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金色の空  作者: 古流
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47 なつかしき、君

 定信は電車の中で今日あった出来事をぼんやり振り返っていた。

 桂木麻奈美に会う約束を反故にされ、家に帰ろうとしていたところに東条先生が白いバイクで現れて江ノ島までタンデムツーリング。

 最後は国語の教師の曲縁芥まがりぶちかいが登場して、生徒である定信の前で東条先生が好きだと恥ずかしげもなく告白。


 日曜の夜、電車内の客はまばらであった。

 妙な一日が過ぎさって、精神的疲労感と肉体的疲れをともなった体を座席に沈めた。

 

 座席にもたれると目がふさがってくる。

 前に座っている女性がずっと携帯を見つめているのを見て、定信も麻奈美からのメールを読もうと携帯を取り出した。

 鎌倉駅までの、それほど長くない、つかの間の時であった。


 定信が目にした麻奈美のメールは、それを書くため一日の大半の時間を費やしたのではないだろうかと目を丸くするほどの長文だった。

 一度ではなく、正確に言うと十七回に分けて送られていた。

 定信が東条先生のバイクに乗っている間、気がつかないうちに送信されていたものだった。

 これは間違いなく事件である。

 腹立ち紛れに何度も電話をかけるのと同じ犯罪行為だ。と……憤慨する定信の灰色の頭は夜空の見えない星を数えるみたいに実に頼りなげであった。

 知らぬ間に送られてきたこともあるが、眠気が醒め、疲れがぶっ飛ぶ内容に、そんなことを考える余裕がなかったのが正確なところだ。


 ここに麻奈美のメールの全文を紹介したいのだが、あまりの長さにつき抜粋して、(あぁ、バカみたい……)で始まる迷文を書き出してみたい。

 ご一読下されば幸いです。


(あぁ、バカみたい、約束したのに来ないなんて男として最低!! 将来見込みなし、と宣言します。それは、あなたが日本一の馬鹿で、アホで、間抜けで、腑抜けで、鼻たれ小僧で、フン詰まりの屁たれで、恥知らずのならず者で、飛んで火にいる夏の虫で、夕焼け小焼けの赤とんぼで、ぼっと見てたらこけこっこ等……解読不能の罵詈雑言ばりぞうごんが続くため、中略……。

 将来……住所不定、無職と新聞に乗らないように十分気をつけて(;;)。無縁仏にならないようにもね。もちろん行方不明になっても探してあげないから。まぁ、ドイツには可哀想な猫がいるそうだから猫のかわりをやってあげて、シュレーディンガーの猫って言うの。だって私は猫が大好きだから……ついでに上野動物園より古い動物園があるから、そこでゴリラとキンダーポルカを踊ったら、けっこう楽しいかも……)

 楽しいはずがない。

 定信の眉が逆八の字型になり口元が一文字に結ばれて表情に厳しさが宿った。ただ口の両端だけは心の奥をさらけ出したようにニヤけていた。

 性懲りもなく、さらに続く。

(定信義市って野暮な名前だから変えた方がいいわよ……なんなら名付けてあげるわ。かわいい名前がいいでしょう。ドジ信チン九郎ってどう……? 歌舞伎役者みたいでしょう。チン、チン、チン九郎、ありに噛まれて死んじゃった! あなたは知らないだろうけど、どこかの国には人喰い蟻がいて一瞬に骨だけになってしまうのよ。テレビでやってたのを見たことがある。でも、死んじゃ可哀想だから、蟻に噛まれて不能になれ。これって、男として死ぬより辛いかも……ふふふ。これからしばらくは下ネタが網羅されるため、中略……。

 あぁ、世界一のバカ野郎、大ボラふきのアンポンタン、人参、ピーマン、らっきょにシシトウ、わさび、大根、アスパラガス、青ネギ、トマト、レタスになすび、竹輪の穴にレンコンの穴、等々、延々と嫌いなものが続くため、中略。

 だいたいね、メールきたら返事くらい出したらどうよ! 回転すしを食べてたって、キムチ味のポテチをかじろうが、ゴディバのチョコを食べ、マカロン、イチゴケーキ、カロリーゼロのフルーツゼリー、ベーグルサンド、アップルマンゴ、パンナコッタいちごソース味、かぼちゃのプリン、舌平目のムニエル、バレンシアパエリア、白くないタイ焼、だいだい色のみかん……以上、好きなものが続くため、中略。

 あなたはきっと、雨が降りそうなのに傘を持って出ないで大雨に降られるタイプだと思う。履く靴下に悩んだあげく結局、穴のあいた靴下を履いていくタイプでしょう。家のカギを開ける時、鍵は、たぶん、荷物を持った手の側のポケットに入っているタイプに違いないわ。真実、救い難い奥目のパーチクリン。

 トイレの中だって、風呂中だって、歯磨きしてたって、逆立ちしてたって、勉強中でも(これはない!)返事くらい出せるでしょう。ふんにゃろうが!……ったく)等々、これが十七回にわたって送られているのだった。

 麻奈美曰く、聖徳太子の十七条憲法みたいと意味不明の自画自賛。悪口辞典なるものがあるなら、一冊ものに出来る。


 読むのも疲れた頃、罪滅ぼしに日にち指定で会う約束まで決められていた。それも日が暮れる時間、一人ではなく友人を一人連れてくることと締めくくられている。

 相変わらず人の都合を考えないんだなぁ、と思う気持ちと誰を連れていこうかと思案を始める自分にあきれていた。轟伸吾がいいだろうと、颯爽とクロスバイクに乗る姿を思い描いたが、なぜか、青柳三平を連れていこうと瞬時に決めていた。

 三平に麻奈美を会わせたい衝動に駆られたのだ。麻奈美が桂木美鈴に似ているのが理由だった。

 単に驚かしてやろうと思った。

 桂木美鈴に違いないと、サザンクロス系の轟伸吾も肯定している。

 青柳三平は否定するだろうけど、桂木美鈴は三平の初恋の相手だからだ。

 懐かしい顔がまぶたを横切った。

 夜窓に写る静寂の明かりと、その向こうに消えかけている桂木美鈴の笑顔が点滅する光の中で必死に存在を誇示していた。

 定信の疲れた目がそれを見つめ続けた。

 今、あのときに戻れたら、言いつくせないほどのたくさんの言葉を言ってあげたい……今なら、あの時は言えなかった言葉が口の中にいっぱいあるのに。

 ぶっきらぼうではなく、優しき言葉で元気づけてやれるのに。


 でも会ったら、やはり、黙ってしまうかも知れない。

 麻奈美に優しい言葉をかけてやることが出来ないのと同じように……。


 きっと、そうなるのだろう。


 枕木の上を走る音は過去と現代をつなぐタイムトンネルだ。

 思い出が次々を蘇り定信の顔が少年の笑顔になっていた。

「私を忘れないで……」

 か細い言葉とわすれな草の花をもつ小さな手が差し出された。

 枕木の上を走る音はブラームス子守歌。

 その花を掴もうと手を伸ばし、美鈴の小さな手まで、あと15センチのところで眠りに落ちた。

 定信を乗せた電車はレールの上を猛烈な速さで遠ざかって行った。タイムトンネルの出口がふさがるまで、あと十秒も残されていない映画の主人公のように、血相変えて一条の光が揺らめく暗闇の中へ消えていった。


麻奈美の悪態を読んでいただいて有難うございます。これはあくまで一部でして、さし障りのない言葉の網羅になりました。

 さぞ、全文を読んだ定信は疲れたことだと想像します。

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