23 情報交換
「何って、ただ私たちは依頼を受けてここに来ているだけだ」
ぶっきらぼうになつが言うと、美桜は少し唇を歪ませて腰に手を当てた。彼らの様子を一瞥していた夕海と波岩は苦笑した。
「どういうことなんです、波岩さん」
美桜がなつから視線を変えて波岩に訊ねる。波岩は「えと……えと」と戸惑いながらも答えた。
「実を言うとですね……」
「いや、答える必要はないと思うぞ」
「え?」
波岩が目をパチクリさせると、なつは「なんだよ、また考えてないのかよ」と悪態をついた。
「探偵には守秘義務があるんだぞ。口が軽い探偵なんて守秘義務がないのと同然だ」
──悪かったですね、口が軽くて。
不快感をどうにか顔に出さず堪えていると、「で、どうしてここに居るんです?」ともう一度だけ美桜が訊ねてきた。
「守秘義務に違反することなく答えるなら……いじめ問題の解決だな」
「いじめ?」
と夕海。途端に「あっ」と声をあげたまま、彼女は胸の内から手帳を取り出してペラペラと捲った。目的のページが見つかったのか、その場で読み上げようとした瞬間、美桜は「いや、話さなくて良いと思う」と口を挟んだ。
「え、どうして」
「だって警察には守秘義務があるんだから」
──似たような台詞をついさっき聞いた覚えがあるんだけど……。
なつに勝ち誇った表情で居る美桜の姿を見ながら波岩は少しだけ呆れていた。勝ち誇った表情を見せられたなつはそんなことなく、どこ吹く風かのようにどこか遠い場所を見ていた。
「まあ冗談はさておき……私たちは今、殺人事件を捜査しているのです」
「殺人事件?」
となつ。
「ええ。詳しくは言えないものの、事件の被害者がここの生徒さんなんですよ」
「なるほどな。良かったらその事件のことを……」
「厭です」
胡麻擂りをしながら近づくなつに対し、美桜はきっぱりと即答する。そんな夫婦漫才のような光景を波岩は見ながら、「その生徒さんって……こっちで捜査しているいじめ問題と何か関連しているんですかね」と訊ねた。
「それはしら……」
「ありますよ」
口を挟む夕海を美桜はジロッと横目で見るものの、気にせず彼女は手帳をペラペラと捲り始めた。特定のページを開けたのか、ページとページの間に指を挟んで話し始めた。
「被害者は岡慧という方で高校二年生だそう。死因は刃物による失血死で、凶器となった刃物は胸に突き刺されたまま放置されていたそうです。あと、首筋に──まるで吸血者が血を吸ったような痕跡が残っていたようで」
「吸血?」
となつが夕海に視線を向けて目を細めた。
「ええ。この事件について、いずれあなた方にお話ししようと思ったんですけど……その必要は無くなりましたね。ほら、こうして話してるし」
仰々しく夕海が両腕を伸ばした。その様子を見つつ、なつは「なるほどな」と顎を撫でながら呟く。
「ということは……今私たち調べているいじめと、その事件には何らかの関係が……」
「あるかもしれないし、ないかもしれない」
と美桜が言葉を受け継ぐ。数秒静寂な時間が彼らの間に流れると、なつが顔を上げた瞬間、美桜の表情に妙な戸惑いを浮かべた。なつの隣にいた波岩は美桜の表情を見て、何となくこの先何が起こるか察した。
「なぁ、情報交換と行こうじゃないか」
「……言うと思った」
なつに聞こえぬよう小声で美桜は呟く。そんな彼女にお構いなしになつは話し続けた。
「今私たちが調べているいじめの問題、狩人が関わっているんだ。彼らがこの問題に介入しているからか、この学校の人達は思うように解決出来ていない。──まあ実際、狩人たちに内緒で調べようとした結果、左遷された人もいるし」
「その人の元に行こうとしてたんです? お二人は」
「ああ」
間を待たずになつが即答する。そんな彼女を見て、波岩は少しだけ嘆息をついた。
──次はそこに行こうとしてたのか。何も僕に説明しなかったのに。
呆れつつ、波岩はなつの話を聴き続けた。
「で、そっちはどうなんだ? 何か情報でもあるのか?」
「ええ。そりゃあ」
と言い、躊躇いつつも美桜は胸ポケットから手帳を取り出し、ペラペラと捲った。目的のページが見つかったのか、彼女は人差し指を手帳の真ん中に置いて話した。
「基本的なことはさっき夕海が言った通りです。ただ、同時期にもう一つの事故……いや、事件がありまして」
「もう一つ、事件?」となつが目を細める。
「はい。そっちは恐らく自殺という線で片付けられると思いますが……とあるマンションで一人の男性が飛び降りたという通報が管内に入電したとのことでした。現場に到着した警察官が身元を調べたところ、その男性は高校生であり、氏名は川又茂樹という方でした。最初は事件性なしと判断されかけたらしいんですが、その被害者の父親が暴力を振う方らしいんです」
「暴力……つまり虐待か」
低く唸るなつに対し、美桜は「ええ」と手帳をパタンと閉めた。
「それで私たちに捜査をするよう、上司に言われたんです。その後、現場に出向いてあの被害者の父親に話を伺ったところ……『息子は俺の他に何か理由があるはずだ』って仰って居たんです。それで一応」
「なるほど。……でもそれって、虐待をしている親のよくある言い分だと思うけど?」
なつが首を傾げる。その様子に対し夕海は首を横に振った。
「多分これは私の勘なんですけど……亡くなった息子さんに何かあったんだと思います。虐待をされた事実の他の事実が」
「刑事の勘ってやつです?」
と波岩が口を挟むと、夕海は微笑んで「ええ」と首を縦に振った。
「まあまず、私たちはその父親に会いに行ってくるよ」
──何か勝手に決めてません? この人。
気づかれぬよう波岩は唇を小さく尖らした後、彼はなつの後を追って歩き始めた。その直後に美桜からある紙切れを渡され、波岩はそれを内ポケットに入れた。
そして、なつと波岩、美桜と夕海。それぞれの背中を見せずに各々の場所へ向かって行った。




