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13 事件の真相・中・回想


 ──あれは私がひめゆり園の職員として働き始めたばかりの頃だった。


 あの施設で働き始めた頃の私は働くことにとても意義を感じており、ひめゆり園に入所していた方々──吸血者たちを必死に世話をして働いていた。


 そんなときに出会ったのが、光昭という男性である。

 

 彼とは同期であり、普段から話をしているほど仲が良かった。入所者達にとても慕われていたし、周囲の職場の人達からも同じように慕われていたため、私は彼に対し尊敬の気持ちを抱いていた。


 そして、そんな彼に対し──私は異性としての意識を持ち、好意を抱いていた。


 最初の頃はただの同僚だと思っていた。だけど、次第に彼と日々を過ごしていく中で、人柄の良さや周囲に対しての接し方、そして私への優しい接し方……などで私はいとも簡単に恋に落ちてしまった。


 彼は世間に居る男性とは何ら風貌は変らない。寧ろ平凡すぎる程のビジュアルだった。それでも、私は彼に好意を抱き、次第に付き合い始めた。所謂、職場恋愛という形だ。


 その後の仕事も、恋愛も、全て順調だった。

 順調だった。




 ──あの出来事が起きるまでは。




 あの出来事が起きる時、私は夜勤だった。いつものように入所者たちの世話をしていると、緊急の電話がひめゆり園に入ってきた。その電話は道端で倒れていた男性が吸血者だと言い、身元が分かるようなものを持ち合わせて居なかった為にひめゆり園へ搬送して欲しい──という依頼だった。私はその依頼を受け、当時一緒に勤務していた他の夜勤の人達と夜間の出入り口に向かった。


 夜間の出入り口は通常の出入りとは異なり、あまり多くの人が行き交う場所ではない為か──少し狭まった場所であった。が、搬送されることを想定されていたのか、ストレッチャーが動かせる程の広さはあった。


 数分経過すると、目の前の両開きの扉が開く。そこから現れたのはストレッチャーと両脇にいる──所謂狩人から見た下っ端の男性。彼らは狩人ではないが、狩人になるために一定期間見習いの期間が与えられる。その期間の彼らは行き場の失った吸血者を周辺の保護施設に搬送するという仕事を行う。

私はそんな彼らに近づき、「状況はどんな感じですか」と訊いた。


 「特に外傷は見当たらないのですが……記憶喪失の可能性があります」

 「記憶喪失……」


 そう言い、私はストレッチャーに乗っている男性を見た。その顔に見覚えがあり、脳裏に私が付き合っている男性の姿が霞んだ。


 「……まさか」

 

 まさかとは思った。けど、この世の中、吸血病を発症する可能性だって幾分かあり得なくはない。どうして突然発症するかは不明なものの、彼らに血を吸われなければ基本的に大丈夫だという──そんな迷信が私たちの頭の中に入っていた。


 「光昭さん……」

 「え?」

 と近くでストレッチャーを運んでいた人が呟く。その人の名札を一瞥すると、そこにはタダと書かれていた。


 「その人、私の恋人でもあり……ここの職員なんです」


 そう言った途端、周囲の空気が一気に冷え込んだ感覚が素肌で伝わった。だがそんなことに今は気を取ってはダメだ、そう思って自分の頬をピシャリと叩いた。

 早歩きで──私は緊急の個室に光昭をストレッチャーで運んだ。


 ◇


 「それじゃ、また後で様子を見に来ますね」


 私は光昭が搬送された病室を後にして、病室を出て行く。その去り際にチラリと恋人の顔を一瞥して頬を優しく触れた。

 コツンコツンと夜の廊下を歩く。窓からは一切の光が差し込まず、中の照明だけで廊下は照らされていた。私はそんな無機質な廊下を歩きながら、だだっ広いエントランスを横切る。そしてすぐに右の扉を開け、自分たち職員が使っている部屋へ入っていく。


 「お疲れ様」


 そう言ってきたのは、一個下で同僚のサカヅキという男だった。肩幅が広いせいか、既定の制服が少しキツく着ているかのように思えた。


 そんな彼を私は軽く手を挙げて「ありがと」と呟いた。今は夜勤で頑張らないといけないのだが、少し前の緊急搬送で蓄積した疲労を少しでも回復したかったため、私は窓際にあった革製のソファに横になった。


