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金色の空  作者: 古流
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22 彩なす、雲に

 神社の境内に鶴岡範宏つるおかのりひろは呆然と立っていた。手が若干震えているように見える。その前で竹本勝海たけもとかつみは長々と体を横たえていた。菅野芳治すがのよしはるの大きな後ろ姿が今、神社の階段から消えようとしているところだった。落葉が飛ばされ竹本の身体にまとわりつく。

「くそ」

 それを手で払いのけ、怒りにまかせた竹本の声が聞こえた。

 鶴岡は心配そうに上から覗き込んでいた。

「お、俺さ、習字に行く時間だから。帰る」

 竹本の声が聞こえてほっとしたのか、菅野にやられた竹本に見切りをつけたのか、そそくさと帰っていった。

「か……桂木がどうしたんじゃ……そんなこと」

 独り言のようにつぶやいて、痛むからだを半身起こすと、鶴岡の姿はすでになく、やけに痛む己の体があるだけだった。

 竹本は菅野の為に良かれと思ってやったことが、逆に彼の怒りをかった事実に桂木美鈴の姿を重ねていた。

 そして、今まで喧嘩には自信があった竹本が、記憶にすら残らないほどの惨敗を生んだ菅野のパワーの源も結局は桂木美鈴だった。

 菅野芳治にとって桂木美鈴は、それほど大切だったのだと竹本は改めて思った。

「それにしても強い奴だ」

 菅野を、素直にそう評価しなければならないほど、竹本は手も足も出なかった。。

 最初の竹本が放った一撃が、菅野の手で払いのけられたのを覚えているだけで、後は全く覚えていなかった。

 そして妙な事に菅野芳治に対してではなく、なぜか青柳三平に対し、俳諧連歌芭蕉拳はいかいれんかばしょうけんにたいして反抗心が沸いてきたから不思議だった。

 菅野に五分で戦った青柳三平の俳諧連歌芭蕉拳を、ついさっき、あっさり身切った自分の未熟さに怒りすら覚えた。

 今日は最初から菅野に負い目があった。それが迷いを生じさせたのだ。それが、こんな結果になったと竹本は感じていたからだ。

 対等にやれば、まだ勝機はある。

 竹本勝海は立ち上がって歩き出すと、神社の階段の上ってくる定信義市の姿が見えた。


 定信義市はその日、いつも一緒に帰る三平がいないので探したが「竹本と一緒に出て行った」誰かの声がした。

(竹本は転校してきた奴だが、今では菅野の仲間で果たし合いにも来ていた)

 定信義市は菅野が竹本を引き込んで三平をやっつける腹じゃないか……。

 いやな予感がした定信義一は教室から走り出た。

「定信くん、どうしたの? 一緒に帰ろ」

 古室由香里が声をかけても、脱兎の如く廊下をぬけ、運動場を渡り、校門を出て、道路を横切ったところで菅野が一人で神社の脇から出てくるのが見えた。

 菅野はそのまま定信義一に背中を向けて歩き去った。

 菅野の後ろ姿を見ていた義一の足は神社へ行こうとばかり道を曲がり、階段を走って上った。

 そこには足を引きずるように下りてくる竹本がいた。

 定信義市は、なぜ竹本が体をかばい、足を引きずって歩いているのかわからなかった。

「青柳、見なかったか」定信義市がそう言っても竹本は振り返りもしなかった。

 一瞥を加えると竹本は痛む足に力を入れて、無言で階段を降りていった。


 その時、三平は家の自分の部屋にいた。 

(そうか、竹本が口走った龍雲拳。師匠が言っていた拳法だ)

 ベッドで横になっていた三平は跳ね起きた。

 師匠、青柳三太夫あおやぎさんだゆうが敗れた拳法の流派……俳諧連歌芭蕉拳を確立して、戻ってきた時には消えていた龍雲拳。

 師匠は尼僧にそうになった、紅詩音くれないしおんを探す為に再び旅立っていった。

 師匠に知らせるすべを三平は知らなかった。

 机の引き出しを開けて、師匠が残していった芭蕉拳秘伝の書をページをめくっていった。

 そこには、おびただしい数の俳諧連歌芭蕉拳の型がイラストで描かれ、ひとつひとつに詳しい解説があった。

 三平の場合は芭蕉拳の初歩の形しか会得していなかった。

 師匠、青柳三太夫は芭蕉の全ての句を、自由自在に使いこなすことが出来た。それぞれの相手によって変化させることで、無敵の力を発揮することが出来るのだ。

 それは、師匠のここだけの話であった。

 ただ、今、師匠がどこへ行ったのか知らない三平は龍雲拳に出会ってもどう対処していいかわからない。

 それに青柳三平の力量では竹本一人でも荷が重いうえ、他の門下生がでばってくれば歯がたたない。


 玄関で定信義市が呼ぶ声が聞こえていた。三平は階段をかけ降りた。

「竹本が足を引きずっていたけど、三平の漢方にやられたのか」

「知らん。絡まれたけど僕は逃げて帰った。それに僕の芭蕉拳は相手を倒すとこまではいっていないんだ。ついでに言うと漢方じゃなく功夫かんふーだ……」

「とにかく良かったよ。三平が菅野の仲間に睨まれてどうなるかと思った」

「争いを好む訳じゃない。人として許せなかっただけだ」

「竹本は誰にやられたんだろう」

「さあ、竹本は自分であの桂木の絵を描いたと言ってたから、でしゃばって菅野にやられたのかも」

「菅野じゃなかったのか……」

 三平は頷きながら考えていた。

「結局、竹本が書いても、菅野が描いても同じことだけど……」


 三平はあの日のことを思い出していた。

 黒板の落書きも、足を引っかけられたのも、三平を睨みつけた目も、桂木の絵に反応した嘲笑も、菅野が果たし状を受け取ったことも……。

 菅野が桂木美鈴に好意を抱いていても、あの絵に対して薄裏笑いを三平はよしとはしなかった。

 桂木美鈴の絵を描いたのが菅野でなくても、それは同じだったのだ。

 

 青柳三平の果たし状の一件の以後、妙に大人しくなった菅野芳治が副委員長の戸村昌子に変わってクラス委員長の仕事をこなすようになっていた。もともと、それくらいの事は出来る男だった。

 そうなったら、クラスのまとまりは強まり、もめ事も少なくなった。

 青柳三太夫が別れに放った、三平を助ける一撃のせいだと誰が知りえよう……。

 勿論、三平すら考えていなかった。

 そのことは謎のままだが、菅野芳治に変化が起こったのは事実だった。

 その中で、竹本勝海は蛇に睨まれた蛙のように身動きとれないでいた。

 

 定信義一も桂木美鈴が引っ越して連絡帳を持って行くこともなくなり、家の前を通るたび寂しさがこみ上げてきた。

 垣根の葉は伸びていて、きれいに手入れされていた当時と比べて、中を覗くことも出来なくなっていた。

 うっかりした訳ではないが、桂木美鈴の玄関前でベルを押してみた。

 誰かが出てくるのを待った。

 勿論、誰も出てこなかった。

 当然の結果に定信義市の首がガクッと折れた。

 やはり猫が一匹、桂木美鈴が一人で立っていた玄関脇の木戸の下から飛び出してきただけだった。


 桂木美鈴は去っていった。

 残った者の想いは各自、それぞれ……。

 それにしても……竹本勝海がとんでもないことをしでかしてくれます。

 次回のお楽しみ……。


 読んでいただいて有難うございます。

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