#83「さようなら、ルビィー・ホーン」
タニブ公園。火は消化されて焦げ臭い匂いだけが残る。
消防隊は犬神少女達を見送った後、速やかに撤収して行った。
その場にただ1人、白狐のシスターポラリスは犬神少女が入って行った森をずっと見守っていたところ、
「何ですか? まだ居たのですか?」
近づく気配に声をかけた。
ずっと森を見続けるポラリスの隣に来たのは虎の獣人警官のレナだった。
「本当に行かなくてよろしかったのですか? 先生」
「ええ」
今の冷えた空気でさえ、凍りつきそうな冷たい瞳で彼女は返事をした。呆れた様子でレナは付け加える。
「イチゴミントは貴方が助太刀に入らなかった事に憤慨してたのに? ・・・と言うか、イヌガミカンと扱いが違いすぎません?」
「私は言いましたよ? 手を貸すのは今回だけだと。あの駄犬には、ああするのが一番の薬です。全く可愛いですよね、ぐらたんは。・・・勿論、彼女達は必ず勝って戻って来ます。相変わらず心配症ですね、レナは」
彼女の答えにレナはため息をつく。
「後は彼女達でどうにか出来ると? 相変わらずお厳しい・・・」
「そうですか? 私は優しいですよ?」
レナもポラリスと共に森を見つめる。
「・・・。しかし、驚きです。アイちゃん先生と一緒に来たあの赤子が今や死神になっていたなんて」
「あの時貴方は高校受験で忙しくて、ほぼ入れ変わりでウチを出て行きましたからね。一度貴方に抱っこされてたのを、彼は覚えてないでしょう。・・・それより貴方はよく分かりましたね」
「取り調べで、身分証と素顔を確認しました。私もまさかと思いましたよ。それにスノークリスタルは私達のファミリーネームで、ネビロスと言う名はアイちゃん先生がつけたのですから、他には居ないでしょう」
レナ自身もそうだが、150年以上続いた天魔戦争、そしてキャラメール戦争を経て世界中の身寄りのない子は極寒の地にある孤児院に集まった。みんなポラリスの元で育ち、みんな家族だ。
その中でも魔物が連れて来た赤子、ネビロスと名付けられたあの子は何か特別な物を感じた。
そして今、伝説の犬神少女達と共に世界のために戦っている。
「やっぱり、私も助けに・・・」
再会したのも運命なのか、彼女の中で何かしなければという感情が湧き上がり、体が勝手に前進する。
「やめておきなさい。怪奇事件に警察の出る幕はありません。幽霊を捕まえてこの世の法で裁けると? 死神である彼に任せない。アレでも伊達に最年少で資格を取った訳ではありませんからね」
しかし、ポラリスに止められてしまった。レナは歯痒い気持ちでその場に止まり、シスターの方に振り返ったのだった。
「・・・。彼女達は、勝てるのでしょうか?」
そして、再び森の方に視線を向けたレナに、ポラリスは歩み寄る。
「ええ。だから見てなさい」
その時、ハッキリとした一筋の流れ星が駆け抜けた。
☆☆☆
赤岩神社跡地。
スダチの魂が飛び去ってしまった。流星の様に。
「お、お父さんは何処に・・・っ!? ま、まさか、天国にっ!!?」
ミカンは空を眺める。不安と焦りでいっぱいになる。
空でぐらたんも同じ気持ちで飛び去った方向を眺めていた。飛んで行った方向は確か街の方角だ。
「クククッ・・・」
突如、ルビィーの笑い声がして、全員真紅の死神に注目する。
笑い声は次第に大袈裟になって行く。
「クヒヒヒッ、にゃはははははは・・・あーっっはっはっはっ!!!」
お腹を両手で抱えて、大きな口を開けて高らかに笑い声を出した。
ぐらたんはルビィーの後ろに舞い降り、彼女を包囲する形でミカンとミルクが前に出る。
「・・・素晴らしいですよ、カオリッ!! まんまと騙されました! まさかっ! 貴方がっ!? 卑怯な手を使うとは思いにもよりませんでしたっ!! 父を救い出すために少年を犠牲に・・・」
『卑怯? キサマにはピッタリな手だっ』
「はあッ!?」
