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2 依頼

 「それで、依頼は?」

 となつ。中央のソファで背もたれに寄りかかりながら、女性を見つめる。なつの目の前にいる彼女は少し咳払いをした後に話し出した。


 「簡単に言うと……私の兄を調べて貰いたいんです」

 「兄……失踪ですか?」

 横から波岩が挟むと、女性は「ええ」と頷いた。

 「失踪──ということは、貴女と兄の間に何かしらのきっかけがあったんです?」

 「いいえ」女性は首を横に振った。「私と兄──隆司とは何も問題は無いんです。ただ……ただ、最近、兄に異常な行動が見られたんです」

 「ほお」

 興味ありげになつは前のめりで聞く体制に入るが、目の前にいる女性は何やらモジモジし始めた。その異変に気づいた波岩は「どうされました?」と声をかけた。


 「……ああ、いいえ」

 「何か言いたくないことでも……あるんです?」

 波岩はそう言い、続けて女性に語りかけた。


 「大丈夫です。本来人に言いたくないことでも、僕たち二人は守秘義務がありますので──どうぞ遠慮無く言って下さい」

 「はあ」女性は躊躇いがちに吐息を吐いた。


 少し時間が経過した後、女性は「あれは──」と細い喉から声を出した。

 「仕事が夜遅くに終わって家に帰ってきたことなんです。帰りは夜遅くになりそうだから先に寝ててって先に連絡してたんですけど、帰宅した時兄の様子が変だったんです。なんかこう……誰かを待ちわびるかのように」

 「でもそれって……普通にあることなんじゃ……」

 と波岩が言いかけるが、女性は「いいえ」ときっぱりと放った。


 「私が付き合ってい……兄は、誰かに弱々しい態度を見せるような人じゃ、ありません。きっと……きっと何かに脅されているに決まっているんです」

 女性は強い口調で言い、波岩を鋭く睨み付ける。そんな様子をなつはただじっと見つめたまあ、「その後は?」と続きを促した。


 「その後……突如、兄は私の首に歯を立てて噛んできたんです」

 「……噛んで?」

 「はい」


 怪訝そうに波岩が疑問に思っていると、なつは「なるほどな」と女性の傍に移動しながら口に出す。女性は傍に座ってくるなつをきょとんとしながら見る。なつの網膜によく通った鼻筋とクリッとした目つきが映った。


 「なんでしょう」

 女性は首を傾げた。


 暫くなつは女性を見つめた後、今度は女性の白くて細い腕を優しく包んだ。その動作を、ただ波岩はジッと見ていた。

 

 「……えっ?」

 

 女性が声に出した瞬間、なつは彼女の手首に歯を立てて噛みつく。その様子を間近で、かつ自分の腕が今まさに噛まれているところを見て、女性は少し嫌そうな感情を表に出す。


 「ご安心下さい」


 女性は言葉の主──波岩に目を向けた。

 

 「僕の上司──羽賀野なつは探偵でもあり……吸血者でもあるのです」

 「吸血者?」

 「ええ。そして──彼女は相手の血液を通して過去を垣間見ることが出来るのです」

 まるで紳士のような口調で波岩が話すと、女性は「……そ、そうなんですね」と困惑そうに言葉を出した。


 波岩と女性の会話が終わった途端、なつは女性の腕から口元を離す。一度女性を一瞥した後、彼女はこう言葉を発した。


 「貴女……何か嘘をついてますよね?」 

 「嘘……って?」


 震えた唇で女性は話すと、なつは唇を拭いながら「貴女の兄って恋人のことですよね。しかも──」と話す。続けて、


 「しかも、その相手は話を聞いている限り吸血病に冒されている人であり……狩人にも追われている身でもある」

 「……狩人?」


 波岩が少し首を傾げると、「なんだ、知らないのか?」となつは挑発的に波岩を見た。

 




 ──ムカつくな。

 





 そんな悪態を波岩は内心仕舞う。「そんな波岩の為に解説してあげよう」となつはコホンと空咳をした。

 「狩人とは、吸血病に冒された患者たちを次々に隔離施設へ移送していく人々のことであり、正しくは隔離施設職員なのだが……まあ、彼らが少し厄介なんだよ」

 「厄介?」

 「そうだ。彼らは吸血病患者を人として診ていないことが多く……結果、移送中に亡くなったり、移送された先の隔離施設で亡くなったりすることが多々あるんだ。恐らく、彼らによる虐待が原因でな」

 苦々しい表情になりながら語るなつ。

 「それで……なんで彼らは狩人って呼ばれているんですか?」

 「え、貴女も知らないのか」

 




 ──少しは配慮をしろよ。

 




 と波岩はなつに対しまた悪態をついていると、彼女は「狩人と呼ばれている理由はだな……」と話し続けた。

 「先に言った通り、彼らは移送中や施設内で吸血病患者たちを虐げているんだ。人間ではない、此の世のものの存在ではない何かを見つめる拍子で虐げる。そして、患者は亡くなっていく。そのことから彼らは狩人と呼ばれているんだ。……それに、もう一つ呼ばれる理由があって」


 「もう一つ?」と女性。

 「ああ。彼らは患者を輸送する時にある物を首に打つんだ」

 「あるもの……あ、薬のこと?」

 波岩は思いついたような口調でなつの言葉に挟むと、彼女は「そうだ」と頷き、まるで首元に注射をするかのような動作をした。


 「吸血病患者は感染源のM細胞に感染した結果、本来人間にはない吸血衝動が現れるだけではなく、異常なまでに身体が強靱化され、かつ動きも俊敏になるんだ。そのため、彼らが逃げられないように狩人たちも人間用の強化薬を首に打ち、患者を捕えるんだ」

 「なるほど……でもなんでそこまで詳しいんです?」

 波岩が問いかけるが、「さぁな」となつは答えをはぐらかした。


 「ともかく……一度話がズレたが、要するに君の兄……いや、恋人。しかも失踪して追われている身である恋人を捜して欲しい。そういうことだな?」

 最後に確認するように女性に言うと、「ええ」と頷いた。


 「そういうわけで……この依頼、承った」


 と羽賀野なつは高らかに女性の──波岩の目の前で宣言した。

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