18 捜査
「被害者は川又茂樹という男性で、高校生だそうです。近くにあった生徒手帳から分かりました」
現場でサイレン音が響かせる中、夕海は少し大きめな声で美桜に報告をする。その話を聞きながら、美桜は顎を撫でながら目の前に倒れている屍体を観察する。
「被害者はこのマンションから落ちたんだよね」
「ええ、そうらしいです」
「動機は……置いておいて、自殺かな」
「恐らく」
夕海は手帳をしまいながら話す。美桜はそんな夕海を見ず、一人で被害者が落ちたであろうマンションの入り口に向かった。夕海は植物性が豊かな入り口を観察しつつ、その後を追った。
「現場に到着した機捜による初動捜査だと、被害者には父親のみで、家族が居ないんだとか。そんな父親とは仲が悪く、虐待を受けていたそうです」
「……」
美桜は七階の廊下を歩きつつ、夕海の話を聞いていた。被害者は父親と共に七階の703号室に同居しており、その部屋で事ある度に虐待を受けていた──と近所の方の証言を、取り調べをしていた機捜が聞いていた。
「それと、一つ気になることがあるらしく……」
「一つ気になること?」
美桜はその場に立ち止まった。その動作に釣られて、夕海も立ち止まる。
「はい。被害者……どうやら吸血病を以前発症して吸血者になっていたらしいんです」
「え?」
目を丸くさせる美桜を見つつ、夕海は話を続けた。
「別の近所の方によれば……毎晩、どこからか血を吸う音が聞こえてきたんだそうで。その音はどこから聞こえてきたかは知らないものの、あの被害者によるものなのではないか、と真偽が定かではないものの、そんな噂話が広まっていったそうで……。まあ、単なる噂話ですから、そんなにお気になさらない方が──」
「でも、一応頭の片隅に入れた方が良いかも」
「え?」
夕海が首を傾げると、美桜は「ほら、毎回あの人言ってるじゃん」と表情をニンマリとさせた。
「全ての不可能を消去して、最後の可能性がたとえ奇妙なことであってもそれが真実だって」
「それ……羽賀野さんのですか」
「いや、シャーロックホームズの名言」
──何気になつさんの考えを受け継いでいってるんだよね……、美桜さん。
美桜は夕海の二個上だ。つまり先輩ではあるものの、彼女曰く〝先輩呼ばわりされたくない〟そのため、夕海は敢えてタメ口で話している。夕海は本来相手の立場が先輩であるならば、敬語を推奨すべき──そう考えているものの、相手が〝先輩呼ばわりされたくない〟といっている以上、従う必要があった。
そして──何より、美桜は夕海と比較して推理オタクだ。かの有名なシャーロックホームズに無論憧れており、幾度と事件解決の依頼をしている羽賀野なつにも恐らく──憧れているのだろう、そう思いながら、夕海は美桜の背中を見続けていた。
「何を見ているのよ」
「いや別に」
「なんか考え事でもしてたでしょ」
「特に」
「そう」
と言い、美桜は正面に視線を向ける。そこには被害者とその父親が住んでいたであろう──703号室と書かれていた。美桜はドアベルを鳴らし、慇懃に「警察の者なのですが、よろしいでしょうか」と言う。手元には二つ折りの警察手帳が握られており、隣の夕海もまたそれを握っていた。
扉が開くと、そこから出てきたのは顔の濃い髭面の男性だった。無精髭と濃い皺がより一層年齢を感じさせ──そして、短髪ながら白髪が混じっていることもまた年齢を感じさせた。何より、二人の目を惹いたのは鋭い右目の横にあった抉られた傷跡。その傷跡を気にしつつ、「何の用だ」と男性が低い声で訊ねられ答える。
「この近くで事件がありまして」
と美桜は警察手帳を掲げながら慇懃に言う。その隣の夕海も同じ動作をした。
「事件?」と男性の眉間の皺が深くなる。
「ええ。よろければ少し良いでしょうか」
「構わんが……。まあ、入れ」
と言い、男性は中に入るよう扉を大きく開いて促した。二人は「ではお構いなく」と言い、軽く一礼をして中へと入っていった。