#84「第2ラウンドと行きましょう♪」
タニブ市内。
パン屋に戻ったスダチは店を飛び出し再び市街地を駆け抜ける。
やどりんが彼の左肩にしがみ付いたままで、スダチは両手で布に包まれた1メートルほどの物を抱えている。ミルクベーカリーで彼の自室から掘り出した物だ。
街中をぴょんぴょんと駆け抜ける中、
「スダチさ〜ん!!」
「「うわっ!!?」」
正面から、ウンギャンが飛んで来た。スダチが店から折り返した事で、遅れて来たウンギャンは漸く合流出来た。
突然のエンカウントで2人がビックリした直後に、ウンギャンはそのままスダチの顔面に衝突。覆い被さる様に彼の顔にしがみ付いた。
「ちょ、あぶねーだろ!」
彼の左肩方から、やどりんが身を乗り出し、根っ子を伸ばしてへばりついてるウンギャンを引っ張り剥がす。
「・・・。ぷはっ、ウンギャンさん、右肩の方へ・・・」
「は、はいっ! ごめんなさいギャン!」
ウンギャンは速やかにスダチの右肩に飛び移った。位置についたウンギャンは問いかける。
「スダチさん、貴方は一体・・・?」
「・・・。犬村家はイヌガミギアを託された犬神御八家の一つ。犬村家は代々シノビの家系でした。シノビ・・・、ワタノの特殊諜報員です」
「犬神御八家・・・」
ウンギャンはその後口を噤み、彼の話を聞き続けた。
「この家に生まれた故に、僕は幼い頃から特殊な訓練を受けさせられました。だけど、僕には覚悟がなかった・・・。祖国のためとは言え、人を騙し、人を殺す覚悟が・・・」
スダチの手に力が籠り、震える。
「いくら訓練をつんでも、僕にその仕事が出来る筈がない。スパイ先で正体がバレて僕は捕まった。失態をして死ぬはずだった僕を助けてくれたのがノーラでした」
「ノーラ?」
やどりんが聞いた。
「妻です。カオリの母。妻と出会った事で僕はあの時生まれ変わった。カオリが生まれて幸せな時間が続くはずだった。だけど失態をして掟を破った僕を家は許しませんでした。唯一理解してくれたお婆様が追い出す形で僕らにイヌガミギアを・・・」
「どうしてばーさんは、イヌガミギアを?」
「・・・。時代重ねるごとに伝説は薄れて、犬神少女はプロパガンダとして利用されて来ました。それを嫌っていたお婆様は家を継ぐ為の道具に成り果てていたイヌガミギアを、「本当に相応しい者に与えろ」と言って僕らに託した。一族の追手から逃げる事に精一杯で、ノーラはカオリを庇い、巻き込まれた橘さんも・・・。結局僕だけが生き残ってしまった」
「・・・」
「・・・。でも、カオリちゃんは無事だったギャン」
「はい。生きていてくれて嬉しかった。犬神少女になっていたのはびっくりしたけど・・・でも本当は犬神少女なんてなって欲しく無かったんです」
「どうしてですギャン?」
「イヌガミギアを手にした事で、また娘が家の抗争に巻き込まれてしまうのかと思うと・・・。彼女はそのまま関係ない所で平和に育って欲しかった。それに今更ながら、僕は再会したことを・・・」
続きを言おうとしたスダチを遮るようにやどりんは彼に言い聞かせる。
「よせ、スダチ。アンタが心配している事は分からないでもない。でもな、アイツは守りたい者の為にイヌガミギアを手に取った。一度手放した事もあったが、ぐらたんやネビロスに会って再びアイツはイヌガミカンとして戦う事を決めたんだ。辛い事も悲しい事があってもアイツは前を向いて今の旅を続けている。家のしがらみじゃない・・・アイツの意思だ。アンタだって逃げずにそんなもんを持ち出したんだ。アンタも同じ気持ちのはずだぜ」
「・・・。そうですね。娘が決めたことなら・・・、僕もッ!」
布で包まれた物をギュッと強く握りしめ、犬神少女の元へ急ぐのだった。
☆☆☆
真っ暗だ。
