3 秘密主義
「で、何から調べるつもりなんです?」
波岩は歩きながら隣のなつに話しかける。
まだ太陽が空の真ん中に位置している中、羽賀野なつと波岩奈里人は事務所から少し歩き、電車で数分乗った先に着いた場所──千代田区の水道橋某所を歩いていた。日本の政治や経済の中心区ということだけであり──そして、近くには東京ドームシティや後楽園ホールなど観光地が位置していることもあり、平日にも関わらず多くの人が歩道などを行き交っていた。
「まずはその恋人が吸血病だと診断された病院──まあ正確には違うけどな──に行って、男の情報を集める。その後に知り合いの狩人から男の情報を集め、最後に警察に出向くつもりだ」
「なるほどなるほ……って、知り合いに狩人がいるんですか⁉」
波岩が驚く表情を見せると、なつは「なんだ、知らないのか?」ときょとんとした表情になる。クールな見た目とは裏腹に目立つ猫のような大きな目が、波岩の目線を少しズラすことになった。
「お? この私に恋したのか?」
目線をずらしたことに妖しい笑みを浮かべるなつに対し、波岩は「違います!」ときっぱりと否定した。
「ちぇっ……つまんねぇ」
「つまんなくないです!」
唇を尖らすなつに波岩はツッコみを入れた後、横目でなつは「それに、あの時依頼人の血液を通して見た、あることが気になるんだよな」と小声で呟く。
「あること?」
「いや、気にしなくても」
──秘密主義……ですか。
羽賀野なつは自他共に認める鋭い観察力と高い推理力があるものの、その代わりに所謂探偵の見せ場が来るまでに仮説を披露することはない……つまり誰にも組み立て途中の仮説、もしくは出来上がった仮説を嬉々として披露することはない。波岩の知り合いの警察関係者はそんな彼女を秘密主義者の吸血者と呼んでいるらしい。
一応、波岩は〝なぜ途中で……もしくは完成した仮説を他人に見せないのか〟と当の本人に訊いたことがある。が、彼女は「探偵の見せ場が来るまで」とか、「先に他の人に言ったら推理の醍醐味がなくなるだろ」などと理由を何となくぼかしてきたのだった。
──何の為に……この人は探偵をしているんだろうか。
そう思っていると、「なにボケッとしてるんだ?」となつから波岩に言葉が飛んでくる。
「いえ、何も」
「あ、分かった」
「……?」
「私に惚れ込んでいたんだ……」
「だから違います!」