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これからの「よくある話」 騙されないように

作者: 新語歌舞伎

その郵便物は突然送られて来た。


いつものように大学から帰り、郵便受けからまとめて持って帰った封筒やチラシの束をテーブルに放った時に、見慣れない警察のマークが付いている封筒があることに気付いた。


なんだろう?免許の更新は今年だったっけ?などと気軽に開けて中の書類を読み、凍りついた。


入っていた書類によると、なんでも僕が振り込め詐欺事件の被疑者となっているそうで、このままだと逮捕されるらしい。


振り込め詐欺?僕が?


僕は大学入学のために上京して、自分でいうのもなんだけど、ぱっとしない暮らしをしている。


そんな僕が振り込め詐欺?何かの間違いじゃないか?と封筒の宛名を見ても、確かに僕宛の封筒だった。


一通り読んで、その書類に付いているQRコードをスマホで読み込むと、作成中の逮捕状という画像が表示される。


住所も名前も僕のものだった。


また、身の潔白の証明として保釈金的なものを払えば罪は免れるとも書かれていたが、その金額は30万円と、とても払える額ではなかった。


しばらく悩んだが、家族には心配掛けなくないし、他の誰に相談するのがいいかもわからず、ようやく 近くの警察署に相談する、という選択肢を閃いた。


駅からの帰り、いつも通る道に交番ではなく大きな警察署があるのを思い出したのだ。


ただ、普段立ち入ることのない警察署に足を向けるのは勇気がいった。


明日こそ、明日こそと思っていたら、あっという間に一週間が過ぎてしまった。


その一週間は大学にいってもバイトに行っても、頭の中には常にあの逮捕状がちらつき落ち着かなかった。


これ以上悩むくらいならいっそ、とようやく警察署に来てみたものの、今度は中に入る一歩が踏み出せない。


どうしたものかとうろうろしていたら、警察署の中から出てきた、ひとの良さそうな中年の男性に声を掛けられた。


「何か用事かな?さっきからずっといるよね?何か悪いことでもしたのかな?」

にこにこしながら近付いてきて目の前まで来る。


僕は慌てて

「あの、僕、違うんです」と言って振り返りかけたが、 その人は続けて

「困っていることがあるならお巡りさんが聞くよ?」と言った。


お巡りさん?この人が?

優しそうな顔。確かにお巡りさんぽい、けど…


僕が止まっていると胸ポケットから手帳をちらっと見せ

「生活安全課の田中です。困り事が、あるんだね?」と帽子をかぶり直しながら言った。


それでも僕が口を開かないので話し続ける。


「そうだよね。警察署に入るのは勇気がいるよね。もし時間があるなら、そこの喫茶店でコーヒーでも飲みながら話さないかい?おごるよ?

なぁに経費で落ちるから、俺のために付き合ってよ」とにこっとする。


僕は断る勇気もなかったので付いていくことになった。


喫茶店に入り一番奥の席に座ると、アイスコーヒーを2つ頼んでくれた。


注文を終えると、田中というその人はあらためて警察手帳を出し、中を見せてくれた。

そこには目の前にいる人の顔写真と生活安全課 田中一美という名前があった。

初めて本物の警察手帳を見た。


少し安心したのが伝わったのか田中さんは笑顔を見せ、

「それで、何か困っていることがあるんだね?」と聞いてきた。


僕はカバンから例の書類を出し、

「実はこんなものが送られてきまして…」と田中さんに見せた。


「ちょっと拝見」と言って田中さんはしばらく無言で内容を確認すると

「はっきり言ってこれは偽物ですね」と言った。


「え?でも僕の住所も名前も書いてありますが…」

「最近じゃそんなの簡単に調べられますからね。心当たりは無いのでしょう?」と笑って言う。

「無視しても大丈夫ですが、一応調べますので写真、撮らせてもらいますね」

と何枚か撮影した。


その後は、僕の近況を聞かれたので上京した話や大学でのことを話した。

田中さんは適度に相づちを打ちながら楽しそうに聞いてくれた。


だいぶ肩の力を抜いて話せるようになった辺りで、田中さんはこれから駅の方まで見回りに行くというので、 最後にメッセージアプリの連絡先を交換し、 喫茶店の前で別れた。


