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6 正体

 お昼時を過ぎた頃。保護施設を出た後、事務所に戻ると思いきや──次は依頼人の自宅に向かうと言い、昼食を食べないまま依頼人の自宅へと向かっていた。閑静な住宅街だが、路上にダンボールを敷いて座っている人達──主に家を追われた吸血者たちがその場に佇んでいた。


 昨今、世間の人々から迫害を受けた吸血者が住居を失い、また財産を失い、結果的に路上で暮らすこととなった吸血者が年々増加をしている。そのことに頭を抱えた政府が一時期対策を出したものの、ほぼ失敗に終わっていた。


 そんな状況の路上を歩いている最中、なつと波岩の二人は依頼人の自宅の前に到着していた。閑静な住宅街にしてはなかなか豪勢な住宅だったが、隣接されている庭において草が伸びきっているところを見る限り、あんまり手入れはされていないのだろうか──と波岩は思っていた。


 なつが門の前のドアベルを鳴らす。鳴らされたベルに呼ばれたように、住居から依頼人の女性──エリが整った顔で現れてくる。彼女が二人の存在に気づいた後、小走りで駆け寄って門を開けた。


 「見つかりましたか」

 とエリは尋ねる。が、なつはかぶりを振った。

 「そうですか……」


 目の前の女性が肩を落としかけていたものの、「まあ……仕方ないですよね」と無理に口角を上げた。


 「だって、失踪した男性……しかも何の証拠もなしに捜してきて下さいって。私、何を考えているんでしょうね」


 自分を苛めるかのような口調で呟く彼女に対し、なつは「いいや、少しだが収穫はあったぞ」と頷いた。


 「ホントですか⁉」

 「ああ。まあ折角だし、中に入れさせて貰えないか」

 「ええ、どうぞ」

 そう言い、エリは二人を家の中に入らせた。


  ◇


 「どうぞ」


 そう言い、エリはなつと波岩の目の前にティーカップを置く。二人は軽く頭を下げた後、エリが対面越しに座るのを見た。


 「それで──分かったことって何ですか」

 と言う。エリの円らな瞳を一瞥した後、なつはゆっくりと唇を開けた。


 「分かったこと。それは君が嘘をついたことだ」

 暫し沈黙が三人の間に降りる。窓の隙間から吹き出る風をなつと波岩は背中で感じつつ、目の前の女性が話し出すのをじっと待った。隙間風が止んだ途端、エリは吹き出した。


 「……ふははは」

 「何がおかしい」

 と波岩。革製のソファから腰を軽く上げると、エリはそんな彼を睨んだ。


 「あぁ~……折角あなた方の実力を見払うつもりだったのに。こんなにも早く、あっさりと見破られるなんて──まあ、こればっかりは自分のせいだし、仕方ないわね」


 そう言い、丸椅子から立ち上がったエリは隣接する台所へと移動した。なつと波岩の二人はそんな彼女を一瞥していると、「どうして嘘なんか付く必要があった?」となつが問いただした。エリは台所でモサモサと作業をしながら、


 「それは〝ある方〟の為よ」

 と言う。

 「ある方?」と波岩。が、隣のなつは小さく歯軋りを立てていた。


 「……あいつかよ」


 「あら、流石察しが早いこと。──まあ、あの方が違法に開発した人体ですものね。察しが早いことは当然のことか」


 そう言い、エリは二人の目の前に再度現れ、首筋に注射針を刺した。彼女の首元に青い液体が注入されていく様子を一瞥した後、なつが「逃げるぞ‼」と後ろの窓から逃げ出した。その後を波岩が追う。


 「逃げるってどういうことですか!」

 走りながら波岩がなつに問う。アスファルトの上を足で蹴りながら、全速力で波岩はなつを追いかける。


 「あいつ……エリは狩人だ! 彼女の記憶を覗いていた時に狩人だけしか扱うことができない薬が映っていたんだ!」


 「それを早く伝えて下さいよ‼」

 大声で怒鳴りながら波岩はなつの背中を追いかける。


 波岩がふと後ろを見た瞬間、追いかけていると思った女性──エリの姿が見当たらず、辺りをキョロキョロと見渡す。




 ──あれ、どこ行ったんだ……?





 「横!」


 なつが怒鳴り声を上げた時、波岩は見知らぬ住居の壁に思い切りぶつかった。衝撃が強かったのか、波岩はその場で怯んでいた。そんな彼の元へなつが駆け寄ろうとした時、「久しぶりだから力加減ミスったなぁ」と聞き覚えのある声が彼女の鼓膜を揺さぶった。


 「……あら、吸血者がこんなところに居るなんて──」

 「おい」

 わざとらしい口調でエリが話す最中、なつは倒れる波岩を背にして立ちはだかった。


 「あら、奇遇ですねぇ。こんなところで何を?」

 「それはこっちの台詞だ。なぜ私たちを騙した?」


 「騙したなんて……そんなぁ?」とエリはぶりっ子のように唇を尖らせ、首を傾げだした。「ただ、私はあなたたちに依頼をしただけなんですよ?」


 「それはそうだな。だけど、君が狩人なんて知らなかったぞ」

 「それは~……まぁ、狩人なんて普通名乗ったら引かれますし。──君のような吸血者とかはね?」

 と言い、エリはなつの紅く染まった双眸を指差した。


 「私たちをどうするつもりだ」

 低い声でなつが尋ねる。


 「嫌ねぇ~……私は出来れば穏便に済ませたいと思ってますよ。そうすれば人間と吸血者の間に諍いなんて生じませんし。ただ──私の上司が君たちのことを良く思っていないそうですし──本当は私もなるべく──殺したくは──ないんですけど」


 と言い、エリは臨戦態勢に入る。右手にはナイフが握られており、なつも腰を落として臨戦態勢に入った。


 「これも全て──あの方の為です。死んで」


 エリはアスファルトを蹴ってなつに襲いかかった。握られていたナイフの刃先をなつの首元に振り翳そうとするも、ギリギリでなつは避けた。


 続けて攻撃を繰り出すエリに対し、なつは躱し続ける。俊敏な動き──しかも薬によって強化された肉体によって繰り出される攻撃は、なつにとって熾烈な戦いを極めたが、エリの隙を突いて彼女の右手首を握った。


 そのまま彼女はエリをアスファルトの上に叩き付け、再度波岩の傍に駆け寄った。既に回復をしていたのか、波岩はゆっくりと立ち上がっていた。


 「大丈夫か」


 なつがトロンとした目つきの波岩に声をかける。彼の双眸には額に汗を掻いたなつが映っていた。


 「……ええ。何とかは」そう言い、波岩は周囲を見渡した。ゆっくりと立ち上がっていくエリの姿を一瞥した後、「あの人は──」と口走った。


 「狩人だよ」

 「でも……なぜ僕たちのことを」

 「さぁな。とりあえず、ここはさっさと逃げるぞ」


 と言い、なつはポケットから丸い玉を取り出す。そのまま地面に叩き付け、眩い光と共に二人の姿はエリの目の前から消え去っていった。

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