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金色の空  作者: 古流
33/79

32 忘れ、がたくは

 定信義市の前を一台の自転車が猛スピードで通過していった。同じ高校の女子生徒だった。

 制服のスカートが、さらりと風をまいて定信義市の鼻先をかすめていった。

 ナフタリンの独特の臭いが鼻を通って目から拡散した。

 轟真吾とどろきしんごの手にも力が入る。定信義市は足に力をこめていたが動かない。

 通りすぎて行った自転車の女子生徒が大きな声で叫んだ。

桂木かつらぎさーん!」

 そして、自転車は猛スピードで小さくなっていった。

 揺れる夕日を背にして、立ち止まったままの転校生は自転車を来るのを待っていた。二つの影が一つに重なると、自転車の女生徒は自転車から下り、転校生と一緒に歩き出した。土手道は夕日に向かって真っ直ぐのびていた。

 それでも、二人の姿は徐々に見えなくなっていった。

 そして、轟真吾と定信義市の前から一握いちあくの砂のような謎を残して消えていった。


「今の聞いたかぁ……」

 轟真吾は不機嫌そうに顔を歪めて定信義市に言った。

「確か、かつらぎって言ったような……」

 そこまで言ってから、捕まえられている足首が痛んで、定信義市も顔をしかめた。

「おい、轟、何時まで足を掴んでるんだ。手を離してくれよ」

「冗談じゃねぇ。横取りされたらたまらんぜぇ」

「もう、その辺にはいないだろう……」

「うむ、たしかに……」

 周りを見わたした轟真吾は、定信義市の足を掴んでいた手を離した。

 定信義市は手で足をもみながら、土手の傾斜部分に座り込んで独り言のように言った。

「たしかに、かつらぎ、って叫んでたよな」

 その声に轟真吾の生気が抜けたのか、脱力した間の抜けた顔を定信義市に向けた。

 向けたついでに悪態をついた。

「これって……どう? 偶然にしては馬鹿げた偶然だとは思わんかぁ」

「馬鹿げた偶然って、どういう意味だ」

 売り言葉に買い言葉、定信義市は轟真吾を笑いながら睨んだ。

「まぁ、懐かしい幼馴染との再会だぁ。口惜しいが、もう少し喜びなよ」

 なんとなく、から元気の轟真吾だった。それでも、そこには、どこか冷めた定信義市がいた。

 それには、彼なりの理由があった。

「かつらぎでも、きっと人ちがいだ」

 定信義市の前には、いつも小学五年生の桂木美鈴が微笑んでいたのだ。

「他人の空似そらにってかぁ」

 轟真吾の声はあきらめ気分で半分、鼻に抜けていた。

「似てたけど、たぶん……違うんだろう」

「違う……? さだのぶぅがそう言うなら、もしかしたら、人違いかも知れん」

 現金なもので、轟真吾はあきらめ声から口調も滑らかになり、幾分元気を取り戻しつつあった。

「それに、あの転校生、さだのぶぅの存在に気がつかなかったくらいだからなぁ、まあぁ、推して知るべしかぁ」

「それなら名前を呼んだとき、どうして立ち止まったりしたんだろう?」

「それは、後から来る自転車の子を待ってたんじゃないかぁ」

 轟真吾が言った言葉を、定信義市は聞こえない振りをした。おもむろに頭の後ろに手を置いて、その場に寝転んで独り言のように呟いていた。

「たぶん、俺の知っている桂木は……」

 声が止まった。

 ため息をつく間があって、その後、祈るような小さい声がした。

「とっくに死んでいるんだ」

 死んでいる……と言われても轟真吾は別に驚いた風でもなかった。

 定信義市も別に驚かすつもりで言ったわけでもない。

「なんだ、死んでるのかぁ!」

 死すら、笑い飛ばす轟真吾の独特な価値観は人情の機微を凌駕りょうがしていた。

「……それを早く言えよ。死んでるんなら絶対、人違いだぁ。人違いにまちがいねぇ」

「だから、たぶん……」

 定信義市の中に巣くっていた信じたくない気持ちが、桂木美鈴かも知れない女生徒の出現で少なからず混乱をきたしたのだ。

「だから、たぶんって……? さだのぶぅ、死んでるか生きてるか、ここん所を、はっきりさせてくれぇ。あの転校生は、さだのぶの知っている桂木ではない桂木でいいんだな」

