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5 ある男

 「まさか刑事の二人にここで出会うなんて──事件の捜査か?」


 椅子に座るや否や、茶髪の女性──鳴田夕海と、長髪でスタイルの良い女性──池田美桜の二人になつは視線を向けた。前者は「ええ、まあそんなところですね」と微笑むが、後者は肩を竦ませて溜息をついた。


 ひめゆり園の施設内にある会議室。彼らが入った場所は普通職員たちが何か会議を行う為の場所だとエリカから言われているものの、誰かお客様が来た時はこの場所を使用しているという。


 会議室は至ってシンプルであり、カタカナのロのように机が固められており、対面越しになつと波岩、夕海と美桜、エリカの順に座った。


 「外部の人に捜査情報を漏らすな──」


 美桜が夕海に対し小さく耳打ちをしたものの、その言葉が聞こえていただろうか──なつは「待て待て。外部の人って──私はもう幾度か君たち警察に協力をしてやったじゃないか」と手を顔の前でパタパタとさせた。


 「……元はと言えば貴女が首を突っ込んだからであって、警察として、貴女に協力を要請した訳ではありません」


 小声で呟く美桜に対し、聞こえなかったのか──それとも意図して聞こえぬようしていただけだったのか、「ん?」とわざとらしく、なつはきょとんとした。

 





 ──何言ってるんだ、この人。





 

 波岩は嘆息を吐いていると、「あの」とエリカが声を上げる。その声に部屋に居る全員が反応して視線を彼女に向けた。


 「そろそろ、良いですか」

 「ああ、悪い。それで、ここで働いていた男性はここではどういう印象だったんだ?」

 となつがエリカに問う。


 「その方は──光昭さんは、以前はここの施設での職員でした。けど、ある日の夜頃に緊急搬送されてきたんです」

 「緊急搬送……ってことは、その時点で彼は──光昭って言う人は、吸血病だと分かっていたのか」

 となつが低い声で言うと、エリカは重々しい感じで頷いた。


 「ええ。それで、搬送されてきた彼はどこか弱っていたのですぐに処置を施しました。もう夜遅かったので光昭さんは処置後ぐっすりと眠っていましたけど、翌日目を覚ました彼は──まるで、私たちのことを異物のように見ているような感じで──」


 「その時、血は吸われなかったのです?」

 と初めて美桜が冷静な口調で問う。エリカは少し瞬きした後に「……多分。私たちの間では血を吸われなかった人はいなかったと思います」と自信なさげに答えた。


 「どういうことだ?」と美桜。


 「私たちの間って言うのは……その……あの時、光昭さんの病室から悲鳴と喘ぎ声が聞こえて、何だろうと担当の方が尋ねていったんです。ですが、すぐには開くことなく……暫くして待つと顔を覗かせたのは顔に血をつけた女性で……その方が担当の者が声をかける間もなく行ってしまったものだから……」

 としどろもどろになりながらエリカは話していく。表情に何やら翳りが生じていた。


 「その女性というのは……もしかしてこの方ではないでしょうか」


 そう言い、夕海は手に持っていた手帳からある一枚の写真を机の上に置いた。その写真はなつや波岩にとって見覚えのある女性でもあり──依頼人でもあった人物だった。


 その人物の写真を見たエリカは「うんうん」と頷いていた。

 「そうですそうです。この人が当時逃げるように立ち去った人です」

 「その人がなぜその場所に居たのか、教えて貰っても?」と美桜。

 「いえ、それは……分かりません。すいません……」

 頭を下げて謝罪するエリカに対し、「いえ」と静かな口調で夕海は答えた。


 「では次の質問をしたいと思うのですが──」

 と夕海が言いかけた時、途端に「何か隠してるのか?」となつが問いかけた。


 意味が分からず、エリカは「えっ?」ときょとんとさせるものの、彼女はエリカの隣に座って目を覗いた。


 「目、茶色なんだな」

 「え?」

 「とりあえず、貴女の過去を覗かせて貰うぞ」

 と言い、羽賀野なつはエリカの手首に噛みついた。その一方的に意味の分からない行動に、ただただエリカは首を傾げたままであり、困惑する余地もなかったようだった。


 「……本当に血を吸うんだ」

 と美桜。そんな彼女を波岩は一瞥した後、「ええ、そうですよ」と答えた。


 「彼女はこうして人の血液を介して過去を見ることが出来るのです。一見、普通とは思えないと感じるかも知れないですが──」

 「あ、もうその辺で良いです。二人の活躍は警察に居ると耳にすることが多いんで」

 と言って美桜は波岩の言葉を遮る。途中で遮られた波岩は「それなら」と途中で話すのを止めた。


 暫く時間が過ぎる。


 時計の針が過ぎ去る時を刻む。


 そして、同時に彼らの空間をも揺らしていく。


 なつがエリカの腕から口を離した後、口元から滴れる血を拭った後──彼女の瞳を射貫くかのような目線でジッと見つめた。


 「……あんた、光昭という男と恋人関係だな?」

 「……はい」


 少し間が空いた後、エリカが表情を暗くして呟く。その表情を見た──エリカの隣に座っていた美桜が「なるほど……ということは」と口を開いた。


 「恋人関係にあったあなたを、光昭という男は異物を見るかのような目──つまり、貶んできたということか……。だが、一体何故?」

 と言われるが、エリカは首を横に振った。


 「分かりません。なんであの人が私にあのような目線を向けたのが分からなくて……もしかしたら……もしかしたら……あの事が」


 「あの事?」


 震えた口調で飛び出した言葉に波岩が噛みつくが、エリカは「……いえ」と口を閉じてしまう。その様子に波岩は少し唸った。


 「とりあえず」夕海が立ち上がる。その隣の美桜も立ち上がっていた。「私たちはこれでお暇させてもらいます。私たちは光昭という男を調べてきますので、また何かあったらそちらに連絡したいと思います」


 慇懃に夕海が話した後、二人は部屋を静かに出て行った。その様子を見ていたなつは「……気づいたのか」と独り言を呟いた。


 「気づいた?」

 「ん?」

 「だから、気づいたって?」

 「え? 何の事だ?」

 「……秘密主義め」


 波岩がなつに聞こえないように呟くと、「なんか言ったか?」と秘密主義者が彼の肩に優しく手を置いた。波岩がゆっくりと首を動かすと、なつはニンマリと表情を動かしていた。


 「……何でも無いです」

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