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悪役令嬢ですが、破滅イベントよりホコリの方が気になります。  作者: 南蛇井


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ヒロインの幸せエンド

王都の大通りを、掃除ギルドの旗を掲げた馬車が進む。

 その窓から姿を見せたのは、今や「王国清掃大臣」として各地を飛び回るミランダだった。


「おお、ミランダ様だ!」

「ほら見ろ、あの人が来てからうちの井戸もきれいになったんだぞ!」

「まるで聖女様みたいだ……いや、俺たちにとっては掃除様か!」


 人々は感謝と敬意を込めて手を振り、子どもたちはモップを振って真似をする。

 華やかなドレス姿の令嬢でありながら、彼女の手にはいつもの掃除道具。

 国の重臣でありながら、庶民に親しまれる稀有な存在。


 だが、ミランダは心の奥で、ほんの少しだけため息をつく。


(……掃除も改革も、もちろん大切ですわ。わたくしは使命に生きると決めましたもの)

(けれど──それだけで終わってしまっても、わたくしはただの掃除道具。わたくしも、一人の女ですのよ……)


 微笑みを浮かべつつも、その瞳の奥には小さな孤独の影が揺れていた。それは、地方都市での大規模な清掃活動の最中だった。

 王国清掃大臣ミランダは、自ら先頭に立ち、泥だらけになりながら用水路の点検を続けていた。


「大臣様、もうお休みを!」

「いえ、あと少しですわ。この詰まりを解消しなければ……」


 だが無理がたたり、視界が暗転する。

 気づけば、彼女は誰かの腕に抱えられていた。


「無茶をしすぎだ、ミランダ」


 低く、穏やかな声。

 見上げると、かつて魔獣の巣を掃討する清掃活動で共に戦った近衛騎士の青年──レオン・ハルバードがそこにいた。

 鍛えられた腕に支えられ、彼の鎧には農村の泥がこびりついている。


「レオン様……どうして、ここに……?」

「任務だよ。民の声を聞きに来たんだ。──けれど、俺が見たのは君が民より先に倒れる姿だった」


 彼は優しく笑いながら、彼女の額に布を当てる。

 それは戦場で傷を癒すような手際で、しかしどこか不器用な温もりがあった。


「ミランダ。君の努力は、この国を変えている。子どもたちの未来を守っている」

 そして彼は、まっすぐに瞳を見つめて言った。

「でも……君自身も幸せになっていいんだ」


 胸の奥で、何かが震えた。

 それは今まで抱え込んできた孤独に、初めて温かな光が差し込んだ瞬間。


(わたくし……この人の隣でなら……)


 ミランダの心に、静かに恋の芽が芽吹き始めた。それからというもの、ミランダとレオンは王国各地を巡る旅を共にすることになった。

 農村では井戸の水質を確かめ、浴場の設営を指揮し、辺境では瘴気を払う掃除魔法を展開する。


「ミランダ、大樽を運ぶぞ。……っと」

「ありがとうございます、レオン様。では、わたくしは魔法で内部を滅菌いたしますわね」


 力強く荷を担ぎ上げる彼の背に、ミランダは安心を覚える。

 同時に、魔法で汚れや菌を浄化してゆく彼女の姿に、レオンは尊敬の念を隠さなかった。


 ある村でのこと。

 大人たちが井戸の周りで騒ぐ中、子どもが誤って水路に落ちてしまった。

 その瞬間、レオンが迷わず飛び込み、子を抱き上げる。

 彼の背後では、ミランダが即座に浄化魔法を発動し、濁った水を澄み切らせた。


「助かった!」

「ありがとう、大臣様! 騎士様!」


 民の歓声に、二人は顔を見合わせ、思わず笑みをこぼす。

 それは「任務を共にこなした仲間」の笑顔でありながら──どこか、温かく、親密な響きを帯びていた。


 夜。焚き火を前に腰を下ろし、星空を仰ぐ。

 炎に照らされた横顔を見つめながら、ミランダは気づく。


(ああ……この方と並んで歩むことが、こんなにも自然で、心強いだなんて)


