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悪役令嬢ですが、破滅イベントよりホコリの方が気になります。  作者: 南蛇井


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18/24

汚染魔獣の巣へ

王都近郊の森が、まるで病にかかったかのように黒ずんでいた。

葉はしおれ、畑は泥に覆われ、家畜は弱りきって倒れている。原因は――古代遺跡に巣を作った魔獣たちだった。


討伐隊は何度も派遣された。だが、魔獣を斬り伏せても斬り伏せても、新たな個体が瘴気に誘われてやって来る。まるで掃いても掃いてもゴミが溜まる、底なしの汚部屋のように。


「このままじゃ村は滅ぶ!」

「いったいどうすれば……」


追い詰められた村人たちはギルドに助けを求めた。


そして――ギルドの扉を押し開け、ふわりと現れたのはいつもの令嬢。

ほうきを片手に、涼やかに言い放つ。


「ふむ……なるほど。魔獣が寄りつく“根本原因”を掃除してしまえばいいのですわね」


災厄の渦中に、掃除令嬢ミランダが派遣されることになった。


ミランダが足を踏み入れた廃墟は、一歩ごとに靴底がぬるりと泥に沈む、陰鬱な空間だった。

鼻を刺すような腐敗臭。壁も床も黒ずんだ苔やカビに覆われ、まるで生き物のようにじわじわと広がっている。


「……これはひどいですわね」

ミランダはハンカチで鼻を押さえつつ、目を細める。


やがて、廃墟の奥に異様な金属塊を見つけた。砕け散った古代の魔力炉の残骸。ひび割れた炉心からは、紫がかった瘴気がぼんやりと立ち上っていた。


騎士たちが眉をひそめる。

「こいつが瘴気の発生源か……」

「なるほど、だから魔獣が尽きないのだな」


ミランダは頷き、持参した手帳にさらさらとメモを書き込む。


「魔獣は瘴気に引き寄せられているだけ。――つまり」

くるりと振り返り、真剣な表情で言い放つ。


「この瘴気の源を掃除で浄化すれば、魔獣は自然に去りますわ」


その宣言に、騎士団は目を丸くし、しばし言葉を失った。

「掃除で解決だと……? 本気で言っているのか?」

騎士団長の額には深い皺が刻まれていた。討伐一筋の戦士にとって、箒と雑巾で魔獣問題を解決するという発想は、あまりに突飛すぎたのだ。


しかし、ミランダは臆することなく鞄を開き、中身をずらりと並べていく。

「こちらが《セイントダスター》。祝福を受けた羽根で、瘴気を払う効果がありますの。

そしてこちらが《ピュアヴィネガー》。消毒にも脱臭にも万能でございますわ」


さらに、掌に小瓶を掲げ、透き通った結晶を見せる。

「加えて、光魔法の触媒。この粉末を炉心に散布すれば、毒素の発生を止められます」


騎士たちが顔を見合わせる。彼女の口調はあまりに自信に満ちており、否定の言葉を挟む隙すらなかった。


「換気についてはご心配なく。香草を詰めた袋を吊るし、風魔法で瘴気を押し出します。廃墟そのものを丸ごと換気いたしますわ」

「ま、丸ごと……?」


団長はこめかみを押さえ、深く息を吐いた。

「……よかろう。我らは魔獣を引きつけ、君らの作業を守る。だが、もしもの時はすぐ撤退だ。いいな?」


「もちろんですわ」

ミランダはにっこりと笑う。その笑みは、雑巾を手にした戦場の聖女のそれであった。魔獣が狩りに出て、廃墟からその気配が遠のいた瞬間。

「今ですわ、突入!」

ミランダの掛け声で、清掃隊と騎士団が一斉に動き出した。


足元に広がるのは、どろりと黒ずんだ苔の絨毯。踏み込むたびに嫌な音を立て、瘴気がもわりと舞い上がる。

「うっ……!」

騎士の一人が顔を覆うが、ミランダは迷わずスクレーパーを取り出し、苔を削ぎ落とし始める。

