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金色の空  作者: 古流
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49 ときめき、たまふ

 日がかげり暑さも少し和らいだように感じた。

「小学校の校門前で待って、というのもおかしな話だよな」

「何かやるみたいだよ?」

 校庭を眺めていた三平のひとことに定信が首を伸ばして運動場を眺めた。小学生のころには広く感じたのに、今は狭く感じられる。

時代を感じさせる二階建ての木造校舎を囲むように茂っていた木々の緑に囲まれた運動場。その中央に高学年の生徒たちが、なにやら楽しそうに集まっていた。そこには目立って背の高い数人の女子がいた。その中から元気よく駆けてきたのが黄色いTシャツにジーンズ姿の桂木麻奈美だった。

「ごめん!手伝いしていたらすっかり忘れちゃったわ」息を切らせて頭を下げた。顔を上げると定信の横にいる青柳三平の顔を見つめた。今まで見たことが無いほどの笑顔だった。

「青柳三平、俺の小学校からの友達」

 定信が三平を紹介すると三平はぎこちなく笑って、眼鏡に手をやった。なぜか眼鏡が曇っていたからだ。

「初めまして、わたし、桂木麻奈美と言います……いちおう定信の恋人です」

 麻奈美は恥ずかしげもなく平然と言い切ってしまった。

「ちょっと、冗談やめろよ」

 あわてて定信が麻奈美の前で手を左右に振って不自然なほど懸命に否定した。

「……」三平は若干笑顔のままで、やはり黙ったままであった。

 定信に胸中を悟られたくないとの思いが笑顔の正体だった。

(でも似てたんだ。桂木美鈴に……)定信の言葉が三平の意識に突如として溢れだした事実。その想いが眼鏡の奥から頭の天辺にかけてグルグルグルグルと理髪店の看板みたいに回り続けていた。


「小学校の校庭で今夜、五年生と六年生がキャンプファイアーをやるんだけど、手伝って欲しいのよ」

 徐々に暗さを増す校庭に明るい声がした。

「どうして、桂木が手伝ってるんだ。小学校の関係者でもないだろうに」

「小学校じゃなくて地区の子ども会の行事だから私も借り出されたわけ。それで、結構力仕事も多いので手伝ってくれる人を探していたら、思いついたの、定信君を。でもよかったわ……青柳君も手伝ってくれるの?」

「かまわないけど……」

 頼まれたら嫌と言わない三平は定信の顔に目を移す。その目は口ほどにものを言う。定信義一もしたり顔で小さく頷いた。ただ三平は麻奈美とは一瞬目をあわせただけで、ことさら眼を反らせていた。

「定信くんはどうなの? 手伝ってくれるの?」

「もちろん手伝うよ」

 そう言って三平の肩を軽くたたいた。それが何を意味しているのか三平にはわからなかった。

「嬉しいわ」

「なに手伝えばいいんだよ」

「こっち来て……」

 桂木麻奈美は校庭のほうへ急いで歩き出した。

 定信と三平は少し離れてついていった。

「こんなキャンプファイアーなんて、俺たちのときは、やって無かったよな?」定信義一が小声で三平に言う。

「俺たちが卒業した年から始まったらしいよ」

「そうか。それで知らないわけだ」

 二人が小学生の時にこんな行事をした記憶はなかった。

「そう言えば、クラス会で、夏休みにキャンプファイアーをやれば楽しいだろうと話し合ったことはがあったような、なかったような……」

 定信が首を傾げた。

「確か、菅野すがのが提案者じゃなかったか?」

 三平が腕を組んだ。

「そうだったかな……」

「古室由香里だったかも……」

「そうだったかな……」

 二人のひそひそ話しが聞こえていた。麻奈美は我慢できないとばかり、いきなり笑いだした。

「どうしたんだ? なにがおかしい」定信が言った。

「だって、笑っちゃうくらい仲がいいんだから」

 定信と三平は目が点にして顔を見合わせる。

「まぁ、小学校からの友達だから」


 運動場の真ん中に大きな石を積み上げて囲いが出来ていた。その中で燃やすための薪も山積みになっていた。見れば校庭の端にもまだ薪がたくさん置いてあった。黄色い炎が見えているからそろそろ始まるころなのかも知れない。日はすっかり暮れていた。