 それは確かに、仕事の相棒から「人生の相棒」へと変わりつつある予感だった。王城の謁見の間。

 かつて「婚約破棄」が高らかに宣言された場で──今度は、まるで別の空気が流れていた。


 王と宰相は、並んで立つミランダとレオンを見やり、どこか言いにくそうに視線を交わす。

「……ミランダ嬢。前回の件もあり、王家としては、あまり軽々しく祝福の言葉を口にするのもどうかと思っておったのだが……」

 宰相が言葉を濁す。


 しかし、ミランダの笑顔は清らかで、揺るぎなかった。

 その隣でレオンもまた、誠実な眼差しで彼女を見守っている。


 王は小さく頷き、重々しい声で言った。

「……だが、今のお主の顔を見れば分かる。前よりもずっと幸せそうだ。

 そしてその幸せが、国のために働く力となっておるのなら──これ以上の祝福はあるまい」


 王妃が扇で口元を隠しながら、柔らかに笑った。

「愛と清潔。どちらも人を救い、国を健やかにするものですわ。

 あなたたち二人なら、そのどちらも分かち合えるでしょう」


 宰相も苦笑を浮かべた。

「掃除から法が生まれ、そして今度は新しい家族まで……まったく、国政とは分からぬものだ」


 かつての婚約破棄劇は、もはや過去の笑い話にすぎない。

 王家は正式に、ミランダとレオンの結びつきを認めたのだった。夕暮れの礼拝堂。

 かつては魔獣の巣窟だった暗い洞窟も、今では人々の祈りが集まる清らかな場所へと生まれ変わっていた。

 その中央で、二人きり。静かな鐘の音が響く。


 レオンは深く息を吸い込み、ミランダに向き合った。

「……ミランダ。君は国を変えた。でも俺にとって、君が掃除したのは国じゃない。

 ──俺の心だ」


 ミランダの瞳が揺れる。


 レオンは片膝をつき、彼女の手を取った。

「君の生涯の掃除を、隣で手伝わせてほしい。

 埃も泥も、そして未来の涙さえも、一緒に拭い去っていきたいんだ」


 胸に温かな熱が満ち、ミランダは思わず微笑んだ。

「まあ……なんて甘い言葉。

 けれど……一緒に拭き掃除をしてくださるなら、喜んで」


 彼女が頷いた瞬間、夕陽が二人を照らし、礼拝堂は金色に輝いた。

 それは祝福の光。

 こうしてミランダとレオンは、掃除と愛を分かち合う「人生の相棒」として結ばれたのだった。王国全土に「清潔革命」が広がっていた。

 街は悪臭を失い、農村は水路が整備され、病は遠のき、子どもたちの笑顔が増えている。


 ミランダは夫となったレオンと共に、今日も各地を巡っていた。

 彼は力強い腕で荷を運び、彼女は知識と魔法で人々を導く。二人の姿は、民衆にとって安心の象徴だった。


 同時に、ミランダは清掃ギルドの後進育成にも力を注いでいた。

 小さな教会の一室。机に集まった子どもたちに、ミランダは柔らかい声で語る。

「掃除はただの作業ではありませんわ。清潔は、命を守る魔法なのです」


 子どもたちが目を輝かせ、彼女の言葉を書き写す。読み書きと共に、衛生の大切さを学んでいく。


 その様子を、教室の扉にもたれて見守るレオン。彼は静かに微笑んだ。

 ──もう、彼女は孤独ではない。国と人々に愛され、そして何より、隣に共に歩む者がいるのだから。


 そして物語は幕を下ろす。


 ナレーション:

「こうして一人の掃除好き令嬢は、国と人々と、自らの幸福を守る新たな時代を築いていった──」

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