ここは、一体・・・。さっきまでルビィー・ホーンと戦っていた筈だ。
闇の中から誰かの両手が伸び、自分の頬に触れた。
「おやおや、貴方は誰かと思いきや、かの有名な血塗れの猟犬ヴィルの娘。貴方とカオリが共にいるなんて、何という運命の巡り合わせなのでしょう!」
ミントの目の前に二つの目が開いた。真っ赤な瞳が爛々とさせながら、見つめてくる。
「それにしても、とても深い闇をお持ちのようで。魔界に取り残された天使達が追い詰められ、貴方達の学舎に逃げ込んで来た・・・アレは悲惨な事件でしたね。だから貴方はカオリと過去の自分を重ねて心を乱していたのですね」
鼓動が速くなり、呼吸が乱れてくる。全身から汗が吹き出して、あの忌わしい事件がミントの中で蘇る。
「もう誰も失いたくない故に貴方は兵士になることを決意した。なぜでしょうか? 別の選択もあった筈なのに貴方は戦う道を選んだ・・・。本当は、貴方は血を求めているからなんですよ」
真紅の目が眼前に迫る。
「貴方は嘘に塗れている。自分さえも自分で騙し、闇に深く閉じこもっている。・・・私が貴方を闇から解放して、苦しみから救い出してあげましょうっ!」
☆☆☆
「クククッ」
大鎌を手にしたミントは不気味な笑い声を出す。
ミントはルビィー・ホーンに取り憑かれてしまった。
後方で、ミルクを下敷きにしたネクロプライヤーが驚きの声を上げた。
「バカな・・・、どうなっているっ!?」
なぜこんな事になったのか理解出来なかった彼に、ミントは振り返って答えた。
「おやおや、その技を本当に理解した上で私に使ったのですか?」
「何っ!?」
「ネクロ・ミューティレーション。ナベリウスが開発した死霊魔術。肉体から魂を完全に切り離して取り出す画期的な術です。だけど、私は既に肉体がありません。霊体は破壊されましたが、引っ張り出す物は無く、ただ私を掴んだだけに過ぎません。間接的ではありますがプライヤーを通して魂に触れている事になります。なので相手の心に容易に入り込むことができるのです。既に心当たりがあるのではないでしょうか?」
「・・・」
言われてみれば、アクムーンではなんとも無かったが、オーヴァンの時は彼の心が流れ込んできたのを思い出した。
「だが、なぜ僕じゃ無くて、ぐらたんに!?」
「あはははははっ! 出来るならやってますよ。貴方は結界で守られているから触れることが出来ませんでした。それでプライヤーを手にしたこの子の体を貰ったのです」
ミントは大鎌をクルクルと振り回す。ネビロスは愕然とした。
過信しすぎたのだ。絶対的な技にあった穴に気づかなかったネビロスの判断ミスである。
「くっ・・・」
「良いですね~、中々体が思う様に動かせる。クククっ、貴方はそこで何も出来ず見てなさい。総裁の元に連れて行くのは後です」
「よせっ!! アギャン、頼む起きてくれ・・・っ!」
プライヤーから元に戻っても、やどりんのドローンじゃ何もできない。二人を止めるために、気を失っているミルクに必死に呼びかけるネビロス。
それを笑いながらミントは向き直り、ミカンへ近づくのだった。
「さて、カオリ。お待たせしました。第2ラウンドと行きましょう♪」
ミントは大鎌をミカンに向けた。最悪の事態になった。あの時の悪夢の再来だ。
またしても友達同士で傷つけ合う事になり、ミカンに再び恐怖が襲う。
ミントが近寄るたび、ミカンは一歩一歩ずつ下がって行く。
「どうして・・・、どうしていつもアナタは、こんな事をするのっ!! 何処までアナタは私をこんな目合わせれば気が済むのっ!!?」
ミントは笑顔を向け、一気にミカンに迫る。
「どうして? 私にとって貴方は特別な存在だからです」
「私はもう・・・、たくさんよっ!!」
白熱した大鎌が横から薙ぐ。