 定信と三平は麻奈美の言う通りバケツに水を汲んだり、燃やす薪を運んだり、テントを設営を手伝ったりと一仕事を終えて、冷たいジュースを手にファイアーを囲む子供たちから少し離れた石積みの花壇の縁石に腰をおろしていた。麻奈美の横に定信その横に三平が座った。小一時間が過ぎていて辺りはすっかり暗くなっていた。キャンプファイアーを囲んで子供たちが輪になって歌ったり、ゲームをしたり楽しそうに遊んでいた。その明かりは三人がいる場所には届いていないが、子供たちの熱気だけは伝わってくる。

 

「子供の頃ってどう? 楽しかった?」

 桂木麻奈美が子供たちの歓声と笑い声を聞きながら横にいる定信に聞いた。

「今から考えると、楽しかったのかな……あまり何も考えてなかったから」

 定信義市は言った。そして三平を見て続けた。

「三平は、どうだった?」

「今が……楽しいのかな」三平の答えは短い。

 その前後を定信が付け加える。

「楽しいこともあったし、嫌なこともあったから……だろ?」

 麻奈美はどこが気にいったのか興味ありげに三平を見ていた。三平は気付いていたが素知らぬ顔で黙っていた。それを察した定信は言わずもがなの言葉を言う。

「青柳は、女嫌いなんだ」

 三平もその言葉に反応するわけでもなく、静かにしていた。

「へぇ、最近多いね。そういうの。自分に自信がないから、壁を作っちゃうのよ」

 三平の目が一瞬、大きくなった。しかし、それは眼鏡に隠され誰にも見えなかった。定信がなにかを言おうとしたものの、麻奈美の言葉で呑み込んだ。

「じゃ、青柳君は彼女いないわけ……」

 三平は息を吐き出すことを忘れていた。息を吸うことも……。空気があることすら……。

「そんな質問は時間の無駄だと思う。もっと他に大切なことがある」

 三平はなぜか怒っていた。頭から湯気が立ち上っていた。定信が仰天するほどに、麻奈美が目を吊り上げきになるほどに。

「言ってくれるわね。男にとって女って大切なはずよ。女に迷って国を滅ぼした話しだってあるんだから」

 麻奈美の顔に赤みがさした。身を乗り出して三平を睨んだ。そこで三平は視線を感じながらも一息入れて、口から微かに風を吐き出した。風が麻奈美の髪を流し白い手がそれを束ねた。

「恋愛に費やす時間があるなら、僕は他にやるべきことをやる。国を滅ぼすような愚かな王にはなりたくないから」

「面白味がない男だけど、見かけによらず、けっこう硬派なんだ。青柳君って……」

 あきれるように言った桂木麻奈美だったが、三平のひとこと、ひとことが、なぜかその胸にしみ込み、その奥底にとどまっているのがわかった。


 遠くで子供たちが合唱する声が聞こえていた。小さい影が仲良く手をつないで大きな声で歌っていた。

 音を立てて燃えている黄色い炎にまけないような声だった。

 その輪の中から大きな影が飛び出して桂木麻奈美を手招きで呼んでいた。

 それに気付いた桂木麻奈美は立ち上がってお尻の砂を払うと、二人に笑顔を残して手招きされたほうに駈け出した。

 慌てていたわけでもなかった。

 二人が気がついたときには黒い帳をバックにして燃える炎の中、スローモーションを見るように桂木麻奈美は倒れていた。

 驚いた二人は急いで麻奈美の所に走って行った。


三平が桂木麻奈美と再会する。その麻奈美が二人の前で突然倒れた。ドラマで言うとクライマックスの山場のシーン。


随分低い山場ですが……。shikushiku


読んでいただいて有難うございます。

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