第10話 魔法布《セイントダスター》入手編
大理石の床が朝日を反射し、ステンドグラスの色彩が聖堂の中を虹色に染めていた。
――が、ミランダの視線は輝きよりも別のものに釘付けになっていた。
祭壇裏。
そして高窓の桟。
そこに、ふわふわと灰色の絨毯のような埃が積もっている。
(……はいアウト。神の家なのに、この埃の山は何?)
横にいた若い神官が気まずそうに咳払いした。
「こ、神聖な場所ゆえ、素手で触るのも恐れ多く……」
ミランダは静かに瞬きを一つ。
(いや、その埃のほうがよっぽど神聖さを損なってるだろ)
祭壇の荘厳さと、埃の惨状との落差があまりにも激しすぎて、思わずため息が漏れる。
それはまるで――煌びやかな晩餐に、三日放置した生ゴミが添えてあるようなものであった。
聖堂奥の祭具庫――重厚な扉を開けると、ひんやりとした空気と共に、銀器や燭台、金糸の祭服が整然と並ぶ光景が広がった。
その中で、ひときわ光を放つ純白の布が目に入る。
近づいて手に取ると、まるで水面のような滑らかさと、指先に微かな魔力のざわめきが伝わってきた。
棚札にはこう記されていた。
《セイントダスター》
聖遺物清拭専用。許可なき使用禁止。
「……ダスター?」ミランダの眉がぴくりと動く。
(名前からして、拭くための布じゃないの。しかもこの魔力……)
脇に置かれていた羊皮紙の説明書きをざっと目で追う。
――『一拭きであらゆる汚れを完全除去』『破損・汚染耐性あり』『水洗い不要』。
ミランダの目がきらりと輝いた。
(つまりこれは……聖堂最強の掃除道具ってことじゃない!)
背後で神官が慌てて駆け寄る。
「お嬢様、それは祭壇の聖遺物を拭くためだけに――!」
だがミランダは布を持ったまま、もうすでに埃まみれの梁を見上げていた。
祭壇裏の埃まみれの柱を見上げ、ミランダは《セイントダスター》を構えた。
(試すなら今しかない)
すっと腕を伸ばし、布を柱にひと撫で――
その瞬間、こびりついていた何十年もの煤が、まるで存在しなかったかのようにスルリと消え去った。
「おおっ!」近くにいた信徒たちがざわめき、次の瞬間には歓声が広がる。
「見よ! 柱が輝いておる!」「まさかこれは新たな奇跡か!」
調子に乗ったミランダは、燭台、壁画の縁、長椅子の背もたれまで次々に拭き進める。
拭くたびに金や大理石が本来の輝きを取り戻し、人々は手を合わせて涙を流し始めた。
しかし――
「な、何事ですか!?」と、奥から高位神官が駆け込んでくる。
黄金の装飾が施された司祭帽が小刻みに揺れ、その顔は見る間に青ざめた。
「その布は……神に捧げられし聖具! 無断使用など……!」
ミランダは手を止めず、涼しい顔で返す。
「はい、ちゃんと神様のために使ってますよ。だって、埃まみれじゃご利益も半減でしょう?」
神官は口をパクパクさせたが、周囲の信徒たちが「奇跡だ!」と拝み倒してくるため、何も言えなくなっていた。
高位神官の声が聖堂に響き渡った。
「祭具を俗世の掃除に使うなど――不敬にも程があります!」
ミランダは布を持ったまま、淡々と視線を返す。
「逆ですよ。神の家こそ、常に清浄であるべきでしょう」
「……何ですと?」
一歩踏み出し、柱の輝きを指差す。
「埃まみれの神殿で祈るのと、光り輝く神殿で祈るの――どちらが信仰心を高めますか?」
神官は言葉を詰まらせ、眉をひそめる。
ミランダは畳みかけた。
「埃は虫を呼び、カビは病を生みます。神の家で人が倒れるなど、最大の不敬ではありませんか」
その場にいた信徒たちが、ぽつりぽつりと頷き始めた。
若い神官のひとりが小声で「確かに……清浄こそ神の喜び」と漏らし、他の者も「理にかなっている」と同意する。
高位神官の頬がぴくりと動き、視線が周囲の賛同者たちに泳いだ。
彼の声は、先ほどよりずっと小さくなっていた。
重々しい足音とともに、聖堂奥の扉が開いた。
白銀の法衣をまとった司教が現れ、その場の空気が一瞬で引き締まる。
「……何やら騒がしいようですね」
高位神官が慌てて訴える。
「司教様! この令嬢が、祭具で――」
しかし司教はミランダの手元と、光り輝く柱や燭台を見渡し、静かに頷いた。
「神の家を清める行いは、神への奉仕と等しい。……《セイントダスター》の使用、許可しましょう」
「し、司教様!?」と高位神官が目を見開く中、信徒たちは拍手と感嘆の声を上げる。
ミランダは胸の中で小さくガッツポーズ。(よし、これで大聖堂もピカピカだ)
そんな彼女の横で、マーサが小声でため息をついた。
「お嬢様……今度は聖水で床磨きとか言い出さないでくださいね」
ミランダはにっこり笑って答えた。
「……あ、それいいかも」
「ダメですってば!」




