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金色の空  作者: 古流
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27 おのづから、なる

 東条紗枝とうじょうさえの焦点が合って、キラキラ輝く瞳に由香里の笑顔が映った。

「定信君が好きな子って……だれ、誰なの?」

「うーん、先生の知らない子よ」

「そう、彼って、もてるんだね」

「多分ね……本人は気がついてないでしょうけど……でも先生は駄目よ。ぜったい! 綺麗だけど、年がずいぶん上だから、定信君が可哀想だわ」

 由香里がニッコリ笑った。東条紗枝はその笑顔に笑顔を返したが、決して気持ちは笑っていなかった。

 少々、反発を試みた。

「好きになるのに年は関係ないと思うわ。その人を好きになったんだから……別に年齢に恋したわけじゃないのよ」


 そのとき、部屋のドアがノックされた。

 由香里がドアを開けると、母の聡子さとこが飲み物を入れたお盆を持って入ってきた。

「冷たい物でも、いかがですか」

「すいません。有難うございます」

「それと、由香里、お友達から電話よ」

 母の言葉で由香里は急いで部屋を出て行った。

 ドアが閉まり、それを確認した聡子は飲み物をテーブルの上に置きながら言った。

「わがままで、やりにくいでしょう?」

 そう言ったものの聡子は東条紗枝を見ていなかったが 東条紗枝は聡子を見ていた。

 古室聡子は話し好きではない。と東条紗枝は思っていた。

 これまでも、ひとこと、ふたこと話すくらいで、ほとんど会話がなかった。だから突然話しかけられて驚いた。

「そこの壁の絵……」

 聡子は東条紗枝がいる後ろの壁を指した。東条紗枝は振り向いて壁の絵を見た。

 連峰が連なるのどかな風景画だった。

「素敵な絵です。どこか懐かしさを感じます。信州ですか?」

 素直な思いだった。連なる山々が、いつか行った信州を思い出させた。

「東条先生は、どこのご出身なんですか?」

「私は東京なんです。生まれたのは井の頭線のとある駅……」

「とある駅なんですか?」

「生まれて直ぐに引っ越したので両親もよく覚えてないんです」

 東条紗枝は自分の身の上を少し脚色して言った。

「そうでしたか……その絵は、私が生まれた長野の田舎なんです。南アルプスの麓ののどかな里でした」

「長野県……私は高校の修学旅行で蓼科たてしなに行きました。そこで初めてスキーをしたんです」

「長野県でも、私の里にはあまり雪は降らないんですよ。春には花が咲いてほんとに奇麗だった」

 そこで何を思い出したのか聡子はクスッと笑った。東条紗枝は聡子の笑い顔を見るのは初めてだった。聡子は何かに怯えて、いつも影のように佇んでいたからだ。

「子供なのにアルプスの雪解け水で出来たわさびが大好きで……」

「わさび! 私は今でも、わさびは苦手……」

 東条紗枝が顔をゆがめて微笑んだ。


 ドアを開ける音がして、由香里が戻ってきた。

 入れ替わって聡子が部屋から出て行った。

 そのうしろ姿を見送りながら、古室聡子の背中が何かを物語っているように思えてならなかった。

 由香里は戻ってくるなり、和紙で出来た小さな箱を取り出した。

「先生に見せたいものがあるの」

 その箱をテーブルにおいて中を開けると、小さな金の折鶴が入っていた。

「さっき話した女の子から貰った金の折鶴よ。この裏には、その子の願い事が書いてあるの」

「折鶴の願い事……素敵は話ね」

「定信君も貰っているのよ。定信くんと私とその子の三人で二十歳の年の三月三十一日に、これを見ることになってるの」

 由香里は、その折鶴を大事そうに箱の中にしまった。独り言のように呟きながら……。

「でもね、その子は重い病気を治すために、北海道に引っ越しちゃった」

「北海道へ……? ずいぶん遠いのね」

「遠いけど、定信君は、きっと、その子のことを忘れられないでいるわ。……だから、先生も片思いね」

「悔しいけど、その子って幸せね。そんなに想われて……でも、ずい分と欲張よくばりな子」

「えぇ! どうして?」

 東条紗枝の想定外の言葉に由香里は、その訳を聞いた。

「だって、彼の思いを十年間も折鶴一つで独占するんだから」

 東条紗枝の一言に由香里はなんとなく納得できなかった。 

 何も言わなかったのは、少し疲れてきたのと、適当な言葉が出てこなかったからだ。

 そんな由香里の心中を察して東条紗枝が優しく言葉をかけた。

「定信くんと由香里ちゃんも仲がいいので、うらやましいわ」

「嘘でしょう……私なんか、全然だめ。定信君は小学生のときから、私の顔を見るたび笑い続けてるわ」

「ほんと? 慰めてくれたり、笑ったり……」

 東条紗枝は少し顔を傾げて見せた。

「でも定信くんは許せるの」

 由香里は嬉しそうにはにかんだ。

「好きだから許せるんだ。でも、その想いは、いつか必ず通じる時があると思うわ」

「好きだけど……美鈴の想い人を奪ったりしない……」

 北海道で病魔と戦っている桂木美鈴を励ますようにつぶやいていた。

 由香里はそれなりに美鈴との友情を守ろうとしていたのだ。

「その子の名前はなんていうの」

「桂木美鈴って言うのよ」

「美鈴ちゃんか……可愛い名前ね……いい話だから先生が二人のために曲を作ってあげるわ。定信君と美鈴ちゃんの小さな恋のプレリュード」

「いいな!私も入れてよ。三人の折鶴だから」

「そうね、分かったわ。じゃ、三人の小さな恋の大冒険」

 由香里はうれしそうに笑顔がはじけさせた。

 東条紗枝はピアノの前に行くと、暫く考えた後、その指は軽やかに動き出した。そして、三人の小さな恋の大冒険が始まったのである。


 定信義市と桂木美鈴と古室由香里。三人の思いを乗せたメロディーは流れてゆく。

 風が枝を揺らせているのが部屋の窓から見える。

 由香里の瞳が光を宿し、東条紗枝の手の動きはそこに留まらない。

 窓が突風で音を鳴らしたとき、ピアノ旋律が時を越えた。

 それは、いつまでも止むことなく、聞こえて続けていた。


 次回から、物語は高校時代へと変わります。

 さらに、新しい登場人物が出てきますので、こうご期待!!


 読んでいただいて有難うございます。

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