41 2件目
二件目の殺人事件は住宅街の路地で発生した。一件目の被害者と同じく、今回の被害者もまた無惨にも喉元や腹部を切り刻まれていた。ただ、前回とは異なるのは、今回は通りがけを襲ったためだろうか、衣服の乱れが目立った。
なつが顎を撫でながら被害者を一瞥していく。彼女の周囲を取り囲むように波岩や夕海、美桜が並んでいると、外野から「すいません」と男の声がした。その声が聞こえた方向へ三人に向けると、そこには青い帽子を被った鑑識の方が立っていた。
「羽賀野なつさんと波岩さんですよね」
「……ええ、そうですが」
いきなり名前を呼ばれ、波岩は怪訝に思いながら頷く。一方のなつは彼の言葉に反応することなく、ただ被害者をジッと見つめていた。
「私、鑑識の東堂と申します。あなたたちのことはよく耳にします」
「は、はぁ」
──それって何か良い噂じゃなくて、悪い噂じゃないの?
目を輝かせて波岩の腕をブンブンと振る東堂。そんな彼を見て、波岩は苦笑しながらその様相を見ていると、東堂は我に返ってコホンと咳払いをして、冷静な目つきになった。
「事件の方は」
「ええ、一応聞いてます」
「では、被害者に新たな痕跡とやらは?」
「痕跡?」
と波岩が首を傾げる。同時になつが「これのことか?」と横たわっている被害者の右手首を指差した。そこには発赤が確認でき、何かを押しつけられて出来たような痕跡だった。
「これっって……スタンガンなんですかね」
波岩が確認するような呟く。なつは「ああ」と低い声で唸った後、その場に立ち上がった。
「恐らく犯人は被害者の後をつけた後、抵抗しないよう手首に──あれ、でもそうしたらおかしいのか」
「ええ。なぜ犯人は手首に発赤を残したんでしょう」
東堂が顎に手を添えたまま考え込むと、全員も同じく考え込む。数秒経過した後、夕海が「性的欲求を満たすため……とかですかね」と静かな間に言葉を入れた。
「いや違うな。もしそうだとしたら、犯人の性欲を満たしていそうな証拠が現場に残ってるだろ」
食いついたのはなつだった。その後も彼女はブツブツと独り言を呟く中、波岩が「ところで、被害者の身分の方は?」と言った。
「持ち合わせていた身分証から大学生だと分かりました。氏名は合田克彦で、生年月日が二〇〇三年の五月十五日と記されていたことから、年齢は二十歳ぐらいだと推測されます」
と夕海が淡々と手帳の内容を読み上げていく。その後を美桜が彼女の内容を付け足すかのように話し出す。
「現場周辺の聞き込みによれば、被害者は帰宅途中のようでした。そこを犯人が襲い、恐らくスタンガンで気絶させ、その後に喉元や腹部を切り裂いた……ものと考えています。ただ、その前の事件とは異なり、スタンガンを使用している点から、私たちの間ではこれを連続の殺人事件として見て良いのか──懸念を示しています」
「そうか」なつが被害者の傍から立ち上がる。「まあ、スタンガンを使用したのは犯人にとって想定外……いや、そもそも想定内だったんだろうな」
「え? それって」
夕海が少し驚きの声を挙げる。そんな彼女をなつは横目で一瞥した後、「恐らく、警察は犯人の思う壺にまんまと嵌められたな」と冷たく呟いた。
「……よくある手法、ですね」
美桜が少し間を置かせてなつに話すと、一瞬なつが美桜の顔を一瞥した後、再び視線を被害者が倒れていたという場所へ向けた。
「連続殺人犯が別の事件に思わせることはよくあることだ。それに気づかないのは盲目だな、端的に述べれば」
とも言い、なつは一息入れてまた話した。
「だが、今回の事件は別の犯人によって引き起こされたものだ」
「え?」
と波岩。驚きの声を挙げているのは彼だけではなく、他の三人もまた声を挙げていた。彼らの反応を一瞥した後、なつが被害者の切り裂かれている首筋に指差した。
「違う犯人によるものだと確信したものだ。よく見てろ」
そう言われ、波岩たちはなつに促されるまま被害者の首筋を見つめる。凄惨な光景であまり長時間は見ていられないものだったが、一番後ろで見ていた鑑識の東堂が「あっ」と声を挙げた。
「切り裂かれた向きですか?」
「ああ。一つ目の事件は右向きに全部切り裂かれているのに対し、今回の事件は左向きに全部切り裂かれている。恐らく、この事件の犯人は向きなんて考えもしなかったんだろう」
なつが顎を撫でながら話すと、被害者から彼女に視線を移した美桜が「だとすると……なぜ今回もなつさんに過去依頼をされた人が狙われたんでしょう」と問うた。
「それは私を誘き寄せるためだろう」
「誘き寄せる?」
と夕海。ポカンとなったままの彼女の表情をなつは一度一瞥した。
「それはまだ分からないことだから話さない。が、一連の事件を引き起こした犯人は私という人物を誘っていることは事実……かも知れない」
そう言うと、なつは現場を去ろうと車道の方へ歩いて行く。その後を波岩たちは追っていくものの、なつの隣で歩いていた波岩は何かしらの違和感を抱いていた。
──事実〝かも知れない〟ってどういうことなんだろう。まだ何か確信に持てない部分があるのだろうか。
そう思いながら、波岩はなつと共に現場を後にした。




