47 議論
「大久保什日……。聞いたことがあるな」
なつは資料をパタンと閉じると、正面にいた夕海に話しかけた。真剣な面持ちとなっていた彼女はなつが考えている仕草をずっと見つめていた。
「色々と気になるところがあるんですけど……まず、なつさんの祖父が関わっていたことが初耳でした」
波岩がそう語ると、隣のなつが「ん、話してなかったか?」ときょとんとした表情になった。
「話してないですよ。……って、いつも貴女自分のことについては話さないじゃないですか」
「……ああそう言えばそうだったな」
一息で喋り終え、またなつは思考の海に飛び込むかのように唸り始めた。目を閉じていることと、唸っていることから、なぜか寝ているかのように波岩は思えた。
そんなことは気にせず、波岩は夕海に「過去の事件と現在の事件、何が関係してるんですかね」と呟いた。
「さぁ……分からないですけど、とりあえず言えることとしては、この友井靖子という人が怪しいと思うんですよね」
「友井靖子……」と波岩。
「私の勘が正しければ、恐らく今起きている複数の事件は彼女が犯人だと思うんです。そして、過去の事件も大久保什日ではなく、彼女が全て起こしたものだと思うと……」
「……確かに。だけど、大久保什日はどうして疑われた?」
傾げる夕海に対して波岩は疑問を投げかける。その疑問に夕海は「うぅ~……ん」と唸り続けると、突如として「狩人の仕業か……」となつが呟いた。
「え、狩人?」
と波岩はなつに視線を向けた。顔は動かさず、視線だけなつは波岩に向けた。
「過去の事件を資料で読む限り、どうして狩人が関わってくるのかが気に触れたんだ。狩人という観点で考えると、もしかしたら今起きている事件は狩人たちによって引き起こされているかも知れない」
「狩人が……。でも」
「でも?」
「どうしてそんなことをする必要があるんですか? 狩人には吸血者を移送するという本来の仕事があるはず……。それに、大久保什日が疑われてるのも不自然ですよ」
「あぁ確かにな。あぁ……確かに……」
そう言い、なつはまた視線を落として考え始める。ブツブツ独り言を呟いている姿を横目で見つつ、波岩は「どうしたものか」という気持ちで夕海を一瞥した。
「どうしたんですか」
「いえ、何も」
と波岩は首を横に振った。
「そう言えば思ったんですけど」夕海が波岩に話を振った。彼は「何でしょう」と話すかのように表情をきょとんとさせた。
「波岩さんって、美桜さんのことどう思ってるんですか?」
「……なんでそんなことを?」
「いえ、特には」
わざとらしい笑みを夕海は浮かべた後、波岩は「うーん」と唸る。その時、先程まで考えていたなつがふと顔を上げて「異性として意識しているんだったのよな? 波岩」と嫌味っぽい笑みを浮かべた。
「はぁ⁉」
勢いよく立ち上がった波岩は思わずなつに反抗心を向けた。その様子を間近で見ていたなつはグフフと気味の悪い笑みを浮かべた。
「何ですかその笑み」
「何って、別に良いだろ。本当のことなんだし」
「よくありません!」
と波岩は垂直方向に椅子に座った。
「……え、美桜さんのこと好きなんですか……?」
まるで軽蔑するかのような目線で夕海が波岩を見つめていると、波岩は「違う! 誤解だ!」と必死に嘆いた。
「ま、まあ……その辺にしておいて、もし美桜さんのことが好きだとしたら、どの辺の部分が好きなんです?」
と少し引き気味に夕海が波岩に訊ねる。
──てか、なんでこんなことになってるの?
怪訝に思いつつ、波岩は少し考えてから答えた。
「ま、まあ……強いて言うなら……」
そう言い、波岩は女性のある部分をジェスチャーしながら答えた。その仕草を見ていた夕海は何も声を出すことなく、引いていた。
全力で。
──うん。もう僕は無理だ。
溜息をつきつつ、波岩は静かにその場の動向を見守った。彼の隣で暫し独り言を呟いていたなつは今もまだ小声で何かを呟いており、その様子を波岩と目の前で(絶賛波岩に)引いている夕海が見ていた。
時折、波岩と夕海が雑談を交えながら話していると──唐突として、その場の空気がある女性の大声によって揺れる。その声の主は無論羽賀野なつであり、その声に驚いたのか、隣の波岩は一瞬耳を伏せていた。
「何か閃いたんですか?」と夕海。
「ああ。今起きている連続の事件は過去の事件と関わりがあったし──何なら、今起きている事件は過去のこの事件の犯人と同一人物だ」
「同一人物⁉」
驚きを隠せず、思わず夕海は椅子から立ち上がった。後ろでパイプ椅子が倒れると、冷静になって夕海が「あ、すみません」とパイプ椅子を直してまた座った。
「そうだ。まあ……後は警察の仕事でもあるが……」
そう言うが、なつの表情が険しい。その様子を隣で見ていた波岩が「何か問題でもあるんです? 事件を解決出来るんでしょ?」と訊ねた。
「……節穴め。少しぐらい考えろ」
ギロリとなつは波岩を睨んだ。彼女の様子に思わず目をパチクリさせたものの、波岩はとりあえずこめかみを押さえながら思考し始めた。
