第11話 学園の図書室大掃除
課題の資料を探しに、学園の旧館にある図書室へ足を踏み入れたミランダ。
重い扉を押し開けた瞬間――ふわり、と埃の雲が舞い上がり、鼻をくすぐるカビの匂いが押し寄せてきた。
「……これは、なかなかの惨状ですね」
思わずつぶやく声も、埃にかき消されそうだ。
棚の隅では、蜘蛛が悠然と巣を張り、貴重書と呼ばれる本は表紙の色がすっかり褪せ、ページは湿気で波打っている。
一歩踏み出せば、床がきしみ、微かな砂の感触が靴底に伝わってきた。
「この部屋、利用者がほとんどいなくて……」
図書係の生徒が、申し訳なさそうに肩をすくめる。
(知識は宝。宝をこんな扱いするなんて……これじゃあただのゴミ置き場じゃない)
ミランダの眉間に、静かな怒りが刻まれた。
ミランダは図書係や文献研究部の生徒たちを集め、真剣な表情で指示を出す。
「本は人類の記憶です。汚れたまま放置することは、歴史の損失に直結します」
彼女の言葉に頷いた生徒たちは、手際よくチーム分けされる。
埃や蜘蛛の巣を取り除く「掃除班」、破れやシミの応急補修を担当する「修復班」、そして窓を開けて空気を入れ替える「換気班」。
さらにミランダは魔法布を手に取り、効率的に作業を進めるための準備を整える。
チーム全員の背筋が自然と伸び、図書室の大掃除作戦が静かに始まった。
清掃初日。
ミランダは袖を軽くまくり上げ、棚の一番端から手を伸ばした。
「まずは、一冊ずつだな」
古びた本をそっと取り出し、毛先の柔らかな刷毛で表紙やページの埃を払う。
舞い上がる粉塵が光にきらめき、本がまるで長い眠りから目を覚ますようだった。
破れてしまったページには、薄く透ける補修紙を丁寧に貼り合わせる。
インクがにじんで読めなくなりかけていた部分は、掌をかざして乾燥魔法を施し、文字を蘇らせた。
「……これで、あと百年は読めるわ」
次は床と壁だ。こびりついた黒いカビを、専用の洗浄液とブラシで根気よく落とす。
そして、湿気の根本対策として、青白く光る魔法石の除湿器を部屋の隅に設置した。
じわじわと乾いた空気が広がり、鼻を刺すカビ臭が薄れていく。
最後に、長年手つかずだった窓際のガラスを磨き上げる。
曇っていた視界が一気に澄み、清らかな光が部屋いっぱいに差し込んだ。
――埃と暗がりに閉ざされていた空間は、少しずつ、本が似合う明るい図書室へと姿を変えていった。
数日後。
旧館図書室の扉を開けた瞬間、かつての淀んだ空気はもうどこにもなかった。
差し込む陽光が磨き上げた窓ガラスで反射し、床の木目を暖かく照らす。
消え失せたカビ臭の代わりに、磨かれた木の香りと紙の優しい匂いが、訪れる者を包み込む。
棚に並ぶ本たちは埃ひとつなく、背表紙が誇らしげに輝いていた。
ある学者はページをめくりながら「これなら古文書の研究も格段に捗る」と笑みを漏らす。
教師たちも、学生も、足を踏み入れるたびに「本当によくなった」と頷いていった。
その評判は学園長の耳にも届き、正式に感謝状が授与されることになった。
授与式の日、学園長は深々と頭を下げ、こう告げた。
「知識の宝庫を救ってくれて、本当にありがとう、ミランダ嬢」
ミランダは礼儀正しく一礼しながら、(これでまたひとつ、衛生改善の価値が証明されたな)と密かに頷いた。
図書室の感謝状授与式も終わり、学者や教師たちが帰路につく中、文献研究部の部長が小さな声で言った。
「では……次は、地下書庫も……」
その瞬間、周囲の大人たちの顔が青ざめる。埃とカビの迷宮、湿度と魔法書の化学反応……想像しただけで戦慄が走ったのだ。
しかし、ミランダはにっこり微笑みながら、まるで朝の掃除を報告するかのように軽やかに答える。
「もちろん、そのつもりです」
部員たちは一斉に目を見開き、悲鳴を上げた。
その悲鳴に、ミランダは満足げにうなずく。
(ふふ、次もまた、知の宝を救う冒険の始まりだな……)
こうして、学園図書室の大掃除は、清潔と笑いに包まれつつ幕を閉じた。




