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金色の空  作者: 古流
42/79

41 空、とならばや

 麻奈美はどこまでも歩き続けた。歩くことが中間試験の苦手な科目の一つであり、一歩一歩が点数の積み重ねででもあるかのように……。

 定信も飽きずにつきあっていた。

 色も形も似たような外壁が連なった町並み。同じ形状の屋根がきれいに並べられ、テレビのアンテナが存在を誇示するかのように空に向かって突き出している。きれいに磨かれた車が各家のガレージに車の展示場みたいに並んでいた。

 二人はそんな変化のない住宅街を歩き続け、ありふれた人々とすれ違い、何のサプライズもなく時の流れにさすらっていた。それでも定信は決して退屈だとは思わなかった。時々、定信の存在を確認するように振り返る麻奈美の怒ったような笑顔と、その奥に隠されている何かを見つけだしてやろうとしていた。

 住宅街が途切れ、舗装された広い道を青信号で渡ると、どこかで見た景色が広がった。

「喉、かわかない」

 そこで麻奈美が独り言のように呟いた。

 定信も喉が渇いていたが、麻奈美の邪魔をしない約束があったので言い出せないままでいた。

「あそこに自動販売機があるよ」

 直ぐに定信は答えていた。


 赤くかげりだした太陽は、川を見下ろす場所に立つ二人の影を鮮やかに描きだしていた。

 風が強く吹き付けても、二人は黙ったまま動こうとはしなかった。

 そんな二人の定規で引いたような影から、黒い糸のようなものが伸びた。ジグザグに黒アリが列をつくってアスファルトの道を進んでいた。太陽に熱せられた道を黒い塊がどこまでも、どこまでも伸びていく。このままでは、二人の影すら無くなってしまうのではないかと危惧する勢いで……。そんな事すら、看板のように突っ立っている定信と麻奈美にはわかるはずもなかった。

 アリが向かっている前の広い道に沿って川が流れ、川を少し下ったところが定信と三平がよく遊んでいた隠れ家のある橋が架かっている。どこかで見た景色なのは当たり前だった。

