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9 挑戦状

 「なんで親父が居るんだよ」


 開口一番、息子は台詞を吐き捨てるかのように実の父親を睨み付ける。その表情が気に食わなかったのか、それとも単に面白かっただけなのか──その心情は本人にしか知らないが、義彦は「ガハハ」と大きく笑った。


 「まあそんなに怒るなって。少しだけお前の顔が見たいだけで、そっちに用がある訳じゃないんだから。──なあ、刑事さん」


 と言い、義彦は夕海の顔をチラリと見た。その夕海は「ええ、そうですね」と少し不満げに表情を露わにして答えた。

 



 ──何に怒ってるんだ、この人?



 と波岩は思いつつ、視線を自分の父親に向けた。彼は羽賀野なつに顔を向けて、

 「そこの椅子に座っているお嬢ちゃん──いや、女性刑事だったか──その人から聞かなかったのか?」


 夕海のことを顎でしゃくりながら話し続けると、夕海は「ええ」と頷き、その場を立ち上がった。


 「私が呼んだんです。ただ、最初は駅前にお二人を連れてくる予定だったものの……義彦さんが『では私が直接出向くとしよう』と仰り、今こうしてここに居るわけなんです」


 「……そうか」


 と波岩。義彦を見ず夕海の隣に腰を落とすと、同じようになつも夕海と対面するように腰を落とした。そのなつの隣を義彦が座る。


 「ではお訊きしますが……エリという女性はどのような人物だったのでしょうか」

 慇懃になつが尋ねると、義彦は自分の息子に出ていたお茶を勝手に口に含んだ後、小さく舌打ちを鳴らしてから口を開いた。


 「エリは私が拾った女性だ。三年前だとか、二年前ぐらいに路上で困っているところを私が拾い、就く職業も困っていたから彼女を狩人に仕立てたんだ。──あの方の指令でね」

 「あの方……」

 となつが反芻する。続けて義彦が話す。


 「拾った時、とても優秀な方だと一目で分かったよ。後で話してくれたことだが、彼女は以前保育園に勤務していてえらく子どもに懐かれたらしい。そのことを他の保育士たちやその園の園長に褒められていたみたいだった。……まあ、そこまでは彼女にとって幸せな日々だったのだろう、と俺は思う。けど、そこから先は彼女にとって不幸な人生を辿ることになってしまったらしい」


 「不幸な人生……?」

 と夕海。「ああ」と一瞬だけ夕海に視線を合わせた後、低い声で唸った。


 「ある時、同僚の保育士に呼ばれて園長の下へ向かったそうなんだ。その時に話されたのは、金曜の夜ある撮影を行うからこの場所に来てくれないか──と云われたそうだ。当日、エリはその場所を同僚と共に訪れると、いきなり脅されて服を脱がされたそうなんだ──。まあ、ここから先は言わなくても」


 「分かるよ。そりゃ──どんな末路を辿ったなんて」

 と波岩が少し苛ついた口調で話す。表情は真顔だが、口調は怒りの感情が込められていた。そんな息子を目の当たりにした義彦は「ああそうなんだ」とだけ答えた。


 「……で、その事実と今回の事件がどう繋がるんだ」

 なつが低い声で尋ねる。少し間を開けて義彦が話した。


 「そのエリの過去に関わって人物の一人に──今回の事件の被害者、光昭が関わっているんだ」

 「……ということは、光昭さんを殺害したのはエリで間違いない──」

 「ああ、恐らく……というよりほぼ決まりかも」


 となつが呟く。真面目な顔つきになっている彼女を横で眺めつつ、ニヤリと笑った義彦を見て、波岩が「何を企んでる?」と目を細めて言った。その言葉に反応した義彦は目の前で手を振って首を横に振った。


 「心外だよ。まさか息子にそんなことを言われるなんて」

 「あんたの息子だなんて一度も思ったことはないが?」


 互いに睨み付けている様相を夕海は心配そうに見つめる。すると、「まあ良いよ」と義彦が鉛のように重くなった空気感を破るかのように口を開いた。


 「私をどう思うかは個人の自由だ。好きにしたまえ。──が、今はそんなことをしてる暇はないんじゃないか?」

 「……どういうことだ」

 と波岩が空気を低く揺らすような声で呟いた。


 「これは噂程度の情報だがあまり信用しないで貰いたいのだが……光昭氏の関係者の一人であり、恋人のエリカがつい最近失踪したらしい」

 「はっ?」


 夕海が驚きの声をあげる。その声を聞いた後、義彦は続けて噂の内容を話した。


 「エリカという人物は調べているから分かると思うが……行き場を失った吸血者たちを保護するひめゆり園で働く職員だ。光昭氏もそこの職員であり、互いに恋人関係だったという。が、その関係は──」


