44 昼下がりの探偵事務所
「何をしているんですか」
昼下がりの探偵事務所。そこで繰り広げられていたのは、平日の昼間にも関わらず──もっと言えば事件捜査が終わっていないのにも関わらず、羽賀野なつという探偵はダラダラとソファで寝転がっていた。
そんな彼女を見ていた波岩は溜息交じりに「何をしているんですか」と呆れながら話仕掛ける。腰に手を当てており、彼女の行動に呆れていた。
「何って、休息だよ」
「休息?」
「ああそうだ。こういう連続性のある事件なんて、脳の休息が一番なんだよ」
そう言い、自分の顔面に合わせるようスマホの画面を被せた。波岩はその行動を横目で見ながら、デスクに座って事務作業を行っていた。
「そういう波岩こそ、休息とかとらないのか?」
話題を振られた波岩は「そりゃ数分おきに取っていますとも」と、コーヒーカップを片手に持ってなつに掲げた。
「おお。波岩にしては珍しい」
「……にしてはってどういうことなんですか」
小声で不満を言うと、「何か言ったか?」という怪しげな目線をなつが波岩に送ってきたので、慌てて波岩は首を横に振った。
──危うく給料が減るところだった。まあ、減ったところで何も変らないのが痛いところなんだけど。
そう思いつつ、波岩は画面と睨めっこを再開させる。エクセルの表が画面に表示されており、ファイルのタイトルには〝羽賀野なつ探偵事務所 会計処理〟と称されていた。
波岩がキーボードを利用しつつ、横に無造作に置かれている領収書や依頼書、その他諸々に片手で持ちながら作業をする。途中打ち間違いでガタガタとキーボードを乱暴に打つ音がなつの鼓膜を刺激させるが、当の本人としては気にしていなかった。
すると、事務所に電話が鳴る音が響く。同時になつが「来た!」と声を挙げ、一目散に自分のデスクに向かって受話器を取った。
「もしもし、夕海か?」
受話器から聞こえてくる若々しい女性の声を、なつが頷きながら内容をその場で走り書きしていく。その内容は字の乱雑さで丁寧に読めるほどではなかったが、そこには〝五年前の殺人事件 独自に調査をした刑事によれば〟と書かれていた。
「──ふむふむ。で、そうなんだな?」
そう言った後、なつは受話器を降ろして電話を切る。
慌ただしい様子で準備を行っているなつを見て、波岩はパソコンの電源を落としながら「どうしたんですか?」と話しかけた。一、二分過ぎた後、なつが「首謀者が分かったぞ」と自信げに答えた。
「しゅ、首謀者?」
「ああ。首謀者が分かれば、後は犯人も分かったのも同然だ」
そう言い、なぜかなつは紺色のジャケットを羽織った。
「……もしかして、あの人が犯人なんですか」
波岩がそう言った後、なつは扉へ向かう足を止めた。ゆっくりと彼女は波岩に顔を向けると、
「……今回の事件はあの人が犯人ではない。ただ、その可能性が消えただけだ」
だけ答え、紺色のジャケットを羽織った一人の女性は扉を開けて外へ出向いてしまった。