ひとまず安心は出来たものの、騙され掛けたこともあり、家に帰ると一応念のため、と最寄りの警察署を調べ電話をかけてみた。


電話に出た方に「生活安全課の田中さん」を呼び出してもらったが、今は出掛けているそうだ。

折り返しかけるので、と名前を聞かれたが、またかけますと言って電話を切った。

疑って悪かったかな?などと思いながらも、ちゃんと確認が出来る人間になった気がした。


その夜は久しぶりにゆっくりと眠れた。


それからは以前と変わらず大学、バイトへはしっかり集中できた。


3日後、田中さんからメッセージが来た。


あの日見せた書類を上に報告したところ、他にも広域で同様の書類が届いていることがわかり、これを足掛かりに犯人を特定出来る可能性が出てきたそうだ。


そこで僕に協力して欲しいことがあるというので 、日時を決めてまたあの喫茶店で会うことになった。


その日、僕が喫茶店に入ると田中さんは前回と同じ、一番奥の席に座っていた。服や帽子も前回と似ていて見付けやすい。


入口の僕に気付くと手を上げて呼ぶ。

「お待たせしました」と言って僕が席に着くとまた手を上げ「アイスコーヒー2つ」と頼んでくれた。


「今日は呼び出して悪かったね」と簡単な挨拶をしているとコーヒーが運ばれて来た。


「それで協力して欲しいことなんだけど…」

内容はこうだった。

騙されたふりをしてお金を振り込み、金の流れを追いたい。ただ振り込むお金については被害者が必要なので、その一部10万円を立て替えて欲しい。

もちろんその額は必ず返す保証をする、と「捜査協力金預り証書」という書類を見せてくれた。

僕が預ける10万円以外の、残りの20万円は警察の方で出してくれるという。


僕は返ってくるなら、と10万円を立て替えることを了承した。10万円なら一時的に預けても生活には困らない。


どうせ預けるなら早い方がいいと思い、田中さんに言って、今からコンビニで下ろしてきて渡すことにした。


10万円を準備すると「捜査協力金預り証書」の記入欄を埋め、その控えと引き換えに田中さんに手渡した。


田中さんは「それでは成果を期待していてください!」と頼もしい顔で帰っていった。



すぐに成果が出ないとは思っていたので気長に連絡を待とうと思っていた。


しかし、一週間、二週間…1ヶ月が経った頃、

さすがに途中経過でもわかればと思いメッセージを送ってみた。

「お世話になっています。その後捜査はどうなっているでしょう」


そのメッセージに既読が付くことはなかった。


難航しているのか?邪魔しちゃ悪いと思いながらも、あの警察署に電話もかけてみた。


電話に出た方に生活安全課の田中さんをお願いすると、少し待ったあと

「お待たせしました。生活安全課の田中です」と出た方は


女性だった。


僕が「あ、すみません、男性のほうの田中さんをお願いします」と言うと、生活安全課には私しかいませんが…という返事が帰ってきた。


「え、あの僕、振り込め詐欺の捜査に協力していて…」と言いながら頭の中は混乱していた。

田中さんと、捜査協力金、10万円、と話すが全然話が伝わらない…


どうやって電話を切ったのかも憶えていないが、スマホを持ったまましばらく放心していると、ドアを叩く音と

「宵鴨さん!底野警察署 生活安全課の田中です。ヨイカモさん!?いますか!?」と大声で呼び掛けられた。


やっとの思いで玄関まで這い、戸を開けると、そこにははじめまして、の30代くらいの女性と、同じ年齢くらいの男性がいた。

2人が見せてくれた警察手帳、女性のものには「田中一美」と書かれていた。


「田中…さん?あなたも?どうしてうちが?」

「先ほどお電話で住所をうかがいました。大丈夫ですか?」

僕は住所を伝えていたらしい。

全然憶えていない。


それから僕は聞かれるまま、わかることを伝えていった。


全てを聞き終えると、生活安全課の2人は顔を見合わせたあと「それは…詐欺ですね」と言った。


詐欺…信じられない、あの田中さんが騙した?

あんなにひとが良さそうな顔をして、僕を騙した?ショックだった。


それからは言われるまま一緒に警察署へ行き、初めて入る警察署の中の個室で調書を取られた。


簡単な聴取が終わる。

田中さんが、机の上で取っていたメモを見てみるが内容が少ない。

僕はノートの1ページも埋められない内容で騙されたんだ…


そして捜査を始めることと、何かあれば携帯に連絡すると言われた。警察はメッセージアプリなどは業務では使用することはない、とも付け加えられた。


足取り重く家に帰る。

まとまらない頭で思い返す。

何がいけなかったのか…僕は確認した、と思ったが何も確認出来ていなかった。


あの時折り返しで連絡をもらっていたら…騙される前に気付けたのに。


それから数日、捜査は続いていると思うが、連絡はまだない。

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