 「大丈夫か?」

 とサカヅキが話しかけてきた。私は横になったまま「大丈夫」と声に出した。


 「なら良いけど……。今さっき運ばれてきた人、聞いたんだけどさ」

 「光昭だよ」

 と私は即答した。聞かれることぐらい、分かる。


 「あの人……何があったんだろうな。しかもなんで突然吸血病を発症するのやら……」

 独り言のように男は呟いた。私は重い身体を持ち上げ、ソファに座り直した。私を見つめてくるサカヅキを視線に据えながら、


 「さあ……私には全く。何にせよ、吸血病なんて未知の領域があるからね」

 「そうだな。まあそこら辺の研究は専門家に任せるとしよう。俺たちはその分野の専門家じゃあるまいし」


 黙々と私は頷いた。


 そうして、私は彼と暫くの間雑談を交わした。

 

 もう回復したことだろう──そう思って時計を一瞥した頃、どこからか悲鳴が聞こえた。甲高い悲鳴で時間帯が真夜中だったこともあり、よく聞こえ、はっきり聞こえた。


 私は「ごめん」と一言サカヅキに述べ、部屋を出た。


 先程来た道を早足で戻る。


 なぜか胸騒ぎがする。


 どうしてだろうか。


 すぐに向かわないと、大変なことになりそう。


 予感。


 確信ではなく、予感。


 予感だけど、確信のような。


 そんな気がした。


 目的の病室に辿り着く。扉の目の前で深呼吸して、ドアノブを握ろうと手を近づけさせる。すると、中から甲高い悲鳴が聞こえる。女性。


 勢いよく扉が開くと、中から飛び出てきたのは女性だった。名札にはミツキと書かれていた。私は華奢な体つきをした彼女に近寄ろうとするが、すぐにミヅキは立ち去ってしまう。その小さな背中を一度一瞥した後、私は部屋を見た。



 そこに──光昭がいた。



 ただ、それは私の知っている彼ではなく──。


 見知らぬ彼だった。


 橙色で染まった双眸。敵意に満ちた鋭い目つき。犬のように鋭く生えた犬歯。ゆっくりと顎を上下に動かす彼を見て、私は震えた。


 怖かった。彼が──まさか、まさか吸血者になるなんて。それに人を──私を襲おうとするなんて。

想像するだけで怖い。


 後ずさりを始めようとした時、私は咄嗟に首を横に振った。




 ──ダメだ。此処に居るのは私だけだ。彼を止めないで……他に誰がいる。




 思い切り頬を叩く。ピシャリと気持ちいい音が廊下に響いた後、私は決心して、彼の待つ部屋に入った。男は依然私を睨み付けたままであり、いつでも逃げられるよう私は腰を落としながら進んだ。


 「……光昭」


 ポツリと男の名前を呟いた瞬間、男は私に飛びかかった。咄嗟の行動だったが、私はうまく彼の行動を躱した。──が、次の襲撃に私は足を縺れさせて転倒してしまう。その動作を見ていた男──光昭は私に擁護するかのように抱きついてきた。


 「やめて! 光昭さん!」


 咄嗟に叫んだ。すると、


 「……ごめん」


 と聞き覚えのある声が微かに耳元で聞こえた。

 光昭の声。


 だとしたら。

 

 そう思い、私は恐る恐る抱きついている男の目を見た。その目は橙色の双眸ではなく、人間の目──茶色の双眸をしていた。


 そのことに私は安堵を覚えながらも、左肩周辺で感じていた痛みに違和感を少し覚えていた。先程までは感じていなかった痛みだが、今になってなぜか痛みが出ていた。なぜだろう、そう思って少し左肩に視線を向けた。


 そこに写ったのは、光昭が自らの犬歯を使って自分の血液を吸っているところだった。吸血者で最も代表的な特質である──吸血。その行動を、私は今、間近で見ている。


 「……光昭?」


 そう呼びかけたが、彼はびくともせず私の血液を吸っていた。



 「ねぇ」






 「ねぇ!」






 「ねぇってば‼」





 いくら肩を揺さぶって叫んでも、吸血を止めない。どうしたら良いんだろ……。そう思ったが、私は痛みの後徐々に感じる気持ち良さに心地良いと思っていた。


 なんでだろう。吸血と言われて気持ち悪さを感じるのに、いざこうして血を吸われた時に嫌悪感は一切伝わってこない。それどころか、気持ちよくてつい心地良く、ずっと血を吸われていたい──そう思っていた。


 頬がほんのりと熱く感じる。




 ──はぁ……。




 彼の横顔。無我夢中になり、彼は私の血液を吸う。


 これがいけないことは分かってる。


 これが吸血病を発症してしまうことは分かってる。


 だけど──。


 だけど──。





 彼は私にとって恋人だ──。

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