第12話 外交舞踏会の舞台裏掃除
外交舞踏会を明日に控えた王城は、華やかな装飾と準備の熱気で包まれていた。
だがミランダの視線は、煌びやかな会場そのものよりも、その“裏側”へと向かう。
舞台裏の廊下を歩けば、隅に溜まった埃、くすんだ壁のシミ、控室の棚に積もった薄い灰色の膜。
控室の空気はどこか淀み、豪奢なドレスや宝飾品が置かれている場所とは思えない。
「まあ、舞踏会中に見えなければいいでしょ」
片手間に掃除をしていた下働きの言葉に、ミランダはきゅっと眉間に皺を寄せた。
(ダメね……この状態で来訪王族が足を踏み入れたら、不快どころか国の印象を落としかねない)
ドレスの裾を翻し、彼女の瞳がきらりと光る。
その瞬間、彼女の中で“社交の舞踏会”は終わり、“衛生改善戦”が始まっていた。
ミランダは執事マーサを呼び寄せると、すぐさま指示を飛ばした。
「マーサ、ギルド員を集めて。班編成するわ」
あっという間に衛生改善同盟――通称掃除ギルドの面々が集められ、
「床磨き班」「壁・手すり班」「装飾品拭き班」の三部隊が結成される。
「舞踏会用の装飾は絶対に傷つけないこと。使うのは――これよ」
彼女が懐から取り出したのは、宗教騒動を経て使用許可を得た魔法布。
ギルド員たちが思わず「おお……」と声を漏らす。
さらにミランダは下働きや控室のスタッフまで巻き込み、食事や飲料の衛生チェックも開始。
ワイン樽の栓や給仕用の銀食器まで光沢を取り戻し、パン屑ひとつ残らない徹底ぶり。
「今夜ここで踊るのは王侯貴族。でも、影で支える私たちが舞台を最高に仕上げるの」
そう告げるミランダの声音に、全員が自然と背筋を伸ばした。
清掃作戦は、まるで戦場のような勢いで始まった。
まず、廊下や控室の床は長柄モップで一斉に水拭き。
ギルド員が息を合わせ、往復するたびに床板がしっとりと輝きを取り戻していく。
古びたカーペットは外へ運び出し、冬の澄んだ陽光と風に晒して天日干し。
「このカビ臭さも、今日でおさらばだな」と下働きの青年が笑う。
壁や天井近くの照明は、脚立を使って埃を払い落とす。
装飾品班は《セイントダスター》を滑らせ、金銀細工や宝石飾りに本来の光沢を蘇らせた。
光が反射し、まるで新しく作られた品のように煌めく。
作業が進むにつれて、使用人もギルド員も無言になる――疲れてではない。
無心で磨き、拭き、整えるうちに、舞台裏全体が少しずつ輝きを増していく様を目の当たりにしていたからだ。
数時間後、舞台裏はまるで新築のように清潔で明るくなり、
誰もが「ここ、本当に裏方の場所だよな……?」と目を丸くしていた。
舞踏会当日――豪奢なシャンデリアの下、賓客たちが優雅に集うなか、思わぬ場面が訪れた。
隣国の王が、控室や舞台裏をふらりと視察に現れたのだ。
同行していた自国の侍従たちは一瞬緊張し、スタッフたちは息を呑む。
だが王は、廊下の隅々まで光を放つ床や、整然と並ぶ椅子、磨き抜かれた装飾品を見回し、感心したように口元を緩めた。
「この城は……清潔で、礼儀正しい印象だ。客人を迎えるにふさわしい」
その一言に、控えていたスタッフたちは驚きと安堵で顔を見合わせる。
マーサがそっとミランダの袖を引き、小声で囁いた。
「お嬢様……やっぱり掃除のおかげですね」
ミランダはグラスを持つ手を軽く上げ、涼やかな笑みを浮かべる。
(ええ、清潔は外交の第一歩ですもの)
舞踏会の最中、賓客たちが華やかな会話と音楽に酔いしれるなか――
ミランダは会場の端で、そっと執事に耳打ちしていた。
「明日の朝は、舞踏会後の後片付けと……庭園の手入れもしておきましょう」
満面の笑みでそう言い切る彼女に、近くにいたマーサと使用人長の顔色が一瞬で変わる。
「お、お嬢様……まだ片付けも始まってませんのに……庭園まで……」
しかし、キラリと光る瞳と優雅な笑みを向けられたら、もはや逆らえる者などいない。
「は、はぁ……承知いたしました……」
こうして、舞踏会が終わる前から、次なる“大掃除作戦”の幕が静かに上がったのだった。




