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37 ある少女

 暫く真っ直ぐ進んで歩いていると、ある鉄製のドアの前に行き当たる。そこには〝秘密のお部屋〟と手描きで記されており、文章の最後にはハートマークが付されていた。そのマークに波岩は何となく嫌悪感を覚えたものの、彼の隣に居たなつは無表情でその手描き看板を見つめていた。


 次の瞬間、なつが拳でドアを叩く。ゴンゴンという重い鉄の音が地下水路中に響き渡る中、彼女は「おーい! 居るんだろー!」と大声を出す。後ろの刑事二人は何をしているんだろう、と首を傾げたばかりだったが、波岩は彼女の言葉に若干の脅し口調が含まれていることを感じていた。


「本当に居るんですかね」


 できる限り言葉を模索しながら波岩はなつに話しかける。彼女は「……さぁな」と少し間合いを置かしてから首を傾げた。その後、また彼女は扉を叩いた。


 「居るんだろー!」


 と言った瞬間、扉が少しだけ開く。そこから覗き込むように現したのは、小さな女の子のようだった。顔面蒼白で容姿端麗、そして白眼の双眸がなつたちを見つめていた。


 「……なつ……さん?」


 女の子が小さな唇の隙間から小声で呟く。女の子が目をパチクリさせてなつを一瞥した後、波岩を押し退けて勢いよくなつに飛びついた。その様子に一同が目を見開いて驚きを示した。


 「待て待て……」抱きつかれたなつは、女の子の小さな背中を摩った後、地面に降ろした。「ここに来たのは仕事なんだ。遊びに来たわけじゃない」


 「えー」女の子が不満げな表情で唇を尖らせた。「チーと遊びに来たかと思った」


 「ごめんな。今度ゆっくり遊びに行こうぜ」

 

 そう言うと、なつはチーと自分を名乗った女の子の頭を撫で撫でした。その様子を物珍しそうな表情で波岩は見ていると、なつが「……なんだよその表情は」とギロリと睨み付けた。


 「……誰ですか、その女の子は。チーと自分から名乗りましたけど」


 「ああこの子か」そう言い、なつは女の子と同じ目線に屈んだ。「その部屋で仕事をしている科学者から世話をしてくれって頼まれているんだ。確か名前は……」


 となつが言い淀っていると、女の子が溌剌な声で「千奈津って言うの!」と波岩に問いかけた。その表情に思わず蕩けそうになったものの、「へぇ~、そうなんだ」と女の子と同じ目線に屈み込んだ。


 「……ショタコンめ」





 ──何か小声で呟いた気がするけど、後で処しておこう。






 なつによる暴言を小声で受けたものの、波岩はその場で顔を歪まずに真顔で堪えた。後で何かしらお仕置きを考えておこう、そう思いながら立ち上がると、「ねぇねぇ」と千奈津が話しかけてくる。


 「ん、なんだ?」

 となつ。


 「今日なんで来たの?」


 「ちょっとここで聞きたいことがあってだな。それで、あの科学者の元に訪れてきた訳なんだが……」


 考え込み始めるなつを見て、千奈津は「ちょっと待ってて!」と部屋の中へ消えて行ってしまう。数秒後、中から千奈津の声ともう一人の女性のような声が聞こえ、扉が大きく開く。そこから現れたのは、先程の女の子と──雀斑と厚化粧が目立つ年の老いた女性の科学者だった。


 「……えと、誰ですか」


 と波岩が問いかけた途端、「そちらこそ誰です?」と女性が訊ねた。


 何だか機嫌悪そうだなと波岩は感じていると、なつが「よっ、久しぶり」とまるで親しい友達に会うかのような感覚で片手を挙げた。


 「久しぶりじゃないのよ‼」


 いきなり怒鳴られ、思わず波岩や後ろの二人は耳を塞ぐ。その一方、隣のなつはきょとんとした表情のままであり、「なに怒ってるんだよ。カルシウム摂れてないんじゃないのか?」と逆ギレしそうな台詞を口から飛び出した。


 「カルシウム摂れてるわ! うっさい!」


 と扉を思い切り閉めそうだったので、波岩は自分の靴を隙間に入れて無理やり扉を開けさせる。その直後に女性は波岩の顔を睨め上げ、「あんた誰よ」と低い声で訊ねた。


 「波岩です。隣のなつのワトソン役をしている」

 「……波岩?」


 先程のヒステリックとは一転、女性はきょとんとした表情となって波岩をジッと見つめた。彼女の隣に居た千奈津は「……どうしたの?」と首を傾げた。


 数秒後、いきなり波岩は女性科学者に抱きつかれた。


 「波岩ちゃんじゃないの! ずっと会いたかったのよ~‼」

 

 その態度の一変に思わず一同が苦笑している中、抱きつかれた張本人は「ちょっと……ちょっと……重いです」と無理やり剥がそうとしていた。途中、波岩は彼女の名前を思い出したのか、「離して下さいよ、ナツメさん!」と声を大きくした。彼の大声に反応したのか、ナツメと呼ばれた女性は「あっ……」と状況を察して、波岩から離れた。彼女による突拍子もない行動に波岩は辟易している中、「久しぶりだな」となつが話しかけた。