 「その関係は、ある出来事をきっかけにして露として消えてしまう……ということですか」

 と夕海が義彦の話を受け続くと、「ああ」と彼は頷いた。重力によって垂れ下がっている顎の下の肉が少しだけ震えた。


 「ある出来事はなつさんと波岩さんも知っていての通り、光昭さんが突如として施設に運び込まれ、その場で暴れたものでした。その際に職員一人怪我をしており、エリカさんがその出来事の目撃者でした」


 夕海が一息で話し終えると、テーブルの上にあったお茶を手に取って口に含んだ。その動作を見ながら、なつは「……うーん」と小さな声で唸った。


 「どうされました?」と夕海。その声に気づき、なつは「いやな」と声を出した。

 「なーんか違和感を覚えるんだよ。単純そうで、実は単純じゃない気がして」

 「違和感?」

 と夕海。が、その後に話が続かず、暫しの間事務所に沈黙が降りる。


 波岩親子の間に気まずい雰囲気──鉛より更に重い物質が二人の間に降りたような空気感が降り立つ中、唐突としてなつが「そういうことか!」と声を上げた。その声に反応してその場に居る全員がなつに視線を向けた。


 「何か分かったんですか⁉」

 と夕海。が、なつはシニカルな笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。

 



 ──秘密主義者……。

 



 なつはどうしても推理の過程やら、仮説やらを周囲に漏らすことはあまりなく、その時が来るまで、彼女は自分の脳内に推理の結果導くことが出来た結論を示すことはない。そのせいか、いつもワトソン役の波岩が迷惑被っているという──。


 そんなことを思いながら、なつに「なんか思いついたんです?」とだけ一応波岩は尋ねる。




 ──まあほぼ無意味だと思うけど。




 「なんでそんなこと言う必要があるんだ? 折角の楽しみが無くなっちゃうじゃないか」




 ──ほら、出た。折角の楽しみとか言って……本当はあなたが探偵という職業を楽しみたいだけでしょ。後何より、周囲の困惑そうな表情を堪能することも企んでるでしょ。




 内心なつに対する悪態をつきつつ、彼女の出方を穿った。すると、彼女はその場を立ち上がって自分のデスクに戻り、茶色のコートを羽織った。


 「どこに行くんです?」と波岩。

 「決まってるだろ、犯人の元だ」

 「犯人⁉」

 と大きな声を出す夕海。そんな反応を見たなつはきょとんとした表情となり、


 「どうした? そんな表情になって」

 「どうしたも何も……犯人ですよね。私も行きます」


 決意に満ちたような──刑事らしい、まるで犯人を捕まえに行くような表情をした夕海を目の当たりにしたなつはただ黙って頷く。そんな彼女を一瞥したなつはコホンと喉を鳴らし、どこかに向けて声を発した。

 



 「私は読者に挑戦する。これまでに出てきた推理に必要な道筋と、これから提示する新たなヒントを元に推理を行って欲しい。これまでに出たヒントは被害者の光昭氏の関係者には二人ほど事件に関わっていることが分かった。一人はエリという女性で、その人は私たちの依頼人でもあった。が、彼女は光昭氏を殺害した容疑がほぼ確定済みであり、被疑者候補では筆頭候補である。もう一人は光昭氏の恋人であったエリカという女性。彼女は行き場の失った吸血者たちを保護するための施設、ひめゆり園の職員として働いており──そこで起きた事件の目撃者でもあった。

 さて、そこでもう一つヒント。

 これらのヒントでは私たちの依頼人でもあった──エリという女性が被疑者としてその後警察によって逮捕されることでしょう。ですが、もしも──もしも、二人との間にこういう関係性があったらどうでしょうか」



 と言い、なつは顔の傍に人差し指を立てた。


 「──双子という関係性が」


 人差し指を降ろし、なつはまるでスカートの端を──令嬢のように持ち、


 「以上。探偵の羽賀野なつでした」


 と深く一礼をした。

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