30 被検体
真夜中だが、人が忙しなく行き交う場所があった。
そこは誰の目にも留まることなく、ただひっそりとその建物は佇んでいた。建物自体は古そうに見えるものの、逆にそれがアクセントとなり、かつまるでファンタジー小説に出てくるような大きな建物が、一層非現実感を訪れる人々に感じさせる。
その建物の地下一階。そこである科学者が多くの人に指示を飛ばしていた。
「ムンク様。用意は出来ました」
そう言ったのは、ナンバー006だった。ムンクと呼ばれた老人の男性は「うむ」と頷いた後、どこかへ移動する。先程の大きな部屋を出て、直線に伸びる廊下を真っ直ぐ歩く。目の前に現れた部屋の扉で一度立ち止まると、ムンクはポケットから身分証を取り出した。
扉の横に付いてある物にそれをかざした後、ムンクは後ろから付いている人達と共に部屋に入る。
実験室と書かれていた部屋は先程の部屋より少し狭めだ。ムンクは真ん中で目を瞑っている被検体に近づいた。
「被検体に異常はないです」
と被検体の女性の隣に居た研究員──ナンバー667が言う。ムンクは「ああ」とだけ呟き、右腕を挙げた。その動作が合図となったのか、周辺の研究員たちが忙しなく動き出す。
「……辛いと思うが、頑張ってくれ。世のために」
被検体に語りかけ、その場から離れたムンク。その直後、被検体に激しい電流が流れ込まれて被検体の女性が「あぁ……!」という喘ぎ声に近い声を出す。
暫し、電流が流れ込まれる。
秒針が時を刻む。
そして、その時はやってくる。
被検体の女性はやがて声を出さず、ゆっくりと顔を俯かせた。一瞬周囲の人々は「またもや失敗か」と思われたものの、ゆっくりと顔を上げた時の瞳を見て──ホッと一安心をしていた。
無論それは、ムンクであっても。
彼は被検体の女性に近づく。瞳は綺麗な紫色をしており、宝石のようだった。蒼白な肌を持っている為だろうか、一段と瞳の色が強調されているように思えた。
「自分が誰だか……分かるかい?」
冷静な口振りで訊ねるムンク。すると、女性はゆっくりと口を開いてこう言った。
「はい。私は羽賀野なつという探偵を殺すために生まれた──特別な吸血者、〈紫月の殺人者〉として」




