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55 大久保什日

 「……というのが、友井靖子の全てだ」


 彼女の一部始終──いや、彼女が今まで犯してきた罪を全て告白してくれた人物、大久保什日は全て話し終えると目の前にあるペットボトルのお茶を一口含んだ。


 数時間前、なつと波岩、刑事二人は波岩の運転する車で二時間ほど都内を移動していた。埼玉県某所の住宅街に到着すると、いきなりなつが「止めろ」と呟いて車を止めさせた。傍に建ってある和風な住宅を一同一瞥した後、羽賀野なつは「ここで降りるからどこか別の場所に車を止めておいてくれ」と去って行った。その後を追うように、後部座席に座っていた美桜と夕海の二人も車から降りた。


 目的地の傍にあった月極駐車場に止めた後、波岩も彼らの後を追った。彼らが入っていった住居の表札に〝大久保〟と書かれており、なるほど此処が大久保什日の自宅かと彼はその時思っていた。


 「早く入れ」

 そう言ってきたのは、その家の引き戸から顔を覗かせた羽賀野なつだった。ナチュラルなメイクだからか、端麗な風貌に清楚な雰囲気が加わっていた。

 




 ──まあ、風貌と異なり性格が歪なのは難点なんだけどね……。

 




 これまで何度彼女にいじられたことだろうか。数々のその記憶が脳裏にスライドのように流れ、思わず表情が歪んでしまう。が、本人の目の前でそうするとまたいじられそうなので、ここは表情をクッと押さえて真顔を貫いた。


 波岩は彼女の言うとおりに家の中に入り、玄関で靴を脱いだ。


 内装は一般的な住宅であり、和風な雰囲気が漂った。床はフローリングではあるものの、使われている壁や扉に日本風のものが使われていた。


 左手の部屋に入ると、既にテーブルを挟んで三人が座っていた。二人は馴染みの刑事──美桜と夕海だが、もう一人は見掛けない顔だった。丸坊主姿で顔つきが何となく強面のような気がした。また和装をしており、まるでどこかのお寺の住職かと思った。


 波岩となつは同時に座布団に腰を落とす。


 「待たせたな」


 なつがいつもの口調で目の前の人物に話しかけると、「……ああ」と低い声で目の前の男は唸った。


 「あなたが大久保什日なんですか?」


 そう訊ねたのはなつの右隣に座っていた美桜だった。話しかけた彼女に男は視線を向けると、「以下にもそうだが」と頷いた。


 どうやら目の前の坊主姿は大久保什日と言う人らしい。なぜ坊主姿で和装をしているかは分からないものの、この人物が過去に友井靖子と共に事件を引き起こした犯人なのだろう、と波岩は思っていた。


 「こうして訊ねてきたのには訳がある」そう言い、なつは一息吸って再び口を開く。「共犯の友井靖子について、知ってることがあるなら教えて欲しい」


 友井靖子、なつがそう言った途端、大久保は少しだけ目を見開かせた。その様子に彼女は見逃すことなく、「やはりな」と腕を組んだ。


 「やはり? どういうことなんです、なつさん」


 少し身を乗り出すかのように彼女に顔を向けると、それを見ずに「何って、彼こそが今回の事件の犯人……いや、真犯人だからだよ」


 「え?」


 大久保となつ以外の全員が驚きの声を挙げる。目の前の大久保は何も言わず、ただ得意げに話し始める探偵の女性を見つめた。


 「で、でも……この前犯人は友井靖子って言ったはずじゃ……」


 波岩が驚きの感情を口調に含みながらも、


 「ここからは私の推理だ。五年前に今回と類似した事件が発生した。その事件は友井靖子を犯人として逮捕、その後起訴されているが無罪判決を言い渡されている。が、その事件で友井靖子が無罪判決を言い渡されるのは当然だ。なぜなら、彼女は実際に罪を犯していないのだからな」


 「罪を犯していない? ってことはやってもない罪を自ら被ったということですか?」


 と波岩。その彼の言葉に「ああ」となつが頷いた。


 「彼女はある理由で罪を被ったんだろう。その理由こそ、今私たちが目前としている男が知っているんだろうな」


 そう言い、なつは視線を大久保に向けた。男は表情を変えることなく、「ああ、そうだよ」と重みのある声で言った。


 「五年前の事件では私が犯人だった。全て収まったら出頭するつもりだったが、ある科学者が私の前に現れてね。その要求に私は当初受け容れようとは思っていなかったのだが、あの科学者は強情なものでね──。結局、私はあの科学者の言いなりになってしまい、あの女性に罪を被せてしまった」


