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金色の空  作者: 古流
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37 なにを、隠るゝ

 武蔵が原高校では桂木麻奈美かつらぎまなみの告白騒動は静かに広まっていた。そのことで定信義市がクラスの仲間から冷やかされ、転校間なしに、そんな行動をおこした麻奈美も武蔵が原高校の慣例として歓迎されてないらしい。

 それ以後、桂木麻奈美が定信義市を無視し続けていることとの因果関係はわからないが……その告白は数日たった今、何の意味も持たなくなったのである。そんなことがあったことでお互い意識しあい、結果的にそれが反発しあうことにつながっていた。

「この花屋がぁ……あの、桂木麻奈美の家だぜぇぇ」

 轟真悟のその一言は、定信義市を驚かせるに十分だった。目が覚めたと思ったら、今度は身体から脱力するのがわかった。しゃべる声もため息交じりだ。

「まさか、桂木のストーカーに付き合わされたってことか……」

「いやぁ、親に明日の法事の花を買ってくるように頼まれたからさぁ」

 轟真悟は車体を傷つけないように、例の赤いロックを慎重にかけるとニタッと笑って花屋店の中に入って行った。定信義市はしばらく外にいた。内心、桂木麻奈美に遭遇することを恐れたからである。

 告白されたからとはいえ、別に好きでもない相手だ。

 むしろ無視されて嫌悪感すら抱いている。

 出来れば会いたくなかった。

 今、目の前に桂木麻奈美が現れたら、きっと笑えないだろうと思った。それは二人が、もはや後戻りすら出来ない関係になることを意味している。

 ……だから、会いたくなかった。

 それなのに、何かを期待する気持が、秘められた胸の奥底で氷が溶けたように流れ出ようとする。

「早く、来いよぉ」

 轟真悟の大声に催促され、定信義市は仕方なく店の中に入った。


 花屋の前の道を車が一台と、散歩中の犬が一匹、ラーメン屋の出汁のにおいをクンクン嗅ぎながら通り過ぎた。

 犬がしっぽを垂れて未練たらしくラーメン屋を振り返った時、轟真悟は両手にいっぱいに花を持ち店から出てきた。そして定信義市の自転車の前かごに花を入れた。

「よし、アイスクリンを奢るぜぇ」

 平気な顔でクロスバイクのロックを外して、今度はそれを自分の肩にかけて走り出そうとしていた。

「なんだよ、この花」

 自転車の前のカゴに入っている花を見て、不満顔の定信義市に轟真悟は両手を顔の前で合わせた。

「そのクロスなんたら自転車にも、前かごをつけろよ。かっこいいぞ!」

「それは、俺のアイデンティティが許さねぇ……」

「結構、不便なアイデンティティだな……全く」


 二人はしばらく走り、ファーストフードのハンバーグ店に入った。

 中は土曜日の午後ということで、クラブ帰りの学生やら、子供連れの夫婦とかで結構混んでいた。席を何とか確保して二人は座った。

 この手の店は隣との席と席の間隔が狭く落ち着かないのだが、値段が安いので学生やら子連れにはもってこいだった。

「どうして、桂木麻奈美の家を俺に教えてくれたんだ?」

 アイスコーヒーにミルクをたっぷり入れて細かい氷をストローで混ぜ合わせた。それを口にくわえ喉に流し込んで、前に座っている、轟真悟を見た。

「なんか、腹もすいてきたよぁ。何か食べるかぁ……」ということで轟真悟の前にはチーズバーガーがあった。

 定信義市は轟真悟のおごりなので遠慮してコーヒーだけだった。

「桂木麻奈美とぉ、あれ以来どうなんだぁ?」

 定信義市が男女間の話は好んではしなかったので、轟は桂木麻奈美の告白以後、二人の関係がどうなっているのか少々気になるのだ。それ以上に定信義市の本当の気持ちを知りたいと思っていた。