「俺の思い出す桂木は動かないし、話さないんだ」

「死んでるんだから話さないねぇのは当然だなぁ。夢でも死んだ奴は話さん、らしいから」

「たぶん……小学生の時から一度も会ってないんだから……」

「なんで、そんな子供の頃のかび臭い話を、後生大事に持ち歩いてるんだよ。感心するほど、さだのぶは詩人だな」

 そう言って轟真吾は豪快に笑って、土手の草むらを滑り落ちていった。

 定信義市も続いて滑り落ちた。

 夕日がすっかりかげろうとしていた。

 家々の窓に灯りが灯り、遠くで電車が枕木を鳴らす音が聞こえてくる。


 後日、転校生は桂木麻奈美かつらぎまなみという名前だと分かった。病気だった桂木美鈴と違って飛びっきり元気な子であるらしい。

 授業終了のチャイムが鳴り、轟真吾と定信義一が教室から出たとき、後ろから声がかかった。

「さだのぶくん」

 声の主は、まさかの桂木麻奈美であった。

 振り向いた定信義市と轟真吾は金縛りの術をかけられたように、しばし不動であった。相手が何を言うのか思案する間もなかった。元気のいい声が飛び出した。

「私は一年三組の桂木といいます。クラスが違うけど仲良くしてね」

 桂木麻奈美がにっこり笑っていても、なぜそんなことを言うのだろうか……と定信義市は思案気な表情を崩さなかった。

 その間隙かんげきを突いて、轟真吾が髪の毛を手ででながらにじり寄っていく。

「はい、僕でよかったら、いつでもどうぞ」

 その態度に桂木麻奈美は、にこやかに微笑んだ。轟真吾には、その顔が団体で天使が舞い降りてきたみたいに見えた。嬉しさのあまり微かに目を閉じた間に、その微笑みは横にいる定信義市に向けられた。

「私にプライベートで最初に、かつらぎ、って声をかけてくれたのが、定信くんだった」

 定信義一は桂木麻奈美が何を言っているのかわからなかった。どうして自分の名前を知っていて、突然関わってくるのか不思議だった。理解するにも突然の事だったので頭が真っ白だった。

「私は、かつらぎって声をかけてくれた最初の人と、恋人になろうと決めていたの。定信君があの土手を通ったとき私に言ったわよね。かつらぎって」

 言っていることの意味は、何となく理解出来ていた。が大勢の衆人がいる場で言う桂木麻奈美の心境がわからなかった。

 二人を知る者はヒソヒソ声を潜めたり、ニヤニヤ笑ったりしながら傍らを通り過ぎてゆく。

「人違いだったんだ。同じ桂木っていう小学校の幼馴染に似ていたから、まぁ、ただの偶然だった」

「偶然でも何でもいいのよ。そう決めていたんだから。彼女いるの?」

「いや、別にいるわけじゃないけど……」

 定信が言い終わらない内に、轟真吾が笑顔いっぱいにして言った。

「私は彼女いないから、全然、大丈夫」

 轟真吾が私なんて言うものだから、定信はつい笑ってしまった。その笑顔を見た桂木麻奈美はうれしそうに声を上げた。

「定信君、うれしいわ、じゃ今日からあなたは私の恋人よ。でも最初は仮の恋人」

「仮の恋人……?」

 定信義市も轟真吾も完全に桂木麻奈美のペースにはまっていた。

「仮免みたいなものね」

「仮、免?」

「ぼ、僕は……」なお、食い下がる轟真吾に桂木麻奈美は微笑みながら、さらりといった。

「私は一途な女なの。ごめんね」

 定信義市は、この状況から何とか抜け出したかった。そう思えば思うほど上手い言葉が出てこない。轟真吾の転校生への想いを知っているだけに余計に深みにはまって行く。

 周りが見えていないのか、神経がよほど太く出来ているのか、桂木麻奈美は一言だけ残して、あっさり自分の教室に戻っていった。

「幼馴染を覚えているなんて、その子が羨ましいわ。でも、今回のことは、きっと偶然なんかじゃないわ。だって、私の初恋の人は、あなたにそっくりだったもの」


 桂木美鈴に似た桂木麻奈美と桂木美鈴との関係は……はたまた、桂木麻奈美の初恋の人は定信義市にそっくりと告白……。

 その真意は?

 今しばらくのお付き合いを……。


 読んでいただいて有難うございます。

 

 

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