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第4話 シャンデリア事件

大広間の扉を開けると、光が差し込み、床に鮮やかな模様を描いていた。

しかし、私の視線は床や壁だけでなく、天井に吊るされた巨大なシャンデリアへと向かう。


――埃がついたままでは、この光も台無しだ。


「お嬢様、舞踏会の開始まであと一時間です」

背後から執事・セバスチャンの声が響く。

振り向けば、いつもの落ち着いた表情。だがその声には、明らかな焦りが混じっていた。


「……構わない」


私は手袋をはめ直し、目の前のシャンデリアをじっと見つめる。

光のひとつひとつを、埃一粒残さず輝かせるまで、動くつもりはない。


セバスチャンは一瞬言葉を失い、ため息をつく。

「……お嬢様……」


――これが、舞踏会前の小さな戦場の始まりだった。


長柄のモップを手に取り、私は天井のシャンデリアに向き直った。

一枚一枚のガラスを丁寧に拭き、光を取り戻す――その作業はまるで、星をひとつずつ拾い集めるかのようだった。


執事のセバスチャンは両手を組み、眉間に皺を寄せて見守る。

「お嬢様……お時間が……」

だが私は聞こえないふりをして、埃の舞う空間に集中する。


侍女たちも、恐る恐る後ろに立ち、目を丸くして様子を見守る。

一度手を止めれば、光の輝きが曇る――そんな錯覚に駆られるほど、私は掃除に没頭していた。


「……もっと、落とす」


光の反射を確認するたび、つい埃を増やしてしまう。

一枚拭くたび、舞い落ちる埃の量も比例して増え、空気中は白く霞む。

他の舞踏会準備? そんなものはもう目に入らなかった。


――シャンデリア掃除、それは戦場だった。

モップを振るうたび、埃は雪のように舞い上がり、ゆっくりと大広間の空間を白く染めていく。


「……ああっ!」

侍女の悲鳴が響き、庭から招待客が入ってくるや否や、咳き込みの波が広がった。

水晶のシャンデリアの輝きも、白い霞の中でかすんで見える。


「お、お嬢様、これは……!」

セバスチャンの声は、普段の冷静さを失い、震えていた。

顔は蒼白、手は小刻みに震え、まるで幽霊を見たかのようだ。


舞踏会の準備は完全に混乱し、案内役の侍女たちも立ち尽くす。

「これは……中止しか……」

誰もが口をそろえて呟く。


――しかし、私は止まらなかった。

視界の白い世界も、香ばしい埃の匂いも、すべて「美しくなるための戦場」の一部だと思っていたから。


白く舞う埃の中に、重厚な足音が響いた。

王家の警備責任者が、大広間の扉から姿を現す。


「……危険物――埃や汚れが、舞踏会中に落下して事故になるところでした」

低く、しかし確かな声で告げる。

「お嬢様の掃除によって、未然に防げましたね」


一瞬、場内の空気が凍りついた。

そして、王子や列席者たちの顔に、柔らかな微笑みが浮かぶ。

「無論、舞踏会は中止になったが、安全が最優先だ」

王子のその短い言葉が、確かな温度を伴って胸に届く。


私は手袋の指先を握りしめ、心の中で小さく驚いた。

(……褒められた!?)


いつもの掃除魂が、思わぬ形で認められた瞬間だった。

だが、天井の光はまだ私の手を待っている――次の戦場は、あのシャンデリアの隅々だ。


大広間のざわめきが収まる中、侍女たちは口々に小声で囁く。


「掃除のおかげで事故回避って……どういうことですか……」

「まさか、舞踏会中止が褒められるなんて……」


その困惑した顔を眺めながら、私は軽く笑みを浮かべた。

(ふふ、掃除の力を甘く見るな)


「さて……次は図書室の埃を片付けるとしようか」

ニッコリ笑いながら手袋を整える。

侍女たちはまだ半信半疑だが、もはや逃げられない。


――屋敷の隅々まで、私の掃除魂は止まらない。

今日もまた、新たな戦場が私を待っているのだから。




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