総裁の元に送ったはずの少年の声がした途端にルビィーの顔は凍りついた。
後ろを振り向き、ぐらたんの方を見ると、彼女の傍にはヤドリギの実が葉を羽ばたかせてホバリングをしていた。やどりんの作ったドローンである。
ヤドリギの実は光を放ち、変形すると大きなペンチ状の鋏となってぐらたんの前に突き刺さった。
――ネクロプライヤー――。
「みんな、大丈夫だ。魂は肉体に引っ張られる。あれでスダチさんは肉体に戻って、無事に目を覚ますはずだ」
彼の声を聞き、ぐらたん達は安堵するが、今はその気持ちを抑えて、残る悪霊に集中した。
人間態に戻ったぐらたんはイヌガミギアを被ると、
「承知! ネビロス様! 今度はこちらの番だ。イヌガミライズ! マジカル・イヌガミント!」
赤い光に包まれてイチゴミントに変身した。ネクロプライヤーを引き抜いて、ルビィーに向けるのであった。
開いたままのルビィーの口が漸く動き出した。
「な、なぜぇッ!? さっきの貴方は一体!? ・・・まさかあのぬいぐるみを遠隔でっ!!?」
笑顔は崩れ、動揺を隠せるはずがなかった深紅の死神は後退りながら左手で顔面を押さえた。
「ああ。ここに来る前に、やどりんからドローンを借りて、そっちに乗り移っていた。あのぬいぐるみに意識だけを移すことで囮に使った」
「あ、あり得ないッ。意識がありながら別の体に意識を・・・!?」
「普通なら不可能だ。だが、それが出来るのも邪龍の封印のおかげだろうな。実際乗り移ったとは言え、魂は以前と結界で封印された僕の中だ。ぬいぐるみの中にいても間接的に動かしているに過ぎないからな・・・。しかし、お前に焼き入れされた時は効いた。流石に気絶しかけたが、芝居じみてない分、より効果的に欺く事ができた」
彼が丁寧に種明かしをした事でルビィーは黙り込んでいたが、再び声を上げて笑い出した。
「クククッ、あっはははははははっ! そうですか、全て貴方の仕業だったんですね。実に素晴らしい・・・。恐れるのは彼の残した遺産だけかと思い、貴方自身過小評価していました。が、恐ろしいほど知恵が回るようです。列車を真っ先に止めに行ったのも貴方でしたね・・・。案外、死神ナベリウスが残した遺産とは貴方自身・・・なのかも」
最後はねっとりとした声で語り、目を細めるルビィー。
「クククッ、いいでしょうッッ! ますます欲しくなりました、貴方の力。何としてでもその力を解き明かして、私の望みをっ!!」
彼女から赤黒い炎がオーラの様に吹き出す。邪気が境内を覆い、緊迫した熱気が冷気を吹き飛ばした。
掲げた大鎌は熱を帯びて赤く、黄色く、白色に近い色で発光し出した。
再び炎の渦が境内を覆い、鎌がクルクルと渦に乗って駆け巡るのだった。
犬神少女達は身構える。
「にゃはははははっ!」
白熱した大鎌は、渦から飛び出して犬神少女達に襲いかかる。
「くっ・・・」
一斉にミント達は飛び退いて、飛んで来る鎌を避ける。
ミントとミルク、ミカンの間を鎌が地面を切り裂きながら駆け抜けた。
そして別の方向から再び鎌が飛び出し、犬神少女達を撹乱する。
大鎌は炎の渦に飛び込み、姿を隠した。
消耗戦・・・いや、なぶり殺しにする気だ。炎の渦はジワジワと狭まり、行動範囲が縛られていく。
逃げ場などない。次でケリをつけるしかない。
「みんな、一気に決めるよっ!」
「うん!」「承知!」
「「「イヌガミックドライブ!!」」」
どこから来るのか周囲を研ぎ澄ませるミント。気配に反応して振り向けば、ルビィーはミカンの背後に現れた。
「後ろでぇぇす!」
ルビィーは白熱した大鎌を振り上げる。
「彼を手に入れる前にっ! 今度こそ・・・今度こそ決着をつけましょうッ!! カオリぃぃッ!!」
「「ミカンッ!!」」
ミントとミルクは急いで駆け出すが、間に合わない。ミカンが前にいる為ブラスターも下手に撃てない状態だ。
「ッ!!」
