58 最期
大久保什日が住む家を離れ、車を走らせること二時間。羽賀野なつたちは都内渋谷区にある、渋谷駅を訪れていた。大勢の人達がごった返している中、彼女らは羽賀野なつが言っていたことを脳裏に思い返しながら、友井靖子の姿を必死に探していた。
その彼女が言っていたこと、それは──。
「無差別殺戮計画⁉」
波岩の大きな声が車の中で響く中、「うっさい」となつは表情に出した。その彼女の様子をチラリと横目で見た後、後部座席に座っていた美桜が「どういうことです?」と訊ねた。
「多分……今の彼女はあいつの洗脳を受けていて、自分の持つ意思やら人格やらなくなっているはずだ」
「その洗脳って受けるとどうなるんです?」と美桜。
「洗脳を受けていると次第に自分の意思を失うんだ。頭の中で何者かが囁く声が反響し、その声の主に支配されていく。その声は何を言っているか、それについては私も分からないが、あいつの計画に関わる内容になるだろうと思ってる」
「で、でも、なんでその洗脳を受けると殺戮計画を……?」と夕海。
「知らんよ。全てはあいつに聞くしかない」
そう言い、なつは歯軋りを立てた。
まるで酷く恨んでいるようなその様子を、波岩は横目でまたチラリと一瞥した。
車の中で時間が刻々と経過する。
窓の向こう側の景色が次第に都会らしい風景に変わっていくと、目的地である渋谷駅周辺にある駐車場に波岩は車を止める。それと同時に、後ろに居た刑事二人や助手席の羽賀野なつは一斉に降りるや否や、すぐに渋谷駅がある方向へ向かって行った。
その後を遅れて波岩も向かうが、その道中にあることを脳裏に思い返していた。
──それは、羽賀野なつに関する大久保什日の発言。
その発言を聞いて、彼は彼女に対して疑心暗鬼の気持ちを抱いていた。
なぜそのようなことをしようとするのか?
なぜそのようなことをしたのか?
なぜ?
なぜ、探偵をしている?
なぜ?
今──波岩から見る羽賀野なつは、黒いオーラで纏った〝誰か〟。その誰かとは誰? あなたは一体、何の目的があってそのようなことをする?
なぜ、恨んでもない人物にそのような思いを抱くことが出来る?
なぜ?
走りながら波岩は思い続けていると、「おい」と横から聞き覚えのある声が聞こえてくる。その声にハッとし、思わず足を止めると、いつの間にか波岩は羽賀野なつから遠ざかって駅構内に入っていた。
「何してんだ? ボーッとして」
怪訝な目つきで波岩は見られるも、彼はあまり気に触れることなく「大丈夫です」と答えた。
「何が大丈夫だ?」
「だから、大丈夫だって」
そう言い、その場を誤魔化して友井靖子の姿を捜し始める。
※
一時間──二時間ぐらいか──いや、それ以上に時間が経過した頃、日がすっかりと沈み、空が真っ暗になっている中、羽賀野なつたちは友井靖子の姿を捜索していた。
必死に探す彼ら。
額には汗水。
アスファルトに垂れる、汗。
同時に、本当にいるのだろうか──という言葉が漏れる。
本当はあの大久保に騙されているのではないか──。
それとも、なつに騙されているのではないか──。
そんな思いが、波岩の思いを駆け巡る。
そんなときだった。
「こっちです!」
女性の叫び声が聞こえた。その声が聞こえた方向へ視線を向けると、そこには美桜の姿が立っていた。彼女は歩道の上でぴょんと高く飛びながら、叫んでいた。
人目を気にすることなく、波岩や羽賀野なつ、そして夕海の三人は美桜の元へ走って行く。その際、美桜の豊かな胸がつい波岩の視界に入ってしまい、彼の頬が熱くなってしまう。
「お? 発情してんのか?」
と脇を突いてきたのは隣のなつだった。
「してません!」
「だって、ほら」
そう言い、なつは美桜に視線を向ける。
「なにイヤらしい表情してるんですか!」
「チェッ」
──最後で何をふざけてるんだか……。
呆れながらも、波岩はなつと共に美桜の元へ走った。
「居たんですか」
美桜の元に到着すると、波岩がそう言った。その言葉に美桜は「ええ」と頷いた後、傍の路地裏に顔を向けた。
「恐らく……あそこに倒れているのが、友井靖子のものだと思われます」
と、彼女は変わり果てた友井靖子の遺体を見て呟いた。
暫く静かな時間が流れた後、羽賀野なつが友井靖子の遺体に近づく。彼女は静かな歩みと共に彼女の元に近づき、その場に座り込むと、頬に優しく触れた。
「……冷たいな」
彼女はそう言ったまま──その場を立ち去った。