「ここは汚れの温床ですわ。力を込めて――はいっ!」


削ぎ落とした苔を袋に詰め、すぐに封印。続いて《ピュアヴィネガー》を浸した布を広げ、壁を拭い上げる。

――じゅうっ。

瘴気を孕んだ黒い斑点が泡を立てて溶け、石壁が本来の灰色を取り戻していく。


「……な、なんだこの感覚は」

騎士が呟いた。剣を振るう戦いではない。だが、汚れが消えるたびに、場の空気が確かに軽くなっていく。


さらに奥、毒素を撒き散らす魔力炉の残骸へ。

「ここが元凶ですわね」

ミランダは慎重に封印布をかけ、その上から光触媒の粉末を散布する。淡い金色の光がじわりと広がり、残骸の脈動が静まっていった。


仕上げは通気口の開放。

「風よ、清浄を運びなさい!」

彼女が呪文を紡ぐと、廃墟の中に突風が走る。瘴気が押し流され、香草袋の香りとともに外へと散っていった。


――澄み渡った。

重く淀んでいた空気が一変し、胸いっぱいに吸い込めるほど清らかになる。


「……すごい」

騎士たちは思わず息を呑み、互いに顔を見合わせた。そこにはもう、魔獣の巣などではなく――浄化されたただの古代の廃墟が広がっていた。――その時。

廃墟の奥から、ずしりと大地を震わせる足音が迫ってきた。

「戻ってきました! 武器を構えろ!」

騎士団が剣と盾を構える。


闇を裂いて姿を現したのは、漆黒の毛並みに瘴気を纏った巨大な魔獣。鋭い牙を剥き出し、廃墟を我が物顔で占拠していた張本人だ。


しかし――。


「……グルゥゥ……?」

魔獣は鼻を鳴らし、唸り声を漏らした。


かつての巣に充満していた瘴気はもうない。壁も床も磨き上げられ、毒の香りの代わりに香草の爽やかな香りが漂っている。

まるで「ここはお前の居場所じゃない」と告げられているかのように。


「落ち着きませんのね」

ミランダが小声で呟く。


魔獣は苛立つように地面をひっかき、何度も廃墟を嗅ぎ回った。だが、どこにも自分の欲する瘴気はない。

「……グオォォ……」

やがて大きく吠え、尾を振り払うと、森の奥へと不満げに姿を消した。


――戦わずして、魔獣は去った。


「……本当に、掃除で解決してしまった……」

騎士団長が呆然と呟き、仲間たちも目を丸くする。


その後、村人たちが帰還し、枯れかけた畑は再び緑を取り戻し、衰弱した家畜も徐々に元気を取り戻していった。


王都にこの報せが届くと、大きな話題となる。

「魔獣被害を……掃除で?」

「新しい対策の時代だ!」

新聞の見出しは軒並み同じ文言で飾られた。


こうしてミランダの名は、再び王都の人々の口にのぼることになる。

掃除で森を救った《清浄の令嬢》として――。「すっげぇ……! 本当に魔獣がいなくなった!」

村の少年が興奮した声を上げる。

「じゃあ、じゃあ次は――魔王城を掃除したら、世界が平和になりますね!」


突拍子もない提案に場が凍りつく。


「……魔王城を?」

騎士団員たちが顔を見合わせる中、ミランダは顎に手を当てて真剣に考え込んだ。


そして、コクリと頷く。

「廊下の埃ぐらいなら……落とせますわ」


「いやいやいやいや!」

騎士団長が盛大にずっこけ、地面に拳を叩きつけた。

「規模が違う! 次元が違う! というか、魔王より埃を気にするな!」


その必死のツッコミに、兵士も村人もついに耐えきれず吹き出した。

「はははっ!」

「ミランダ様ならやりかねない!」


笑い声が広がり、廃墟に漂っていた緊張感はすっかり消え去った。


こうして――

《掃除で魔獣を追い払った事件》は、後に王都で「魔王城すら磨きかねない伝説の始まり」として語り継がれることになる。

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