白い一閃を悲痛な顔をしながら身を屈めて回避した後、両手にミカンクナイを持ってミカンは飛びかかる。クナイを振るうが、狙いが甘く擦りもしない。続けて繰り出すが、ミントは最小限の動きでミカンの斬撃を交わした。
「良いですね! 昔の貴方に戻って来ました! でもちゃんと狙ってください」
大鎌の柄でミカンの右腕を打ち、クナイを叩き落とした。そしてミントの回し蹴りがミカンの右脇腹に食い込む。
「がはっ・・・」
吹っ飛んだミカンは2、3回地面を転がる。
受けた斬り傷は再び開き、血が滲んでドレスを湿らせた。
「カオリッ! 止めろ、ぐらたんっ! カオリのことが分からないのかっ!!」
なす術が無く、二人の戦いを見ることしかできないネビロスはぐらたん自身に呼びかける。
手も足も出せないネクロプライヤーをミントは一瞥し、
「無駄ですよ、この子の意識は我々の中にいます。体は完全に私のものです」
そして前方にうずくまるミカンへゆっくり足を進める。
ミカンは傷口を押さえながらゆっくり体を起こした。
「特別な存在? ・・・なら傷つくのは私だけで十分なハズ」
ミントは表情を崩さずゆっくり歩いてくる。
「貴方の魂をもっと輝かせたいからです。極大の輝きを見せた魂が一番の狩り時なのですよ。自身の苦しみよりも他人の苦しみの方が、効果的なスパイスになるのですから」
「くっ・・・・!!」
「貴方の怒り、悲しみ、絶望に片足を突っ込んだ状態でも尚、輝く魂が一番おいしい! その魂を喰らうことで私は、あの厄災の魔犬を超える存在になるのです!!」
ミントから狂気が溢れ出す様に赤黒いオーラが吹き荒れる。
「なんだと・・・?!」
ネビロスは唖然とした。
ルビィーが潜むミントは狂気に満ちてイキイキとした笑顔で喋り続ける。
「混沌の黒き犬! 我々を滅ぼした憎しみは今や超越し、憧れの存在! 我々の生き甲斐!
その娘の魂を喰らうことで、今度こそ奴を超えてみせるぅッッッ!!」
「厄災の魔犬は滅んでもう居ない! それに、なぜカオリである必要がある!?」
「厄災の魔犬はまだ健在しています。残りの半分がまだ居るんですよ。ふふふっ」
殺気の混ざった笑みを浮かべ、倒れたままのミカンにジリジリと迫る。
「さあ、カオリ! まだまだ足りないですよ。もっと輝けるはずです。そうだ、教えておきたい事がありました・・・。貴方の弟君の脚に呪いをかけたのは・・・私ですッ」
ミントは歯を剥き出して自身を指差した。
「!!? なんてことをっ!!」
「私を倒せば、呪いは解ける筈なのですが・・・」
ミントはヤレヤレと首を振る。
「あめのはっか龍王が余計な手当てをしたせいで、一生立てない体になってしまいました。折角勝った後の報酬として用意したのに、とても遺憾です」
「・・・」
ミカンは俯き、地面についた手を土を削るように握り込んだ。力のこもった拳は震えている。
「許さない・・・! 絶対に許さないッ!!」
倒れた状態から起き上がり、ミントへ突撃する。
「おっとっ!」
ミカンの振るったクナイがミントの顔を掠めた。
2撃目もミントは機敏に反応して体を逸らし、ミカンが次に繰り出したハイキックをハイキックで相殺する。
「あはは、その調子です! 待っていましたよ、カオリぃぃ!」
身を翻してからの大鎌で横に薙ぐ。
ミカンは跳躍して回避しつつ、大鎌や地面にミカンクナイを投擲して爆発で怯ませた。着地してミントの背後をとったが、再びミントは反転しながら鎌を振るう。
刃が迫り来る前に、ミカンは懐に入るように飛びついてミントを押し倒した。
鎌を握った手を取り押さえて、笑うミントにクナイを突き立てた。
「・・・」
しかし、ミカンはここで思いとどまってしまう。
自分は一体誰を倒そうとしているのか? 誰を傷つけているのか?