 「だから……久しぶりじゃないでしょ。一体いつ振りなのよ」

 「いつ振りって……」なつが自分の手を使って数える。「十年ぶりとか?」

 「違う! 二十年振り!」

 「そんなに怒るなって。血圧が上がるぞ」

 「余計な!」


 となつに挑発されたナツメが口を開きかけたものの、「あの~……」と先程からずっと後ろに居た夕海が恐る恐る声を出す。今まで存在に気がつかなかったのか、ナツメが「あれ……どちら様?」と首を傾げた。


 「私たち、こちらの者で」


 そう言い、美桜は慇懃な態度で警察手帳を見せた。同じ動作を夕海もすると、ナツメがギョッとした表情になって、「何してんの! 捕まるから早く部屋に入って!」と、刑事二人となつ、波岩の彼らをまとめて部屋の中に入れた。慌てて錠を回して扉に鍵を閉めると、なつは「相変わらずセキュリティ万全なんだな」と腰に手を当てた。


 「当然よ。今までに何度命狙われても、セキュリティ体制を万全しない方がおかしいわよ」


 いかにも大学教授が座りそうな椅子にナツメが深々と座る。


 手狭な部屋だが、周囲には本棚が設置されており、様々な資料や様々な言語の本がそこにはあった。また、ナツメの丁度目の前に椅子とテーブルが設置されており、客人をもてなすことも可能なのだな、と美桜は思っていた。


 「で、本題は何? 地上で起こってる殺人事件の話?」

 「お察しが早いな。さすが〝地下界のホームズ〟と言ったところか」

 「察しが早いのは良いけど、その後は余計よ」

 とナツメが答えている中、「地下界のホームズ?」と波岩が口を挟む。


 「知らないのか? 彼女は嘗て優秀な科学者だったんだぞ?」

 「嘗てって……今でも一応優秀だわ」

 小声で口を挟むナツメを横目に、なつは話を続けた。


 「彼女はいくつか伝説に近い逸話を残しているんだ。例えば……そうだな、吸血病に罹りそうだったのを己の力で跳ね返して回復したこととか、同僚の科学者を蹴り飛ばして物理的に左遷させたとか……。まあ、ある意味人間じゃないかもな、この人」


 得意げに語るなつを見た後、勝手に過去の話を晒されたナツメは多少口籠もった後、「……ま、まあそんな話もあったわね」と焦り気味に答えた。


 「で、此処で一体何を訊くわけよ」

 「そうだそうだ。思わず話が逸れるかと思った」





 ──もう話逸れていますけど……。





 少し呆れ気味に波岩は目線を俯かせる。その後、なつが「ある被検体について聞きたいことがあるんだ」と話し始めた時に波岩は顔を上げた。


 「被検体?」とナツメが目を細める。その言葉に刑事二人も食いついたのか、思わず顔を見合わせた。

 「ああ。確かナンバーは……イチゼロゼロ」


 そう言った途端、ナツメが「そんな!」と席を立った。


 「彼女が殺人を犯すわけない!」

 「どうした? 彼女に何か思い入れでもあるのか?」


 なつがそう問いかけたが、ナツメは口籠もる。ずっと隣で座っていたルビーが心配そうに彼女を見つめる。


 「……ある。あるけど、言ってはいけない。そういう決まり」

 「──そうか」

 「でも」ナツメは顔を上げた。「これだけは言える。彼女は絶対に人を殺したりなんてしてない」

 「なんで言えるんだ?」

 「え?」


 即答するかのように質問を飛ばしたなつに対し、思わずナツメは首を傾げた。


 「なんで殺したりしてないって分かるんだ? まだ彼女が実際に殺しているという事実なんて浮かび上がっていないのに」


 「……それは……それは……」


 動揺するナツメ。その様子を一瞥しながら、後ろに居た美桜が「何があったんですか?」と威圧感を含みながら質問を口にした。その口調に、若干の脅しが入っていることを波岩は何となく感じていた。


 「恐らくだけど……彼女はあの科学者、ムンクに連れ去られて」

 「ムンク?」


 と美桜が首を傾げた途端、舌打ちが響く。その音を鳴らした張本人を美桜は隣に視線をくべる。そこには顔を思い切り歪ませているなつの姿があった。


 「あいつか……あいつが……」


 恨み節を吐きながら握り拳をつくるなつの姿を一瞥した後、波岩は「そのムンクが何をしたって言うんです」と質問を飛ばした。


 「ムンクって言う……マッドサイエンティストが何度か此処で人体実験を繰り返しているのよ。目的は分からないけど、その実験は──人間を吸血者に意図的に変化させるものなのよ。その実験に駆り出される被検体はランダムに選ばれ──」


 「それ以上言うな‼」


 なつの怒鳴り声が響き渡る。少しの間静寂が訪れると、「悪い……ちょっと部屋出る」とだけ言い残して部屋を出て行った。その彼女の背中を見ていた波岩は──大丈夫だろうかという気持ちと──同情の気持ちが混ぜ合わさっていた。目線をナツメに戻すと、「悪いわね」とナツメが頬を綻ばせる。