 定信義市は懐かしむようにその方を眺めていた。

 桂木美鈴の幼い面影が脳裏を過ぎっていった。

 幼い笑顔が、はにかんでいる。

 麻奈美はまっすぐ川面を見ていた。

 太陽の光すら飲み込んでしまいそうな鈍い灰色の流れが、その目に映写されていた。

 そんな川面にも光に微かに揺れて、煌めきとなって波打った。

 一点きらりと南十字星のように光ると麻奈美の表情に明るい光が戻り、白をまぶしたコバルトブルーの瞳が定信の目を見つめた。

「また、会ってくれるよね?」

 定信が返事をするまで少し間があった。

 自分に値打ちをつけても意味がないし、歩きつかれた頭では考えがまとまらなかった。

 少しの間が開いたのは突然の麻奈美の言葉に喉が詰まったからだった。


「会って、意味あるのかな……俺たち」

 その答えに麻奈美の想像していた答えとは違っていたのか、表情を硬くして二度三度瞬きをした。

「それじゃ聞くけど……意味のない出会いなんてあると思う?」

「少なくとも、今の俺たちは……」

「あっそ!」

 麻奈美は定信の言葉尻を捕まえた。

「わかったわ……でも、もう一度、もう一度だけ会ってほしいの」

「もう一度……?」

「だって、私は定信君のことを何一つ知らないんだから……不公平じゃない」

「別に不公平だとは思わないけど……」

「あなたは桂木麻奈美のページをめくったのに、私は定信義市のセロファンでガードした表紙しか見ていないもの……」

「じゃ、メールくれよ?」

「わかったわ」

 そう答えた時、定信義市の携帯が着信音を響かせた。

 定信が携帯を覗き込んだ。そのメールはいつ打ったのか、今日は有難う、と麻奈美からだった。

 定信はニヤリとして麻奈美を見たとき、再び着信音が響いてあわてて携帯を見た。それは青柳三平からのメールだった。

「小学校の友達からだった」

 定信は携帯をパタリと音を立てて閉めると麻奈美を見て言った。

「いいわね、私は転校間なしで友達がいないから、うらやましい」

「俺の友達は変なのが多いんだ。訳もわからず自身満々な奴とか、俳句の功夫ばかりしてる奴とか」

 二人の姿は、傍から見れば仲のいい恋人同士に見えたかもしれない。やけに風が渦巻いていた。


 薄い雲の向こうから光が射し込み、西の空が金色に染まっていた。光を反射する飛行機の機影が金色の空に水蒸気の尾を引いて消えていった。

 まるで金色の絵の具に太陽の光を注いだように……。



 だだっ広い部屋には二人の男がいた。

「西の空が、やけにゴールドってる、と思わないか?」

 イングランド製の高級スーツにイタリー製のブランドネクタイを締めた年配の男が、スイスメイドの腕時計から、ガラス窓に目を移しながら言った。

 二人の間に木漏れ日が瞬く間の静寂があった。

 ミリタリージャケットを身にした青年が、年配の男が言ったゴールドってる、という言葉の意味を理解し、返す言葉が口から飛び出るまでの僅かな時間であった。

「そ、そうですね……ずいぶんゴールドってますね」

「今日は確か……」

 年配の男性は思い出すような口ぶりだ。

「はい、五年に一度の金色の日であります。金色の折り鶴に書かれた願い事は必ず叶えなければならない、スペシャルゴールドディになります」

「今は、そんな風に呼んでいるのか……ところで、今、何時だ?」

 腕の高級時計は何のためなんだと、若い男はいぶかしげに眼を細めた。

「はい、午後五時五分前です」

「そうか……帰宅前のこのタイミング、思い出すよな、あの日のことを……」

「あの日……?」

「そうだ、あの日だ」

「あの日ですか……?」

「そうだ、五年前のあの日だ……」

「五年前の金色の日に起こった出来事のことですか?」

「そうだ。五年前のあの日の起こった例のやつはどうなったんだ?」

「例のやつ?……」

「例の折り鶴だ」

「田中副所長代理補佐主任はどうして主語を抜くのですか?……いつ、どこで、だれが、なにをしたか」

「いちいち説明せんでも、理解しろ! それが男の値打ちだ」

「ミスをなくするには十分理解した上で事にあたれ。わからなければ何度でも聞け、とは田中副所長代理補佐主任の教えだと理解しています」

「勿論そうだ。わからなければ聞く。これは基本中の基本だ。聞いてもいいが、聞くレベルの問題を言ってるんだ」

「曖昧な尺度を持ち出されたら、誰も聞けなくなるのでは……」

「全く、今時の若い奴はなっとらん。男子たるもの、三日たてば活目してこれを見よ。一葉落ちて天下の秋を知る……だ」

「最後は難解な四字熟語で逃げきろうとする……」

「四字熟語?……よし、わかった……あれは、確か、きっと、おぼろげな記憶の糸を手繰り寄せれば……」

 ネクタイに手をやって一息入れた。

「今から五年前に折鶴祈願叶所おりづるきがんかなえどころで退社時間ぎりぎりに、大きな金の折り鶴が舞い込んできた事があったのをお覚えていないか?」

「五年前の金の折り鶴のことは、よく覚えております。おそらく地上界において世界一のメイドインジャパンのスーパーコンピューターよりも正確に記憶しております」

「馬鹿を言え。なにがスーパーコンピューターじゃ。所詮人間の作った玩具じゃないか……比較になるか!」

「まぁ、そうですね……あの日も、なぜか田中副所長代理補佐主任と一緒でしたね。でも、今日は大丈夫です。あの金色の輝きは金の折鶴ではなく飛行機ですから」

「そうか……飛行機か」

「どうしたのですか?」

「いや……それで、あれは、どうしたのだ」

「あれですか……? あれは、星三つ、の最優先事例となっております。そろそろだと思っていますが、風通しが悪いみたいです」

「総監が、この件についてやけに慎重でなぁ……」

「人道的見地で考えてもらいたいと、私は考えます」

「だから、お前はまだ青いと言うんだ」

「今度の選挙は与党が危ないらしいですね。田中副所長代理補佐主任……」

「そうだ、だから折鶴祈願叶所も実績をあげないと、上が変わった暁には仕訳される可能性が大きい。そうなっては願い事を叶えてやれなくなる」

「たまには良いことも言うのですね。顔に似合わず……」

「一言おおい」

「ただ、一つ難題があるのです」

「言って見ろ」

「上のほうでは、願い事の真意がわからないと問題になっているみたいです」

「まったく、……何千年、この仕事やってるんだ」

「どうやら、過去に前例がないらしいです」

「そんな馬鹿なことがあるわけがない。第一、結果など誰も知りはしないのだから、筆の先でどがしゃか、どがしゃか……と」

「昔はそうかも知れませんが、今はそういう訳には……いろいろとうるさい団体などが」

「クレーマーか……」

 年配の男が腕時計に目をやった。

「おい、今何時だ?」

 なぜ聞くんだ?

 若い男はムッとしたが、表情を変えず壁の時計を睨んだ。

「はい、午後五時です」

「そうか、引継ぎは、君にまかせた」

「もちろん結構です。どうせ暇ですから……」


 雲の切れ間から、そんな会話が漏れ聞こえてきそうな、夏の空ではあった。

 

 二人の姿は川沿いの道から右と左に別れて、徐々に小さくなろうとしていた。

 


通いあいそうですれちがい。

麻奈美の遠い目はどこを見ているのだろう。

それにしても、空の上のかしましいことと言えば……。


読んで下さって有難うございました。

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