54 ある女性の話⑤
ムンクに連れて来られた場所は、よく施設で保管している吸血者を調べる為に使っている実験場だった。機械的な物が沢山置かれており、真ん中には鉄製の椅子が置かれていた。
その真ん中の椅子の傍にムンクが近づくと、振り返って私に視線を向けた。
「少―し特別な実験を君にしてあげようと思うんだけど、勿論参加してくれるよね?」
椅子に腕を乗せつつ話す。彼の表情は真顔そのものだったが、どこか妖しい影が指しており、私の勘が嫌な予感を感じていた。
「……特別な実験って、何ですか」
「簡単だよ」ムンクは歩きながら話す。「君を今から行う実験の被検体にして、君を吸血者にしようと思ってるんだ。──特別の」
私に近づいて囁く様にムンクが言う。
特別の?
吸血者?
何を言ってるの? しかも私を実験の被検体に?
「な……何を言ってるんですか」
「何をって? 僕はふざけてないよ? 真面目だよ? 大真面目だよ?」
妖しい笑みを浮かべながら、グフフと悪魔のような笑い声を私に向けてくる。その気味悪い双眸と表情が相まって更に奇妙さを感じていると、「早く決めなよ」とムンクが耳打ちして促してくる。
冗談じゃない。なんで私が吸血者にならなくちゃいけないの。
そもそもこの施設で働いているのは科学者としての立場じゃないの。なんで此処に働いてまで吸血者にならなくちゃいけないの。
実験を通して。
嫌だ。嫌すぎる。
こんなのだったら──辞めてやる。
私は自分の意思を決めるかのように両手で拳を作る。口元をキュッと絞めた後、スゥーッと息を吸って次の言葉を吐く準備を決める。
「辞めます」
「えっ?」
驚いているのか、ムンクの双眸が僅かだが揺らいでいた。
「だから、こんなことをさせるんだったら辞めます」
「……そうか」
ムンクは絶望するかのように私に背を向け、再び中央の椅子の傍に戻った。──が、彼が戻ったと同時に大きく扉が開かれる音が部屋中に響き、瞬く間に私は入ってきた人達によって両手を塞がれ、拘束されてしまった。
「残念だよ……」ムンクは拘束され身動きが出来なくなった私に近づいた。「君のような人が私の右腕となり、極秘で行っている実験の被検体となって欲しかったのに──」
「何が実験よ! 明らかな非人道的じゃない!」
嘆くように私は必死に叫ぶ。だがその言葉は響かなかったのか、ムンクは私の事を貶すように鼻で笑った。
「いずれにせよ、君は被検体だ。私の極秘実験に参加して貰う。──おい」
彼の言葉を合図に、私は強引に腕を引っ張られていく。中央の椅子に座らせられ、両手首を拘束器具によって固定される。そして私の頭に何やら不気味なヘルメットが被され、目前の景色がモノクロの景色へと変貌していく。
「どうするつもりなの! なんでこんなことをするの!」
私は目の前の人物に向かって必死に叫んだ。だがその言葉を聞いているのか、それとも無視をしているのか、彼は黙ったまま笑みを浮かべていた。
「最初から私の事を狙ってたの? 何とか言ってよ! ねぇ、私の事は右腕じゃなかったの⁉」
今にも喉が嗄れそう。そのぐらい叫んだ。だけど彼は黙ったままだった。
嫌だ。嫌すぎる。嫌だ。なんで私が被検体にならなくちゃいけないの? なんで私を右腕にしたの? なんで? 最初から私をそのつもりで右腕と呼んだの? 雇ったの? ねぇ、何とか言ってよ!
ねぇ本当に誰か答えてよ‼
「ねぇ誰か答えてよ‼」
心の声が飛び出るかのように、私の声が大きくなる。遂にその言葉にムンクが反応したのか、彼は私に近づいてくる。まるで恋愛ドラマに出てくるイケメン俳優がしそうな顎クイを私にしてくる。
「最初からそのつもりだったよ」
そう告げ、私の元から離れていった。
あぁ……。本当にそうだったんだ。
信用ないな……私。
前の会社では横領を疑われて辞める羽目になったし……。
もう……私なんて……。
そう思っていると、どこからか「用意が出来ました!」という他の科学者の声が聞こえてくる。男だろうか、野太い声のような気がした。
「始めてくれ」
ムンクの言葉を合図に、誰かが機械のスイッチを入れる。それと同時に何かが私の中に駆け巡る。その感覚がやがて全身に回ると、猛烈な痛みが私を襲ってきた。
これまでの記憶が脳裏に走馬灯のように霞んでくる。
あぁ……ルビー……。
私、しっかりと、生きて来れたかな。
しっかりと自分の人生、過ごせてきたかな。
はぁ……。
──私は一体誰だろう。
そう自問自答した時、私はある施設内にいた。
頭にはヘルメットのようなものが被されており、そこから導線みたいなものが沢山繋がれている。時々そこから流れるのか分からないけど──頭がズキンズキンしてくる。何でだろう。
──ああ、そっか。私、人体実験の対象者にされているんだった。
激しい頭痛と共に身体中を走る電気。
頭痛。
激しい動悸、息切れ。
一体……私を使ってどうするつもりなんだろう。
目の前には──まるでゲームの悪役キャラのように、髭を伸ばした禿面の男性が立っている。その唇には卑しい笑みがこぼれていた。
「嫌だ……痛い……嫌だ……痛い……」
喘ぐかのように呟く。すると、また同じような痛みが身体中を走った。
「痛い……‼ 痛いよ……‼ 誰か……誰か……誰か助けて……‼」
懇願しても、誰も助けてはしない。
だって、私の周りにいる人達は皆、そう言う人達だから。
倫理的に反するようなことを、
道徳的に反するようなことを
──私に……今、施しているんだから。
絶対に助けてくれやしない。
歯を食い縛っても。
涙目で訴えても。
涙で──
目で──
声で──
訴えても、絶対に彼奴らは私を助けてくれやしない。
再び身体中に痛みが走る。
「……痛い……痛いよ……」
そう力なく呟いた瞬間だった。
目の前にいる彼奴らが動揺してる。きっと、私に何かが起こったんだ。
きっと──私の身体に異変が起きたんだ。
その異変は──私でも感じてる。
悪意。
憎しみ。
嫌悪感。
私の中で増幅する。悪意の感情とやらが。
私をこんな目に遭わせたの……絶対に……絶対に……絶対──
「ユルサナイ…………ッ‼」