 「いえいえ。話の続きをよろしければ──」と美桜。

 「ああごめんね」


 そう言い、テーブルに置いてあったお茶を口に含んだ後、ナツメがコホンと咳を鳴らした。


 「それで……まあ言わなくても分かるけど、あの子もムンクの実験の被害者なのよ。必死に抵抗しても、ムンクに従事する周囲の科学者たちによって鎮められ、実験を無理やり受けさせられる。最初の頃は抵抗する人が多かったんだけど、ここ最近は抵抗する人があまりいない感じ」


 「最近って……まだ、あの科学者は実験を?」


 恐る恐る夕海が訊ねると、何も言わずにナツメは頷いた。その答えが何を示しているかは、一同は口に出さなくても分かることだった。


 「それで……さっきなつさんが言っていた、ナンバーイチゼロゼロって……」


 美桜がそう言うと、ナツメは机の引き出しからファイル類を取り出す。そこから必要な資料を取り出した後、机の上に出した。


 「これは……?」

 「ナンバーイチゼロゼロ。もとい、川合美奈」

 「川合美奈……」波岩は出された資料を手に取った。年齢が記されており、そこには十八と記されていた。「十八……てことは」

 「ええ。実験当時は女子高生だったわ」


 あまりにも若い年齢に、ただただ波岩たちが驚いて口を塞いでいる中、ナツメは淡々と話を続けた。


 「美奈はなつにとって大切な存在で……唯一の親友だった。収容所に年齢問わず沢山の人々が住んでいるんだけど、他の人達が羨むほど仲が良かったらしい。私もその仲の良さは間近で見てきたし、実感してきた。──ただ、実験の日を迎えたあの日以降、なつは悲壮感に包まれて誰とも話さなくなった。そして、あの事を伝えられた時──」


 「あの事?」と夕海。

 「ええ。美奈が脱走を試みようと、ムンクに捕まったことよ」

 「……それがどうして」


 言いかける美桜。が、何となく察したのか彼女は口籠もった。


 「脱走が未遂で終わった美奈はムンクに連れて行かれ、彼とごく一部の人間にしか知らない秘密の実験室に連れて行かれた。詳細は知らないけど、どうやら彼が行った実験というのは、人間を生まれながらの殺人者であり、吸血者に変えるというものらしい」


 立ち上がったナツメは周辺をウロウロと動き始めた。


 「実験を受け終わった美奈は、最初は普段通りに動き始めていた。ただ、数日後には体調が突如悪化して眠ったままになった。そのまた数日後には彼女は目を覚ましたものの、明らかに以前の彼女とは違う人間になって、ムンク側に付いたらしいのよ。……まあ、あくまで噂しか聞いてないから、本当のことは知らないけどね」


 「……にしては詳しいようですが」


 と波岩が壁と見つめ合うナツメに問いかける。数秒間合いが空くものの、返答することなくナツメは話を続けた。


 「彼女が目覚めた様子としてはあくまで人間と同じだけど……瞳の色が違う。人の瞳の色は普通茶色か黒……その他色々とあるけど、彼女の場合は瞳の色が紫色だったのよ」


 「それがどうして今回の事件と繋がりがあると?」


 美桜が怪訝に思いながら質問を口にした。ナツメはそんな彼女の顔を覗きながら、整った鼻先を指でなぞった。


 「その紫色の瞳こそ……殺人鬼の瞳に相応しいからよ。そのことに魅了されたムンクという、言ってしまえばマッドサイエンティストが、紫色の瞳をした吸血者を実験で生み出しているということ」


 「つまり、今起きた事件は一人の犠牲者で終わらないってことです?」


 と夕海。その彼女にナツメが「ええ」と頷いた。


 「これがまだオリジナリティーのある事件ならまだマシだけど……今回の事件は、十九世紀のイギリスで起きた一連の事件──切り裂きジャックによる事件を模倣しているなら、犠牲者はこれだけでは終わらないはず。しかもこの事件……私が思うには、なかなか厄介なことになりそう」


 「厄介?」

 と波岩。


 「ええ。一人目の被害者について、なつは何と言っていたのかしら?」


 そう言うと、忙しなく夕海が手帳を捲り始める。目的のページを見つけたのか、捲る手が止まり、手帳を持っていない片手で手を挙げた。


 「嘗て依頼してきた人物……とのことでした」

 「なら、次に起こる事件の被害者は──過去になつが関わった事件の関係者かも知れない。もしかたらもう……」


 と不穏な物事を匂わせるような口調でナツメが話す。事態が重く進んでいることに波岩は察していたのか、顔色を暗くしていると、美桜と夕海の二人は──大股でドアの方向へ向かった。その行動に波岩は首を傾げて「どこに行くんです?」と訊ねた。


 「決まってるじゃないですか。私たちを使ってその人達を調べに行くんですよ」

 と美桜が口角を上げて部屋を出て行った。


 「ではまた。また何かあったら連絡します」


 そう言い、夕海も部屋を出て行った。


 そんな彼女らを──地下水道の陰から、羽賀野なつは物怖じとした表情で見つめていた。

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