 「……その科学者って、誰なんですか」と夕海。波岩やなつにはあの科学者が誰のことか察していたのか、表情を少しだけだが歪めていた。


 「ムンクだよ。彼の原因で、起こるはずも無かった今の事件を引き起こしたんだ」


 〝ムンク〟と大久保が話した途端、なつの舌打ちがリビングに響き渡る。その舌打ちに気にすることなく、大久保は話し続けた。


 「五年前、事件を起こそうと思ったのはただ一つ、私はただ一人だけのシリアルキラーになりたかった。嘗て十九世紀のイギリスで暗躍したジャック・ザ・リッパーのように、全米でおびただしい人を殺害し、シリアルキラーの語源ともなったテッド=バンディのように、私はなりたかった。それが私の願いで、動機だ。前者はともかく、後者に私は本気で憧れを抱いていた。だから、最初は彼が殺した三十人以上を殺したい──そう思っていた。まあ、それは全くの願望で、そこまで殺害することは難しかったからね。……どうしてだと思う?」


 そう言い、視線を羽賀野なつに向けた。波岩が彼女の表情を横目で見ると、真剣に物事を思案していた。


 「……さあな。お前が考える気持ちなんてこれっぽちも考えられねえよ」

 「そうか……」

 「だがな、もし私がお前の立場だったらこう思うだろうな。〝罪悪感を抱いてしまった〟。そうだろ?」

 と再び大久保に投げかけた。


 「分かってるじゃないか。さすが、私が過去に依頼した人物だ」

 「過去に依頼した人物⁉」


 驚いて美桜が声を挙げる。その声に反応し、なつは「あ、そう言えば言ってなかったが、この男は過去私に依頼してきた人物だ。ま、波岩は覚えていなかっただろうが」


 そう言い、なつは軽く波岩をあしらう。彼女の反応に思わず波岩は楯突こうかと思ったが、内心クッと堪えた。


 「……アレですよね、内偵調査のことですよね」

 「ああ。波岩にしては珍しいじゃないか」

 




 ──やっぱ楯突こうかな?

 




 そんなことを思いながら、波岩はなつが大久保に依頼を持ち込まれた時のことを脳裏に思い浮かべつつ、その時の情景を言葉にして話し始める。


 「七年前に大久保がこちらの事務所を訪ねられた時があったんですよ。その時の依頼が不倫の内偵調査で、自分の妻について調べて欲しいと頼まれたんです。その後、まさか大久保の妻が被害者になっていたなんて知りませんですけど……」


 当時の状況を振り返りながら話したのか、波岩の表情に苦虫を潰したような面影が残った。


 「ああ。その時の男が彼ってことになり、彼の妻が発端となり五年前の事件が起こった。違うか?」

 答え合わせの確認をするかのように、なつは大久保に話を振った。


 「そうだ。あの時に感じた快感が忘れられなくて、私は五年前の事件を引き起こしたんだ。シリアルキラーの夢を抱いたのも丁度その時であり、その頃から計画を練ったんだ」

 淡々と大久保は話していく。その他の人達は黙って彼の話を聞き続けた。


 「その時だよ。第三の事件を引き起こす前ぐらいに、あの科学者からこう言われたんだ。〝私の計画に協力してくれないかな〟と。その時の私は応じるつもりは無かったんだが、あの時変なものをあの科学者が私に入れてくれたおかげでね、いつの間にか彼に協力する事になってしまったよ。それで、第三の事件を引き起こす時、あの科学者の指示通り、友井靖子の自宅を現場にしたわけだ。丁度彼女も私と同じ吸血病患者だったからね、罪を被せるには持ってこいの人物だったよ。──ただ、今になっては申し訳無いと思っているが」


 「なぜ罪を被せた?」

 と、今まで黙っていた美桜が低い声で大久保に訊ねる。大久保は美桜に視線を向けて「それは私に訊かれても分からんよ。全てはあの科学者か──友井靖子に聞くと良い」と言った。


 「それで、私は彼女に罪を被せるべく、色々と重要な物に彼女の指紋を付けたよ。ただ、これもあの科学者の指示なのだが──完全には有罪とはならず、ギリギリ無罪判決を受けるような状況にして欲しいと言われたものだから、難しい注文だったがなるべくその通りにしたよ。そうしたら、彼女は逮捕、起訴まで持ち込まれて裁判に持ち込まれたけど、結果的にあの彼の言うとおりになった」


 テーブルに置いてある茶器に手を伸ばし、大久保は一口茶を口に含む。一息ついた後、彼は「これが五年前の事件の真相だよ。さあ、私を逮捕するなり、尋問するなり、好きにしない」と、まるで覚悟を決めた老人の口調のように言った。


 だが、探偵と助手はともかく──刑事二人はその場から立ち上がろうとしなかった。


 その様子に少しだけ驚いたのか、「……私を連れて行かないのか?」と冷静な口調で訊ねた。

 「いや、署に連れて行くつもりですよ」


 美桜が話すと、大久保は「ではさっさと連れて行けば良い」と腕を組み始めた途端、「いいえ」と美桜が首を横に振った。


 「まだ訊ねたい事があります」

 「……」


 美桜がそう言葉を話した時、大久保は何も言わず彼女の細長な目尻に視線を据えた。


 「友井靖子と……関係があるんですよね。しかも特別な」

 そう言った時、目の前の男はゆっくりだが──目を見開いた。

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