4 君が、こゝろは
そんな日が続いて定信義市は連絡帳を持って桂木美鈴の家を訪れるのが楽しみになった。
美鈴の体調のいい日には庭に座って二人で話しが出来たからだった。
雲ひとつない晴天日だった。
「桂木さん」
定信義市は桂木美鈴の玄関前で大きな声で呼んだ。
ベルは昨日壊れたと聞いていたからだ。
春の日差しが軒先を照らし、縁側には日溜まりが出来ていた。
小さな庭の隅には色とりどりの花が咲いていた。
桂木美鈴は縁側でソファーに座りながら折り鶴を折っていた。
「鶴を折っているのか」
定信義市は縁側に腰掛けてぶっきらぼうに言った。
「毎日、毎日、こうして鶴を折っているのよ」
「俺は鶴の折り方を知らないから、教えてくれたら折ってやるよ」
「結構よ!」
「手伝ってやるって……」
定信義市そう言って何気なく桂木美鈴の白い横顔を見つめていた。
不意にその口からポロリと出たひと言。
「かわいいな」
「……なにが?」
「あぁ! いやぁ! この、この庭の、ほら、あの白い花」
いきなり横を向いて指差した。そこには白い花なんか咲いていない。
「白い花……そう……」
「‥‥」
「あれは忘れ名草よ」
定信義市が指差した先には、うすむらさき色の小さな花が春の光を浴びてひっそりと咲いていた。
「ふーん、忘れな草って言うのか?」
「私の大好きなお花よ」
桂木美鈴はそう言いつつも白い手は折り紙を折っていた。
「俺も折ってやるよ。元気一杯の折り鶴をさ」
「元気になるかしら……」
「元気になるさ! だって、俺が折った折り鶴だぞ!」
定信義市が不愛想に笑った。
「…でも?」
「デモもデーモンもないよ」
定信義市のシャレに小首をかしげる桂木美鈴だったが、心では他の事を考えていた。
「でも……誰も本当のことを言ってくれないけど……]
この言葉の先を美鈴は考えたくなかった。
「この折り鶴が千羽に近づくほど、きっと私の命は……」
鈴蘭のような白い手は、かすかに震え声がとぎれた。
定信義市の顔も無愛想の上にこわばりが貼りついた。
「馬鹿、言うなって……!」
「でも千羽になったら私……」
その言葉を遮るように定信義市は前にあった折り紙を一枚無造作に取った。そして折り紙の裏をみて不思議そうな顔した。
「何? これ……」
「一枚一枚に願い事を書いてるの」
美鈴は定信義市の手から折り紙を取ると微笑んだ。
「由香里が美人になりますように……とか」
「それは無理だ」
定信義市は同じクラスの古室由香里の顔を思い出し、笑わずにはいられないのを我慢した。
「笑ったでしょう」
「いや‥‥」
「笑っちゃだめでしょう」
桂木美鈴と定信義市の目が同時に動いた。
その時、庭の塀の向こうから古室由香里が丸い顔に丸い鼻をつけ満面笑みで現れた。
「なに笑って楽しい話をしているの?」
「定信君に折り紙の折り方を教えているの」
「ここを半分に折るだろう……そして、ここに合わせて、また半分に折るだろう」
定信義市は美鈴が折るように真似をしながら折っていった。
「私も折らせて、ねぇ」
縁側の座っていた定信義市の横にくっつくように由香里も座った。
「折る前に折り紙の裏に願い事を書けよ‥‥」と言いつつ定信義市はお尻を少し横にずらして由香里から離れた。
由香里はそれでも定信義市にくっついてきた。
「くっつくなって」
義一が言っても由香里は平気な顔をしていた。
「折り紙折るんだから仕方ないでしょう」
そんな由香里を見て定信義市は改めて笑いをこらえるのに必死だった。
「願い事を書いたらいいの?」
「うん、願い事……」
由香里は考えてから折り紙の上に鉛筆を走らせた。そして大きな声で読みあげてから、へへと笑った。
「美鈴、早く学校へ来い! 一緒に勉強しよう」
その声を聞いて美鈴は嬉しそうに微笑んだ。
その美鈴の顔を定信義市はじっと見ていた。
どうしてなのか、分からなかったが……。
桂木美鈴のその笑顔を決して忘れたくないと思った。
「じゃ、連絡帳渡したからな」
定信義市が帰ろうとした時、美鈴は手に一つ金色に光る折鶴を持っていた。
子供の頃はよく折り紙をしたものです。やはり鶴が一ばん得意でした。
読んでいただいてありがとうございました。