やっぱり、無理だ。ポラリス先生は大丈夫だとは言っていたけど、そう簡単には行かない。
ミントは、ぐらたんは大切な友達だから・・・
脳裏に、同じようにルビィーに取り憑かれた小学校の友達を傷つけてしまった光景が浮かび上がった。結果的に犬神少女として感謝はされたが、友達とは距離が開いてしまい、負い目を感じたまま孤独感にさいなまれた。
ぐらたんまでも・・・
思いふけっている内にミントによって巴投げをされてしまった。
「うわっ・・・」
地面に叩きつけられ、ミカンの背中に重い衝撃が走る。
そして間も無く、上からミントが飛びかかり鎌を振り下ろそうとしていた。
「終わりです! カオリッ!!」
「やめろっ!! ぐらたん!!」
ネビロスの訴える声が聞こえたが、彼女は止まるはずもない。
迫り来る白い三日月がミカンを貫こうとする。それまでの時間がゆっくりと感じた。
嫌われたくない。なら、いっそこのまま・・・
ミカンはされるがままに全てを受け入れた。そして白熱する大鎌振り下ろされ、死の刃が彼女を貫く。・・・はずだった。
鎌はミカンに届く事なくピタリと寸止めされていた。ミントの腕や鎌の柄にはワイヤーが巻きついて、トドメを妨げていたのだ。
ワイヤーが伸びる先に、2人とも視線が移る。
「お父さん・・・!?」
その先には、スダチの姿があった。
彼は右腕を伸ばし、その袖の下からワイヤーが伸びていた。
彼の両肩には、ウンギャンとやどりんがしがみついている。
やどりんは身を乗り出して叫ぶのだった。
「どう言う事だ? 何をしている、ミントッ!!」
奥の方で、ネクロプライヤーの下で倒れたミルクを見つけウンギャンも叫ぶ。
「ああっ、おねえちゃんっ!!」
しかし、今は異常な行動をするミントの方が気がかりで、
「止めてください、お嬢様! どうしたのですギャン!」
彼女にも呼びかけるのだった。
父たちがこの場に現れたことで、ミカンは体を起こす。
「お父さんっ、ダメ・・・、来ちゃダメ!! 今のミントはルビィーなのよ!」
「何だって!?」「そんな・・・」
やどりんとウンギャンは彼女の状態を知り狼狽えるが、スダチは怖気づく事なく、ミントを捕らえたワイヤーを引っ張る。
「嫌だ! カオリ、諦めちゃダメだ! 僕にだって失いたくないものはあるっ!」
引っ張られる鎌を必死に抑え込み、ワイヤーが拮抗する。ミントは舌打ちをしながら、横合いに入った彼らに目をやった。
「また邪魔をするのですか。大人しく逃げていれば良いものを・・・。命あっての物種でしょう? 犬村スダチ、厄介なヤツですよ、全く」
ミントは巻きついたワイヤーに鎌を引っ掛けて、器用に切り離した。
「仕方ありませんね。またカオリを焚きつけるための餌になって貰いますよ!」
「や、やめて! お父さん、逃げて!!」
ターゲットを彼に変え、ミントはスダチに迫る。
「うわっ、こっち来やがった!」「あわわわっ」
「・・・っ」
しがみ付いたままの二人が怯む中、スダチはタイミングを見計らって跳躍した。逆さになりつつ、右手に垂れ下がるワイヤーを切り離した。そして抱えた包みを反対の手に持ち変えて、今度は左腕からワイヤーを伸ばす。
ワイヤーの先端にはクナイがついており、境内を囲う木々の一本に刺さると、スダチは木の方に引っ張られて、ミントから一瞬のうちに離れていった。
逃さまいと彼を追いかけようとしたが、ミントの右足が動かなかった。気がつけば彼が切り離したワイヤーが脚に絡みついており、更に地面に固定するように釘状のクナイがワイヤーに突き刺さっていた。
「クヒヒっ、小賢しい真似を・・・」
再びワイヤーを鎌で掻き切るミント。
そしてスダチは離脱する際に抱えていた包みをミカンに投げつけた。
「カオリ! 受け取れっ!!」
「お父さんっ!?」
彼女も彼の動きに驚いたのは間違いないが、ミカンは無意識のうちに彼が投げた包みをキャッチした。そして布を剥がす。
「これって・・・」
包んだ布から頭を出したのは鞘に納まった一本の剣だった。




