体をかがめて珍しく早く高校から帰ってきた。

「ただいま」

「おかえり‥‥古室さんから手紙がきてたわよ」

 テレビを見ているのか母の声はリビングの横の和室で聞こえていた。

「古室、由香里?」

 台所のテーブルの上に古室由香里からの封筒があった。

 定信は食器棚の前に置いてあったメロンパンをパクつきながら封筒を開けると、中にはピアノの演奏会の案内状と招待券二枚が手紙とともに入っていた。

 定信はピアノの発表会にはあまり興味がなかったし、同級生の義理で聞きに行くほど暇ではない。年が明ければ定信も受験のためにそれなりの準備をしなければならないからだ。それを見越してか由香里は手紙の最後の一行をインパクトのある文章で締めくくっていた。

(来てくれたら、きっとビックリする人に出会えます。それが誰かは会ってからのお楽しみです。絶対来てね。三平君にもよろしく)

 定信はどちらかと言えば、瞬時に判断するのを苦手としていた。にもかかわらず、ビックリする人。その一文字を見たとき取捨選択のある全ての人の中から迷うことなく目に浮かんだ人があった。

 日だまりにつつまれた縁側で頼りなげに微笑む長い黒髪の白い横顔。そして金の折鶴。

 初めて縁側で見た、あの日の桂木美鈴の姿だった。

 同じところに佇み同じ眼差しで定信を見つめる。小さな文庫本を胸に抱き、切ない恋の行くへにその胸を痛める一人の少女だった。

 忘れたつもりだった。忘れたふりしていた。思い出になるはずだった金の折り鶴すら、考えればあれ以来一度も目にすることなどなかったのだから。

 あの折り鶴はどこにあるのだろう。この部屋のどこかにひっそりとしまってあるのだろうか。それとも落してしまって、もうどこにも存在していないのだろうか。

 思い出しては机の引き出しを探した……でも出てこない。定信は金の折り鶴がないことを確認するために引き出しの中を探す作業を繰り返す。

 彼女が書いた願い事は何だったのだろう。何を願ったのだろう。そう思うたび部屋をひっかきまわし、忘れたはずなのに引き出しの中をひっくり返す。そこから出てくるのは探しものではないものばかり。最後に行きつくのが引き出しの奥に転がっていた東条紗枝の落していった小さな金色の鶴のアクセサリーだった。

 返さないといけないと思いながら、何故か返せないままになっていた。それを見るたび不思議な感覚に襲われる。

 美鈴の折り鶴が消えてしまって、あるのは東条紗枝の金色の鶴のアクセサリー。

 これがなぜ桂木美鈴の金の折り鶴じゃないのだろう。

 ピアノはどうでもよかった。桂木美鈴に会える可能性があるなら、会って見たいと定信は思った。

 もし彼女が生きているのなら……。


 ピアノの発表会は二週間後の十二月六日だった。勿論、三平を誘って行こうと決めていた。

 十二月六日。

 定信は三平を誘って由香里のピアノの発表会に出かけた。

 この発表会は古室由香里が通うピアノ教室の共同コンサートだった。

 会場は街の中心の駅から歩いて五分ほどの場所にあった。三百人は入る大劇場だった。劇場前にはピアノを形取った花のモニュメントが飾られていて、演奏会に訪れた人々の足を止めた。花束を抱えた正装をした女性たちが会場の中へ談笑しながら入って行く。

 定信と三平は華やかな中にも冷厳とした雰囲気に場違いな思いを感じながら、うろうろ時間をつぶしていた。

 どこの誰だか知らない人を探し出すほど難渋なんじゅうすることはない。

 定信の目が捉えたのは短い階段を上ってくる鮮やかな赤いロングドレスに紫ショールを纏った背の高い女性の姿だった。

 定信はその女性から身を隠すように三平の後ろに回った。

 彼の目に赤い色が焼きつき、幻影が灰色の脳細胞を真っ赤に染めて、時が逆流をはじめると胃袋がチクチク痛んだ。 呆然としている定信義市の身体を三平は右肘で突いた。

 定信は我に帰ったように覚醒すると入り口付近を見た。

 赤いドレスの女性は誰かを探しているような素振りに見えた。

「どうした? 何隠れてるんだ。知ってる人か?」

 三平の声に定信義市は目をぎょろりと動かした。

「三平も知ってる人だよ。中学のとき古室の誕生会へ行ったろう……その時ピアノを弾いていた、古室のピアノの先生」

 半身を隠したまま定信はそう言った。

「そんな事があったか。へぇ、そう言えば義一ばかり見てた女の人がいた。うーん……何か訳ありなのか?」

「別にそんなんじゃ‥‥もう辞めたけど去年までは俺の高校の音楽のティーチャーだったんだ」

「義一はどこがいいのか不思議と女子に人気があった」

「どこがいいとはなんだ。三平は女に興味がなかったからな……」

 定信は笑いながら三平を指さす。指された指を押さえつけて三平は言う。

「誤解のないように言っておく。男と生まれたからにはやらなければならないことがある。それに時間を使いたいだけさ」

「ぶれない男。さすが男だ。青柳三平は」

 その一言に三平は胸をはる。

「どうして恋愛にうつつを抜かすのか、それが俺には分からない。俺のやりたいこと以上に魅力のある女性も現れないし」

「武士に二言なし……なににこの、師走の市に、行くからす……さすが芭蕉拳の後継者」

 ここまで言われたら黙っているわけにはいかない。三平が口角泡を飛ばす。

「何にこの、師走の会に、行くカラス」

 首を振る定信は笑うしかない。

「まぁ、三平の言うように見かけばかり磨いて中身が曇ってる女が多いのは確かだけど……でも、そろそろ彼女見つけないと変な目でみられるよ」

「義一の彼女は、本当の桂木じゃない桂木か」

「本当の桂木じゃない桂木なわけがないだろう。あいつは気の多い奴だから。今は手ぶら」

「それじゃ、お互い様だろう。さすが一休拳の開祖かいそ

 笑いながら三平は続ける。定信は負けじと受ける。

「一休曰く、この道をいけばどうなるものか……」

 定信が宙に文字を書く。風がゆるく三平の顔に当たる。目を見開いて三平は軽く首を傾けると風は後ろに流れて行った。それを受けて今度は三平が文字をなぞる。言葉が風と変化する。

「迷わず行けよ 行けばわかるさ」

「ミイラ取りがミイラになったか」

 二人は仲の良い幼馴染である。変な仲に疑われても仕方がないくらい怪しく笑いあった。

 

 赤いロングドレスの東条紗枝とうじょうさえは会場の入り口で誰かを探すように振り返り、手に持った携帯電話に目をやった。そのまま上を向くと視線を定信に向けた。

 彼に気付いた様子はなくピアノのモニュメントに目を移して、そのまま会場の中に入っていった。

 会場前から人の姿が無くなり、開園時間のブザーが鳴った。

 定信と三平も会場に入っていた。

 節電の夏です。

 私のパソコンが壊れて少しは節電に協力したと思います。パソコンが動くようになってからは頭と身体が省エネモードなので、大いに節電に協力しています。勿論、エアコンはほとんどつけていません。白い扇風機が首を振っております。

 次回、ピアノの発表会にビックリする人が登場します。ついに定信は桂木美鈴との再会を果たす?


 読んでいただいて有難うございました。

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