25 血で明かされる事実
「話ってなんだ」
ソファにふんぞり返って座る建英を目にしながら、波岩は「手短に済ませます」と慇懃に言い、視線を隣のなつに向けて話をするよう促した。
「あなたのことについてだ」
「俺のことか?」
怪訝そうに建英はなつのことを見つめる。が、そんな目線にもお構いなしに彼女は「何かあるのか? 事件に関することとか」と質問を飛ばした。
「……ねぇよ」
微妙な間合いの後に建英は小声で、かつ目線を少し逸らす。その様子に彼女は「あるんだな」と断言する。
「な、何を……」
「その微妙な間合い、小声、そして目線。それらの行動がお前の心理を表してるんだよ」
──キツい口調じゃない? この人。
内心心配しつつ、波岩はなつと建英を交互に一瞥しながら二人の話の流れを見守った。
「…………あぁ、あるよ。ただ、それは俺と息子との間だけどな──」
「まだ言い張るつもりか」
となつの乱暴な口調に思わず建英の舌打ちが弾ける。すると、なつは途端に「失礼するぞ」とだけ言い、建英の隣に異動した。彼女は数秒建英の小麦色に日焼けした左腕を見ながら、「良い腕してるんだな」と呟く。
「なんだ、さっきから」と建英は意味深な行動を取り続けるなつに対し、怪訝な目つきで見つめる。その時、彼の腕をなつが持ち上げてそのまま自分の口に運んだ。彼女の犬歯が建英の左腕──もっと言えば手首に突き刺さるのを波岩は見る。
「いった!」
思わず声を挙げるものの、なつはその口を離さない。異質な行動に建英は思わず憤っているのか──彼の顔が紅潮しているが、冷静な目つきで見定めてくる波岩を見て、建英はその場を動かずにいた。
「これはどういうことなんだ」
と建英は冷静な態度を取っていた波岩に目線をくべる。
「端的に言えば、あなたの過去を吸血行為で間接的に見ているのです」
「間接的に──? ま、まさか」
その言葉の真意が分かったのか、建英は思わず目をハッとさせる。
「意味を分かってくれてありがとうございます」
と一礼する。が、建英は「でもよ、もうあの一族は歴史上から消えたんじゃないのかよ」と呟いた。その言葉を聞いていたのか、なつの耳がピクリと動いた。
「それは僕に聞いても分かりません。ただ、言うとすれば──」
「言うとすれば……?」
「彼女がじんた──」
と波岩が言いかけた途端、波岩に妙な憎悪を抱いた目線を真正面から届く。その目線はどこだろう、そう思って波岩はキョロキョロとさせると、建英の隣に行き着く。そこに居たのは今まさに建英の腕を噛んで吸血行為を営み、彼の過去を血液で垣間見ていた──羽賀野なつ、彼女だった。
──怖っ。
波岩にとって今まで見たことのない目線──冗談でももう見ることはないだろう、さっき起きたことが冗談であって欲しい、そのような憎悪に満ち溢れていた目線だった。まるで誰かを一生恨んでやる──そう言いかねないような目線で、波岩は思わず怖じ気づいてしまった。
「……二度とその口を言うんじゃねえ」
地獄から這い上がってきたかのような、そんな低い声でなつが話す。あまりに大きい恐怖感で波岩はただ頷くことしかできなかったが──この瞬間から、彼にはなつを怒らせない方が良い、そして彼女の過去を踏み入ってはならない──と確信した。
五分経過する。時計の針が部屋の空気を揺らしていると、吸血行為を終えたのか、なつは建英の腕から口元を離した。その様子を見ていた建英は彼女の口に付いている血を持っていたハンカチで拭ってあげた。
「ああ、ありがとう」
一言礼を述べた後、元の位置に戻る。その様子を見ていた波岩は「何か分かったんですか」となつに訊ねる。
「ああ分かったぞ」と一度言葉を切って、息を吐く。
「建英という人間が──狩人をやっているときに〝いじめ〟を受けていたことが」




