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39 探偵の過去1

 何やら声が聞こえる。重い頭を持ち上げながらベッドから起き上がった。長く眠りについていたのか、軽い頭痛を感じて思わずこめかみに手を押さえた。


 周囲に目を配ると、隣に可愛らしい女性がいた。こちらを心配そうに見つめる犬のような瞳。茶色の目や、美白な肌や端麗な顔つきに思わず見惚れてしまいそうだったが、首を横に振って頬をピシャリと叩いた。


 「どうしたの?」


 首を傾げた。


 「何でもないよ。ただ、ここは一体?」


 周囲を見渡しながら呟く。薄暗い照明のもと、私は隣の女性に問いかけた。


 「私たちのような被験者を入れる個室だよ。二人一室ということを想定しているみたいなのか、一人ずつベッドを置かれているらしい。まあただ……照明が一個しか付いていないのは残念だし、これじゃあ暗すぎて本が読めない」


 天井を見つめながら、溜息をつく女性。彼女の澄まされた横顔に見惚れながら、私は「あなたは一体……誰なの?」と口にした。彼女は私に顔を向けると、口角を上げて顔を近づけた。


 「ナンバーイチゼロゼロ。よろしくね、ナンバーイチゼロニ」


 そう言い、自分の胸元を指差しながら微笑む彼女。ナンバーとは何だろう、そう思って自分の薄い胸元を見ると、そこには彼女が先程言っていたナンバーが記されていた。恐らく、これが此処で暮らす時の名前なんだろう。


 「……本名って」

 「ん?」

 「あなたの本名って」


 と言いかけた途端、彼女はいきなり私の唇に人差し指を押さえた。そして、何をしたかと思えば、次は私の耳元に自分の口元を近づけ、「川合美奈。まだ十八の女子高生よ」と囁いた。顔を離した美奈の表情はコケティッシュさのある笑みだった。


 「……な、なつ」

 「ん……? なつ?」

 「そ、そう。なつ。羽賀野なつって言うの」


 戸惑いながら自分の名前を美奈に伝えると、彼女はフフっと笑みを溢した。その動作に「え?」と口に出そうとしたが、「面白いね、なつって」と美奈が言った。


 「え、面白い?」






──分からないんだけど、面白いってなに?






 小学校時代や中学校時代、ましてや高校時代に言われなかったことを簡単に言われるってどういうこと? 私ってそんな単純な人ってこと? でもそれって面白いというより、単純な人ってことだよね。

目の前でクスクスと笑い続ける美奈を見ながら、私は唇を歪ませる。その態度を見たのか、美奈は「ごめんごめん」と涙を拭った。


 「面白いというのは……英語のfunnyじゃなくて、interestingの方。なつって興味深い人間で益々知りたくなってきたってこと」


 「……え?」





──益々分からん。興味深い人間って、どういうこと?





 首を傾げたままハテナマークを永遠と頭上に思い浮かべていると、目の前の女性は「ああ、そうだ」と扉の近くに向かった。照明が薄暗くよく分からなかったが、そこにあったのは受話器のようだった。


 「何してるの?」


 何か物凄く嫌な予感を胸の内に秘めつつ、私は美奈に問いかけた。その問いに彼女はただ微笑むことしかしなかったものの、何か嫌な予感がすると私は胸のドキドキで感じていた。


 暫くすると、美奈が受話器を置いてこちらに戻ってきた。もう一つのベッドに腰を落とすと、美奈が私に目を向けた。


 「な、なに」


 不自然に彼女の目元が笑っていた。





 ──いやなに。ほんと怖いですけど。






 「なんですか」

 「いやなにも」

 「じゃあなんで笑ってるんですか」

 「え?」

 「だって、目元が」

 「あ」


 そう言い、美奈は自分の目元を触り始める。その仕草が異常にあざとらしいなと感じる一方、当の本人はそんなことを気にせず、「ごめんごめん。どうしても笑みを浮かんでしまう癖が出ちゃうのよね」と舌を出した。





──その癖……直した方が良いよ……。





 苦笑しつつ、私は心の声で思っていたことを美奈に同じ事を話す。


 すると、扉の方から音が聞こえた。私と美奈が扉の方向へ顔を動かすと、そこには一人の女性が立っていた。白衣を身に纏っていて、髪を後ろに束ねている。顔に刻まれている皺を見て年齢を感じさせた。


 「こんにちは。なつさ……じゃなくて、ナンバーイチゼロニ。体調の方はどうですか」


 私に近づきながら訊ねてくる女性。その態度に態度を硬くして、後ずさる。その様子を見ていたのか、女性はフフと笑みを溢した。


 「何も怖がる心配はないのよ。私はナツメって言うの。ここで働く科学者で、皆の体調を見ているんだ」


 優しい口調で問いかけられる。そんな態度に私は少しだけ安心することができるものの、まだ不安を完全に取り除くことが出来なかった。


「……あなたは……あなたは……」

「……ん?」

「あなたはなんで……こんなところで働いてるんですか」


 と言うと、ナツメは顎に手を添えた。てかこの人、美奈以上にあざといな。美奈も相当あざといけど、この人も結構あざといぞ。


 「なんだろな、地球環境を守る為……という感じかな」

 「地球……環境……?」

 「ええ。巷で最近話題になってる地球温暖化について調べたり、それをどうやったら遅らせることができるのか考えたり……そんな感じの研究を行ってるの」

 「そ、そうなんだ」


 曖昧に相槌を打ちながら、私はどうやったらここから出られるのか周囲に目線を配っていく。だが、脱出出来そうな場所はなく、杞憂に終わるのだった。


 その目線に気がついていたのか、ナツメが「ここから出られるなんて考えない方が良いわよ」と私の気持ちを察するかのように無愛想に言った。


 「どうして?」


 と言うと、ナツメが一度私に顔を近づけて囁くように言った。至近距離になったが為に、ナツメの肌の様子が一目見ることが出来てしまった。


 「ここの部屋の前には警備員が大勢居る。果してあなたたち子どもたちが逃げることが出来るかと思えばそれは分からないけど……、ただ、たとえ彼らから危機を脱しても、その後にあるセキュリティ設備を掻い潜れるかは不可能だと思う」


 「セキュリティ設備?」

 「……後で説明する。今はこの部屋でジッとしてて」


 そう言うと、ナツメは私から顔を離して立ち上がった。その高い背丈が私の網膜に映し出された後、彼女は黙って私たちの居る部屋を出た。

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