49 出頭したらしい?
「はぁ⁉ 出頭だぁ⁉」
開口一番、羽賀野なつという女性は自身の事務所で大声を上げた。真正面から聞いていた刑事二人──美桜と夕海はそれを何とも思わず、ただ無表情で見ていたものの、隣に座っていた波岩は大声が響いてしまったのか、耳を軽く伏せていた。
「なんで出頭なんか……」
「さあ……それは私たちにも分かりません」
そう言ったのは美桜だった。彼女は手元のペットボトルを一口付けてから、また話し出した。
「昨夜、ある通報が通信指令室に入電しました。その通報内容とは、〝今起きている連続殺人事件の犯人は私だ〟という、ド直球な自白内容でした。その内容を担当していた者によれば、その通報者の口調はあまり冷静であり、逆にこちら側が疑うのではないか? と言っていたそう。その後、その担当者が通報現場近くの警察署を通報者……まあ犯人と言うべき何でしょうね。その犯人に案内したそうです。そんな感じです。昨夜の流れとしては」
「なるほどな。で、その後は無論聴取を行ったのか?」
なつが腕を組みながら話す。
「ええ。犯人──友井靖子は案内された通りに現場近くの警察署を訪れ、そこで再び自分が犯した内容を自白したとのことでした。その時に聴取を担当した二名の警察官の話によれば、極めて冷静で淡々としていたそうなんです。まるで、何かを覚悟したような態度だったと」
「何かを覚悟……」
波岩が独り言のように呟く中、その隣の女性は「犯行内容の他に何か話したか?」と訊いた。少し間合いが空いて、今度は夕海が口を開く。
「それが……何も話さなかったそうなんです」
「何も話さなかった? どういうことだ」
怪訝な目つきになるなつを目の前にしつつ、夕海は冷静な口調で話し続けた。
「それは当時担当していた二人に訊いても分からず……。恐らく、必要な情報を喋ったからもう話さない……だと思いますが」
「なんだそれ」なつが唇を尖らせた。「自分勝手な奴だな」
「そもそもなんで自白しようと思ったんですかね? 既に数人殺しているのに、どうして自白なんて」
波岩が話に割って話すと、その話を聞いていたなつが「単純に興味を失ったからじゃないか?」と顔の前で手をパタパタと振った。
「興味? 殺人のですか?」と夕海。
「まあな。こういう連続で殺人を犯す人は大体、人を殺す快感を覚えているか……もしくは何か目標を遂げなければいけない、そんな人達だ。そう言う人達のことをシリアルキラーって言うらしいんだが……まあ、私は呼ばないな。シリアルキラーは元々、テッド=バンディにあるような言葉だし」
「テッド=バンディ? 誰です?」
波岩がなつに視線を向けると、視線を向けた先の人物は「はあ、知らないのか」と溜息交じりに反応を示した。
「テッド=バンディは全米でおびただしい人数の女性を殺害したと言われる、連続殺人者だ。メディアが報じている情報によれば、その人数は三十人以上と言われているらしいし、その人数を自白する前は十年間もの否認を続けていたらしい。それに、彼のIQ数値も百を超えているらしく、本物の連続殺人者って言うところだよ」
話している途中で興奮を抑えきれなくなったのか、なつは口元を手で隠している。その様子を見て、目の前の刑事たちは引いていた。
「いっけね、興奮が抑えられていなかった」
──……どんな興奮なんですか。この人、そのうち本当に人殺すぞ。
笑みを必死に引っ込めようとするなつを目の当たりにしながら、波岩は内心思いつつ、「そう言えば思ったんですけど」と話題を変えようとした。
「何でしょう」と美桜。
「この友井靖子……どこかで聞いたことがあるような気がして」
「……どういうことです?」
美桜が首を傾げる。その傾げ方にあざとさが含まれていたのか、一瞬だけ波岩が惚れながらもその理由を話す。
「友井靖子、僕の記憶が正しければ……一度こちらの事務所を訪れてますよ。確か以来としては、とある人物を見つけて欲しいとか……」
「とある人物……?」
「ええ。名が確か──」
そう言った後、なつが唐突として「大久保什日」と答えた。
「そうだ、その大久保って言う人を探して欲しいって依頼されたんですよ。それでその依頼を引き受けたなつが……何だか、引き受けるの止めたってほっぽり出したんですよ」
過去の話を波岩にされたのが嫌だったのか、なつは顔を歪ませた。そんな表情の彼女を美桜は一瞥しつつ、「大久保を友井が探していた……」と独り言のように呟きつつ、手帳に記入していった。
すると、席を立った羽賀野なつが携帯に耳を当てながら誰かと話し始めた。
誰からだろう。そう思いながら、窓際に移動して話している羽賀野なつを見る。彼女の会話を波岩は盗み聞きしていると、後ろから「波岩さんはどう思います?」と夕海が話しかけてきた。
「うーん……。友井と大久保の間で何かあるって言うか……、多分……何かが隠されていると思うし……」
「何かが隠されてる……」
「まあ。それに、あの科学者の関与も気になるし」
「ですね。あの科学者、なつさんとどういう関わりがあるのか……。それに、何を企んでいるのか……」
夕海が電話をしている羽賀野なつの後ろ姿を見ながら話す。一見にして美人で何処にでも居そうな後ろ姿なのだが、謎を追うべくして強くなったであろう背中が波岩の網膜に照らし出されていた。
「ああ、分かった。夕方ぐらいにはそっちに行くよ」
そう言った後、なつは携帯をポケットに入れ、扉の傍にあったジャケットを羽織った。どこかに行こうとするなつを目にした美桜は、「どこに行くんです」と声を掛けた。
「大久保のところだ」
そう言って、彼女は扉を開けて事務所を去った。