「……狩人ですか」
「ああ」と低い声でなつが唸る。
「狩人たちがこの事件にいち早く気づいて……いやでも、そうしたらなぜ一度捕まえた吸血者、もとい犯人を世に放つ必要がある……?」
「多分違うな」
「え?」
独り言のように呟く波岩に対し、なつはその話を否定した。その後、彼女は顎に手を添えながらブツブツ呟くように話し始めた。
「私の推測──と言っても証拠がないから憶測だが──、現在の事件と過去の事件は同一人物による犯行。だけどそれは、人間であるか、人間ではないかの話だ」
「人間であるか否か……つまり、人間か吸血者ってことですか」
夕海が神妙な面持ちになりながら話すと、なつは「ああ」と頷いた。
「あくまで推測……じゃなく憶測だが、過去で起きた事件は大久保什日と友井靖子の二人による計画的な犯行だろう。ただ、最後に起きた事件は計画性のない犯行──つまり、友井靖子単独による犯行だろうな」
「じゃ、じゃあ」
「ん?」
夕海がなつの話に挟んだ。その様子になつは首を傾げていた。
「もし今起きている事件にあの二人が関わっているとしたら、どうして過去あの二人は狩人達に捕まったんですか。どうして今逃げ出しているんですか」
「簡単だろ。あいつらが〝社会実験〟と称してこの事件を引き起こしているに決まってる」
「社会……実験?」
突拍子もないなつの言葉に、ただただ夕海は視線を彷徨わせながら言葉を失っていると、波岩は「……もしかして」と口を開いた。
「何か察したか?」となつ。
「ええ。……ムンクという科学者のせいですよね」
波岩がそう言った後、数秒間合いが開く。先に口を開いたのはなつでもなく──波岩でもなく──夕海だった。
「え、ムンク?」と目を少しだけ見開いた後、「あのなつさんの大切な友人を連れ去ったって言う……あの科学者ですか?」と言った。その科学者の名前になつは表情を若干歪めつつも、「……そうだ」と呟いた。
「恐らく今の事件を引き起こしたのはあいつが元凶だ。あいつさえ居なければ……あいつさえ……」
なつの口元が震え出す。同時に拳も震えていることから、怒りの感情が出ていることに、隣の波岩はそう思っていた。
「……だが」なつは一度言葉を切り、溜息をついた。「今あいつがどこに居るかは分からない。噂によれば、あの科学者は場所を転々として移動しているらしく、それに戸籍もまだ登録していないそうだ」
「え、戸籍登録してないんですか?」と夕海。
「単なる噂話だけどな。まあ……あいつがしそうなことでもあるがな」
低い声で話した後、なつは椅子から立ち上がって部屋を出ようとドアの方向へ歩き出す。その様子を見ていた波岩は「どこへ」と話しかける。
「犯人のところだ」
「犯人⁉ まさか、あの科学者と……」
「あ? 誰があんなところに行くと言った?」
機嫌が悪そうな口調と目線でなつは波岩にぶつけると、ぶつけられた当の本人は萎縮して「……すいません」と言った。
「まあ良いよ。私の説明不足だし」
顔の前で手を振るなつのことを見ながら、波岩は内心少しだけ喜ぶ。
「……」
波岩の目の前で沈黙するなつ。その様子に波岩は何かを察してしまったのか、とりあえず彼は「えと」と言葉を発した。
「……それで、誰の元に行くんです?」
「あの人だよ。大久保什日」
「え、えぇ⁉」
「なんだ、そんなに驚くことなのか?」
きょとんとする羽賀野なつに対し、波岩はただただ驚く他なかった。
──ていうか、この人最初から犯人分かってたでしょ……?
「犯人が事前に分かってるなら早く言って下さいよ!」という心の声を──というよりなつにバレていそうなものだけど──必死に押さえつつ、波岩は「大久保什日の場所なんて分かるんですか?」と訊ねた。
「ああ分かるぞ。ナツメに伝えられたんだから」
「はっ?」
と夕海が口を挟んだ。
「そう言えば言ってなかったな」なつは頭の後ろに手を回した。「あるときの夜、普段通りに歩いていたら、後ろからナツメの声がしたんだ。脅すような口調で私を命令したから、その通りに動いたんだ。そうしたら、向かった場所が、大久保什日が嘗て住んでいた住居だったよ」
「で、でも……なぜそのことをナツメさんは」
「さぁな」なつが肩を落とした。「まああの人のことだから、この事件について独自に調べ上げたんじゃないか? で、一連の事件を引き起こしたのは全て友井靖子の仕業だと勘づいたナツメは、敢えて私の所に接触、あの人が嘗て住んでいた場所であり──事件現場となった住居へと移動させた。何を考えてるのか分からないよ、あの人は」
──いや……十分にあなたも何考えてるか分からないんですけど……。
勝手に我納得しているような感を出しているなつに対し、内心ツッコみながら波岩は思った。「よしじゃあ」となつが顔を上げ、彼女はドアノブに手を掛けた。
「ああ。事件の終止符を打ってやる」
そう言い、羽賀野なつは部屋の扉を開けた。




