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15 事件の真相・後

 「入れ替わり……というより、正確に言えば一人二役だけどな」


 顔の横でぴょこんと立てたなつは楽しげな口調で話す。波岩や当事者二人以外の──刑事二人にとって首を傾げる事態だったが、気にせず彼女は話し続けた。


 「どういう訳で一人二役を演じているかは分からんが……まあ恐らく、私たちを攪乱させるための策だろうと思う。特に私を欺く為の──算段だと思うがな」


 荒い鼻息をなつは鳴らす。まるで挑発するかのような態度に目の前の女性は顔を歪めたものの、すぐに「何が欺く為の算段よ」と軽くあしらった。背もたれに深く座る様子を一瞥しながら、「ふうん?」とわざとらしくなつは首を傾げた。


 「欺く為ではないと言うなら──別の目的が?」

 「欺く目的ではあるの。ただ、対象が違う」

 「対象?」と波岩。

 「ええ。本当は〝あの男〟を嵌めるための策だったけど、隣に居るあいつのせいで対象を変えざるを得なかったのよ」


 エリは扉のすぐ近くに居る女性を顎でしゃくる。雑に指された彼女は口を真一文字に結んだまま、ただ棒のように立ち尽くしていた。


 「つまり……」美桜が会話に横槍を入れる。「本当はあの男──光昭さんを欺き、殺す為の算段だったけど、急遽計画を変更して私たちを騙そうと」


 「そういうこと」


 鼻息を荒く鳴らしたエリは椅子から立ち上がった。スラリと綺麗に伸びた脚が波岩の瞳に入る。


 「私はあの男が憎くて……憎くて……どうしようもなかったのよ。私をこんな目に──こんな人生にさせといて、あいつは悠々と人生を満喫している。我慢ならなかった。だから殺したのよ」

語るにつれ彼女の右拳が強く振動しているのを、美桜は一瞥した後に「……そんなことで人を殺すなんて」と口を開く。すると、部屋中にピシャリと怒号が飛び交った。その怒号の先を部屋に居る皆が視線をくべると、先程まで棒のように立っていた女性が顔を紅潮させていた。


 「あら……何を怒ってると思えば……」


 エリは挑発するように口角をシニカルに上げる。が、そんな彼女に目をくれることなく──エリカはエリの元へ大股で向かった。そして──彼女の頬を思い切り、叩いた。


 「……何するのよ」


 低い声でエリは目の前の女性を圧倒させるものの、エリカはその口調に物怖じともせず、一息吐いて口を開いた。


 「私はもう〝エリカ〟じゃない‼ 私は光昭さんの妹で花恋なんだから‼」

 「だから?」

 「は?」

 「だから何? あの男の妹だからなに? それで赦されると思ってるの?」


 鼻息を荒くしながら、早口で捲し立てるエリ。その様子をガリガリと頭を掻きながら「お前は何が言いたいんだ」と舌打ちを鳴らしながらなつは話す。


 「はぁ?」エリカ──もとい光昭の妹と名乗った花恋はなつとの間合いを勢いよく詰め、椅子に座っているなつを睨み付ける。そんな彼女を見たなつはプッと笑った。


 「語彙力失うんだな。お前って」

 「……」

 「イヤねぇ……私はそんな状況じゃあいつに喧嘩売っても意味ないって言ってるんだ、私は」

 「……どういうことよ」


 低い声で訊ねた花恋は目をスッと細めた。なつは椅子から立ち上げ、スラックスのポケットに白い手を突っ込んだ。


 「あの女に対し、お前──ではなく君は兄を殺したことで恨みを持っていた。それだけではなく、君を利用して兄を殺したことに物凄く腹を立たせていた。そして、エリカという女性もまた──エリによって殺害された。その事実を君は不満として伝えるべきなのではないか?」


 「待って下さい。エリカさんって亡くなってるんですか」


 夕海が唐突に声を挙げる。きょとんとした表情になつはなるものの、「ああ……しっかりと説明してなかったな」とおどけて見せた。





 ──いや、そもそも説明の工程もなかったと思うんだけど……。





 呆れる波岩をなつは横目で見つつ、彼女はコホンと咳を鳴らした。


「と言ってもしっかりと説明することもないけどな。エリカという女性は此処に居る花恋と同様、エリに恨みを持っていて彼女に対し反旗を翻そうとしたものの──結果として返り討ちに遭い、殺害されたと考えられる。まあ、これはあくまで私の推測で証拠も何もないんだけどな」


 少し肩を落とし、なつの簡単な説明が終わる。すると、「証拠ならあります」と花恋が彼らの間にあるテーブルに血に塗れた包丁を置いた。その包丁を目にしたエリは顔を歪ませた。そのエリの表情をしっかりと美桜は見ていた。


 「その凶器は……エリがエリカを殺害した凶器ですか」


 と夕海。全員が分かりきっていることだが、念の為に確認をする。「ええ」と花恋は頷くと、「どこから手に入れたのよ‼」とエリは大声を上げた。


 「あれ、意外と視野狭いのね。あなたが家に居ないときを見計らって、こっそりと盗んできたのよ」

おどけて見せる花恋に対し、エリはギリギリと歯軋りを立てる。その証拠を白い手袋を嵌めた夕海は「この凶器は私たち警察の方で調べ……」と手に取りかけた途端、エリはその包丁を勢いよく取り、人質として花恋の首筋に当てた。


 「動くな‼」

 

 部屋中を轟かせる怒号と共に動きを止めるなつや波岩、そして刑事二人。エリは大きく舌打ちを鳴らして「……どいつもこいつも私の邪魔を……」と包丁の柄を強く握った。人質に捕られている花恋は上手く悲鳴をあげられなかった。


 「早まるな」


 波岩は一言述べるものの、それは彼女にとって逆効果だったのか──顔を思い切り歪め不快感を露わにさせた。


 「あなたに何が分かるのよ‼」


 唾を吐き捨てるかのように怒号を飛ばすと、波岩は一瞬だけ耳をピクリとさせた。「あ~あ、怒らせちゃった」というなつの余計な一言が彼の耳に入るものの、波岩は気にせずエリの目を見続けた。


 「まあ、分からないよ。君の気持ちなんて。考えなんて」

 「でしょ? だったら──」

 「だが君の行動には分かりかねないな」

 「はぁ?」


 大声でエリが不満を露わにする様子を間近で見つつ、なつは「恨むことは別に罪なんて存在しない」と顔の前で手を振った。


 「だが、人を恨んで〝殺す〟のは間違いだ。恨んだり……怒ったり……悲しんだり……人間には色々な感情というものが存在する。別にそれらの感情を出すことに異論は無論ないし、人間のある意味生理現象の一種だ。が、感情を出してその後に人を殺めてしまった場合はまた別だ。感情を抑えきれなくなり、理性のコントロールを失った君に何の損得を考えずに人を殺した。光昭という、恨みのある人物でも殺すことはいけないんだ」


 「それは分かってる! でも抑えきれない!」


 なつの早口言葉をエリは一蹴するが、構わずなつは話し続けた。


 「ああそうだ。君はあのような過去を経験したからこそ、感情を抑えきれなくなった。だがな、他の出来事はどうだ?」

 「他の出来事?」


 少し苛立ちの籠もった口調でエリは首を傾げる。


「ああ。よく考えてみろ。それが君の下した〝判断〟だ」


 なつは端的に述べた後、一息ついた。その彼女の言葉に反応したのか──それとも、何か別のことを思い 出してのことなのか──は分からないが、彼らの目の前で、エリは脱力するかのようにその場に崩れ落ちた。


 そして──彼女の、泣き声が部屋中に響いた。

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