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金色の空  作者: 古流
17/79

16 そこに、道あり

 翌朝、当たり前のように青柳三平あおやぎさんぺいは小学校に行った。

 教室には、いつもと同じように、後ろのガラス戸を開けて入った。

 すでに何人かが登校していた。一人で机に座っていたり、四、五人集まって話をしていたり……。

 ここまでは、いつもと同じ光景だった。

 違ったのは三平が教室に入ってくるなり、一部の視線が三平に向いて、ぱらぱらと拍手がおこったことだ。

 一瞬、何事だろうと立ち止まった三平は、黒板いっぱいに書かれている落書きを見て頭に血が上った。

 おなじみの大きな傘の絵に、桂木美鈴かつらぎみすずと青柳三平と文字が右と左に並んでいた。

 昨日の事を見ていた、クラスの誰かが書いたものに違いなかった。

 三平は、そのまま黒板まで歩いていくと、黒板消しがない。

 青柳三平の顔が険しくなった。

 背中に、薄ら笑いの視線を感じながら……俺は男だ。つまらん諍いはしない。三平はぐっと唇を噛んだ。

 黒板消しが無いので仕方なく、三平は自分の手で黒板の落書きを消しだした。

 高いところは飛び跳ねて消した。

 こんな高いところに手が届くのは、このクラスでは二人しかいなかった。

 学級委員の菅野芳治すがのよしはると山本和子先生である。しかし菅野の姿は教室にはなかった。その仲間がニヤニヤ三平を見つめているだけだ。

 三平の手が白墨はくぼくで真っ白になった。横を見たら古室由香里こむろゆかりがニッコリ立っていた。そして三平と同じように手で黒板の落書きを消していた。

 青柳三平は無表情だった。

 黒板を消し終わって、自分の席に戻ろうとした三平と由香里に口笛が飛んだ。

「色男!」誰かが叫んだ。

 三平は声の方を見た。

「気にしない、気にしない。ひがんでいるのよ」

 由香里が小声でささやいた。

 三平は気を取り直して席に歩き出した。その時、三平の足に座っている男の足がひっかかった。菅野の仲間の細川三喜男ほそかわみきおだった。三平はつんのめるように前に転んでいた。

「ごめんごめん」

 細川三喜男は頭をかいて謝っていた。

 わざと足を出したのは分かっていた。ゆっくり起き上がると三平は無言で一句つぶやいた。

『古池や……蛙飛びこむ』

 自らにあびせる一撃である。これは三平の功夫カンフーの大技であった。それで心を落ち着かせるのだ。

 そして何事もなかったように、ランドセルを肩から外し席に着こうとした。

 椅子の背もたれに手をやって椅子を引き出すと、座るところに、どうやら桂木美鈴らしい少女の裸の絵がテープで貼り付けてあった。

 下らんことをする連中だ。そう思っても(俺は男だ。つまらんことで怒らない)

 自ら受ける一撃を、何度も、何度も頭の中で繰り返し呟いていた。

 その時、学級委員の菅野芳治が入ってきた。

 頭の良さは群を抜いていた。テストはどの科目もほとんど百点だった。

 相撲をとっても一番強かった。

 クラスの横綱、四股名しこな菅野山すがのやま

 担任の山本先生も一目おくほどの存在だった。しかし学級委員と言っても悪い連中に担がれてなったので、元々やる気がない。

 副学級委員の外村雅代とのむらまさよが学級委員みたいなものだった。

 大柄な菅野芳治はランドセルが小さく見える。

 ランドセルを肩からはずすと自分の席にほうり投げた。そして自分の席で立っていた青柳三平をにらみつけた。

 いわゆる、ガンをとばすしたのである。

 三平も菅野の視線を受けた。

 その瞬間、教室の中はシーンと静まりかえった。

 菅野の視線を受けたものの、菅野がなぜこんなことをするのか、三平はその理由が分からなかった。

(昨日のことが原因だったら……桂木美鈴の車を追った事が理由なら……菅野は桂木美鈴のことを……?)


 定信義市が教室に入ってきたのはそんな時だった。三平の前の席が定信義市の席だった。

「おはようございます」

 定信義市は大きな声で教室に入ってきた。

 別にいつもと変わらない。

 ざわついた教室。

 静かに机に座ってチャイムが鳴るのを待つ者。

 かたまって雑談する者。

 古室由香里の複雑な視線を感じるまで、定信義市は変わらぬ顔だった。

 自分の席まで来ると「おっす」三平に言った。

 三平は一声返して黙った。

 自分の席を見つめたまま座ろうとしない三平。

 定信義市は三平の目線の先を見ようと、身を乗り出した。

 その目に、飛び込んできたのは裸の少女の絵だった。

「なんだ! この下手な絵は……」ひとこと出た。

 その声は委員長の菅野の耳に入らないわけがなかった。菅野は三平を睨んでいた目を定信義市に移した。

「下手って?……おまえ桂木のはだか、見たことあんのか?」

 菅野は子供のわりには低い声だ。さらに、ドスをきかせた一言に周りの何人かが、クスクス笑い出した。

「見たことあるから、そんなことが言えるんじゃ」

 細川三喜男が口をはさんだ。

「これ、桂木の絵か……」

 定信義市があきれた調子で返した。

「家が近いから一緒に風呂にも入ったんだろ。もしかして抱き合ってキスしたりして」

 菅野の横ででっぷりと太った岩井努いわいつとむがはやす。

 菅野が絡んでいるのに気がついて、定信義市は、まずい状況になったと思ったが、なぜか意固地になっていた。

「……」定信義市は三平を見た。三平は目で合図をして、椅子の絵をはぎ取り自分の鞄に入れた。

「記念に貰っとくよ」

 チャイムが鳴った。

 チャイムが鳴ると同時に先生が教室に入ってきた。


 その日、一日。

 定信義市と青柳三平は無口な少年になっていた。

 

 放課後、三平は仲間に囲まれている菅野の机に近づいていった。その手には帳面を破いて三つ折りにしたものを握っていた。

 それを三平は菅野の前に差し出した。

 菅野はそれを受け取ると目を丸くした。そして鼻の奥から声を出した。

「果たし状……?」

「そうだ! 必ず来いよ」

 そう言うなり、三平はその場を早足に去っていった。

 後から菅野以下、仲間たちの嘲笑にも似た馬鹿笑いが聞こえていた。

 定信義市は決意を秘めた三平の表情に気おされたのか、三平が一人で教室を出るのを見ていただけだった。

 菅野はその果たし状をその場で広げて見せた。

「菅野芳治殿。夕刻、たそがれ川の川原にて待つ。青柳三平」

 血祭りに上げてやるの意味をこめて、菅野芳治殿と赤文字で書かれてあった。

「殿だってよ……」

「青柳の顔が引きつってたよな」

 定信義市は、その横を知らぬ顔で行き過ぎようとした。それをチラと見た菅野は机に足を放りだしたまま、定信義市の首を捕まえ耳元で小声で息巻く。

「青柳から果たし状が来た。夕刻、たそがれ川の川原だ。定信……助っ人に来てもかまわんぜ」

 首にまとわりついた菅野の手を振りほどいて、定信義市はニヤと笑ってその場を逃げ出した。



菅野芳治に叩きつけられた果たし状。 

はたして、三平の功夫がベールを脱ぐ!

お読みいただいて有難うございました。

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