「どうもないよ。シカトされてるから。俺は……」

 まるで、一人ごとのようなつぶやきだった。

 驚くべき突然の告白から、ひと月。

 定信義市の気持ちが、望むと望まざるとにかかわらず、せわしなく揺れ動いていた。

「まぁ、あきらめろ。あの子の事は……うん」

 これが轟真悟流の心配の仕方なのかもしれない。

「気にしてないよ。ただ、噂がひとり歩きしてるから迷惑なだけだ」

 そうは言ったものの、その言葉はシカトされるにつけ、逆に頭を押さえつけてきた。

 それは、桂木麻奈美との偶然とは思えない、必要以上の出会いであった。

 決して、目の前には現れなかった。

 視線をかすめるように、その姿を見せた。

 定信義市が下校中、見上げた歩道橋の上を、桂木麻奈美がひとりで渡っていたり、教室を出て廊下の端に目をやると、今まさに角を曲がるところだったり……。


「実はぁ、俺、桂木がぁ……」

 珍しく口ごもる轟真悟を珍しいものを見るように眺めた。言葉の続きが途切れたまま出てこなかった。

「俺なら気にするなよ。何とも思ってないから……それにどうやら、桂木は俺より轟と気が合いそうだ」

 定信義市の本心ではなかった。桂木麻奈美は誰とでも気を合わそうとしているのだと、そう言いたかった。

「違うんだぁ。どうも桂木は……俺の、苦手なタイプかもしれんのだぁ」

「それなら、どうして、わざわざ桂木のところまで花を買いに来たんだ」

「それは、桂木がどんな家に住んでるのか興味があったのとぉ……定信も恋人がどこに住んでるかくらい知りたいだろう?」

「恋人?」

「そう言ってただろうがぁ」

「あぁ、迷惑な女もあったものだ」

 定信義市は店の天井を見上げて、大げさにため息をついた。ため息交じりに出る言葉は空気のようにふわふわ漂う。

「轟は、気が多いからな……今度はどんな可愛い子を見つけたんだ」

 漂う言葉を吸い込んだのか、轟真吾は喉を詰めたように血相を変えた。

「変なこと言うなよぉ。理想と現実の狭間で苦悩している、俺の気持ちをわかってくれよぉ」

 定信義市はわかった、と答える代わりに首を二度三度、小刻みに頷いた。それで納得したのか轟真悟はせきを切ったように話しだした。

「俺も気がついていたんだぁ。桂木が野球部の伊達とよく話をしてるのを、それだけじゃねぇ、サッカー部のエース白鷺翔しらさぎしょうとも、ラクビー部のナンバー8の大森司おおもりつかさとも、それだけじゃない漫画研究会の部長の帝塚治ていづかおさむとも、……それにぃ」

「待てよ。それじゃ桂木が男好きなだけじゃないか……」

「本当だから、しようがねぇ。俺は嘘つきが嫌いなんだぁ」

「俺も、嘘つきは嫌いだ……」

 轟真悟はチーズバーガーを口に放り込んだ。

「あいつがぁ、定信に告白したとき、言った言葉を覚えているかぁ?」

 桂木が、あいつ、に変わっていた。

「さあ?」

 忘れたわけではない。おそらく今一番、定信義市の気持ちを踏みにじっている言葉だからだ。それでも知らない振りをしたのは、轟真悟が自ら語らねばすまない、そんな目をしていたからだ。

「あいつは、こう言った」

 この後に続く轟真悟の言葉は、後ろで騒いでいる部活帰りの高校生の声に消されたのか、定信義市の耳には小刻みにしか入ってこなかった。

 聞こえない振りをした定信義市に、轟真悟は再び大声で言った。

 大男の絶唱であった。

「私はいちずな女なのよ!」

 身もだえる轟真悟の真に迫る熱演に一瞬、辺りは瞬間接着剤をぶちまけたように固まっていた。開いた口は開いたままで言葉すらない。

 その後、どっと笑い声が、さざ波となって二人を襲ってきた。

 そんなことが気になる轟真悟ではなかったが、定信義市がかせるから仕方なく外に出た。

 桂木麻奈美と桂木美鈴。

 偶然、二人の桂木をつなげる忘れな草


 定信義一の疑心が、遠くを見つめ躊躇する人の背中を押す。

 

 かすかに震える背中を。

 かすかに震える手で……。 

 

 読んでいただいてありがとうございます。

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