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金色の空  作者: 古流
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13 風に、さそわれ

 定信義市さだのぶぎいちは、その日の放課後、桂木美鈴かつらぎみすずの家の前にいた。

 引越しをしたら、もう会えないという気持ちがベルを押させた。

 まだまだ、話しをしたかった。

 話すことが山ほどあった。

 できれば転校するまで、ずっと一緒にいたいと思っていた。

 誰もいないだろうと思っていた定信義市は、美鈴が目の前に現れて驚いた。

「どうしたの……」

 美鈴は定信義市の顔を見て、不思議そうな表情をした。

「引越しをする前に、もう一度話しをしたいと思って……」

 

「定信君なの」

 玄関の奥から美鈴の母の声が聞こえた。

「お母さん、定信君とお話ししたいから少し出かけていい」

「あなたが大丈夫ならいいわよ。でもあまり長くは駄目よ」

 母の声を背中で聞いていた。 

 

 定信義市と桂木美鈴は川岸を歩いていた。

 そして、ベンチがあったので、そこで一休みすることにして二人で座った。

 目の前には、ゆったりと川が流れていた。

 川岸にはテニスコートがあったり、サッカー場があったり、各自思い思いの遊びをしていた。

 会話がとぎれ、人の話し声が川の流れにのせて聞こえてきた。

 二人の時間も今、静かに流れていた。

 幼い沈黙。

 それでも、定信義市は、それが心地よかった。

 時よ止まれ。

 そんな心境だった。


「聞きたいことがあるんだ」

 前を見たまま、何かを思い出しているような表情だった。

「なにを?……」

 美鈴は横を向いて定信義市を見た。それに気付いたのか定信義市も美鈴に目を向けた。

「何を読んでたのかなって……本のことなんだけど」

「え……本?」

「少しまえ本を読んでたろう……」

「あぁ、あれ……」

 桂木美鈴はかばんから一冊の本を取り出した。

「これは、シュトルムの『みずうみ』って小説よ」

「シュト……」

「シュトルムよ……」

「舌噛みそうな本を読んでるんだね」

「お母さんの本棚にあったのを見つけて……少しずつだけど」

「どんな話し?……」

「上手く話せないけど……」

 そう言って小さな声で続けた。

「ラインハルトという少年と少女エリーザベトの話しよ」

「その二人がどうなるの?」

「はじめは仲が良かったの……でも」


 桂木美鈴の髪の毛が揺れた。風のせいではない。美鈴の心の嗚咽おえつだ。

 初めての、ぎこちない瞬間を初恋というなら……二人は今、恋をしようとしているのだろう。

 初恋の言う名の眩い世界……まるで、みずうみのゆらめきにも似て。


 定信義市はゆるゆると流れる川面を見つめて、思い出したことがあった。

「昨日、社会の時間に、先生から、この川の話しを聞いたんだ。この川の昔話だけど……聞きたい?」

「うん」

 定信義市は社会の授業で聞いた川の話を短く話した。

「この川の、ずっと下の方の川辺で菜の花と蓮華草れんげそうが咲くのを知ってる?」

「見たこと無いけど、お母さんから聞いたことがあるわ」

「それにはこんな話しがあったんだって……」

「聞かせて……」

「この川のふもとに仲の良い恋人が住んでいたんだ。二人で花を摘んでいた時、雨で増水した川の中に、菜の花を手にした彼女が足を滑らして落ちたんだ。それを助けようと蓮華草を手にした彼氏は川に飛び込んだ。流れは速く、そのまま二人は発見されることはなかったんだ。そして、一年が過ぎた頃、その川の下流で今まで咲いたことがなかった菜の花が川の岸辺一面を黄色に染めた。そして、その反対の岸には赤い蓮華草が一面に咲いていた。それを知った二人の友人が蓮華草と菜の花を摘んで家に持って帰り同じ花瓶に入れたら、春が終わっても枯れることなく花を咲かせたんだって」

 話しを聞き終わった桂木美鈴は嬉しそうにニッコリ微笑んだ。

「お母さんから聞いた、忘れな草の話しみたい」

「どんな話し?」

「詳しいことは、忘れちゃったわ」

「忘れな草だから……」

 桂木美鈴は定信義市の言葉に、戸惑いの笑顔を返した。

「つまらなかった?」

「ううん」

「疲れた?」

「少し」

「帰ろうよ。送っていくよ」

「ありがとう」

 幼い二人のデートは短いものだった。

 それでも、定信義市は頭を黄色く、目を真っ赤に染めるほどうれしかったのだ。

 結局、転校の話しはしないままだった。


 不肖、私が中学一年の時に初めて買った本がシュトルムの『みずうみ』でした。


 少年ラインハルトと五歳年下の少女エリーザベトの切ない恋物語。

 老人となったラインハルトの回想で話しはすすみます。


 仕事に疲れた時に、一服の清涼剤になると思います。

 短い話なので、暇な時にどうぞ……。 


 読んでくださって有難うございました。

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