17 初夜
「おい立てよ」
自分の父に無理やり立たされる僕は、できるだけ彼奴に顔を向けず、下を向いたまま立ち上がる。その視線に言わずもがな父も気がつき、「なに下向いてるんだよ‼」と僕を怒鳴り、その勢いで頬をピシャリと叩いた。
──痛い……。
そう思いつつ、僕は父の説教を聞いた。強面で、年はもう五十近くになったからか髪は薄くなっており、両腕には龍の刺繍が彫られていた。
僕は彼奴が握っているものを見た。僕が散々苦手としてきた数学だ。今回も全然できなく、点数が思うように伸びなかった。
怒られて当然かもしれない。それは僕も思う。ただ、叱られるのはまだ良しとしても暴力を振られるのは流石に容認できなかった。
だけど──、それを言える自信がなかった。
「どうしてお前はこんな点数ばっかり取ってくるんだ‼ 情けない事にも程があるだろ‼」
──まただ。また、僕は彼奴に叱られている。
「お前聞いてるのか‼」
と彼奴は僕の腕をひっかく。頭を叩く。振る。叩く。振る。ひっかく。叩く。振る。ひっかく。──その繰り返しで、僕のメンタルは。
「とりあえず、暫くお前はそこに居ろ」
と言い、彼奴は僕をベランダに追いやり、そのまま窓を閉めてしまった。錠を閉められた以上、ここから出る方法はない。
──もうイヤだ。もうこんな人生、やめたい。
死にたい。
死んでしまえば、こんな人生……終わる。
オワル。
そう、オワル。
僕はいつの間にかベランダの手摺を掴んでおり、登ろうとしていた。
この動作を止めるつもりはない。
だって、イヤだから。
イヤだもん、こんな人生。
良い成績に振る舞わされず、クラスでもいじめの対象。顔もあまり良いと思えず、ただ平凡と暮らしていると指差される。陰口を言われる。そんな人生、誰が生きたい?
イヤだ。
イヤだ
イヤ
イヤだ。
僅かな幅の手摺に登った時、冷たい風が僕の頬を擦った。誰かの声が聞こえた気がするけど、気にしない。もう、僕は止められない。誰にも、止められない。
ゆっくりと──。
ゆっくりと──、僕は地面に吸い込まれるように落ちていった。