腹部の傷の痛みに顔を引き攣らせながらミカンも振り向くが、反応は遅かった。振り下される鎌を避けることは不可能だった。
「くっ、シトラスカット・ストライク!」
ミカンは逃げず真っ向から対抗し、折れたシトラスブレイドで白熱する鎌の刃を受け止める。
輝く刃と刃がぶつかり、激しい閃光がミカンとルビィーの間で駆け抜ける中、鎌の刃がシトラスブレイドを斬り裂いてしまう。
「うわっ!?」
断面を赤熱させ、シトラスブレイドの刃が宙を舞った。
後ろに倒れる様に紙一重で大鎌を避けたミカン。しかし、次の二撃目はもはや防ぐ事も避ける事も出来ない。振り上げた鎌が振り下ろされようとした。
「さあ、終わりです、カオリッ!! 貴方の事は忘れませんよ!」
その時、
「させるかっ!! ミルキー・ホット・バスター!」
カオリが倒れた事で射線がクリアになった。その瞬間をミルクは見逃さない。
ブラスターから照射されたビームがルビィーの振り上げた大鎌ごと両手を消し飛ばした。
柄が少し短くなった大鎌は回転しながら弧を描き、地面に刺さった。
その隙にミカンはクナイを4本投げた。
命中したクナイは爆散して、人型が崩れた赤黒い炎が仰け反る。
その隙にミカンは飛び退いて離れた。
「きゃはははっ! もうおしまいですか〜? まだまだ物足らないですよ」
炎揺らめき、ルビィーの霊体は再生して行く。
腕を伸ばすと鎌が意識を持った様に動き出す。
鎌は主の元に戻ろうとした時、
「終わりにするんだよっ!」
ミントが突撃し、ネクロプライヤーを再生中のルビィーに突き刺した。
「どぉおおおおおっ!!?」
ルビィーは再び乱れる様に炎に戻り、揺れ動く。プライヤーを閉じ、爆発するかの様に赤黒い炎が激しく燃え盛る。
「ジャマをぉぉ〜っ!! しぬぁいでぇぇぇくださぁぁぁい・・・」
戻って来ようとした鎌は突如電池が切れた様に再び地面に落ち、シャラシャラと音を立てて地面を滑った。鎌は死神の近くに止まる。
「お前はここで除霊させてもらう!」
「「ネクロ・ミューティレーション!!」」
「あああああああああっーーーま・・・」
赤黒い炎は強烈な輝きを発した。手で持つ花火の様にシューっと音を立てて光の粒子が四方に発散していく。ルビィー・ホーンであった炎は蒸発していった。
「わたし、は・・・まだ・・・」
青白くなった炎から手を伸ばす様に火がミカンへ伸びるが、間も無く霧散する。
青白い炎は小さくなって行く。
呆気ない最期をミカンは遠い目で見届けるだけだった。
「さようなら、ルビィー・ホーン」
ネクロプライヤーの刃の間で虚しく散っていくまで。
「・・・終わったギャン」
溜めた息を吐き、ミルクはブラスターを下ろした。
見渡せば社殿は跡形もなく燃えてなくなっていた。
戦いは終わった。
カオリとルビィーの因縁に終止符が打たれたことを実感させるのだった。
「うん、ありがとう。みんな・・・」
ミカンは寂しく転がる錆びた大鎌を見つめる。
ミントが手にするネクロプライヤーからネビロスの声がする。
「ああ、気にするな。困った事があれば助け合う・・・僕らは仲間だろ?」
当たり前の事を言われ、ミカンは少し照れながら静かに返事した。そしてネクロプライヤーに微笑みかけたのだった。
「うん。そうだね」
「それにしても厄介な悪霊だった。その鎌は破壊しよう。最後の仕上げだ。頼んだぞ、ぐらたん」
「承知!」
ミントが笑顔で頷く中、ミルクが彼女に近づく。
「ミント、ネビロス様は私にお任せを」
ブラスターをホルスターに収めて、手を差し出した。ネクロプライヤーを一旦ミルクが預かるようだ。
「お願いする・・・」
その瞬間、思いもしない衝撃がミルクを襲った。
「ねェっ!!」
それはミルク、いや、この場にいたネビロスやミカンでさえ彼女がこんな事をするなど思ってもいなかったからだ。
「ギャンッ!!!」
「!!?」「なッ!!」
突然ミントは、ミルクをネクロプライヤーで殴り飛ばしたのだった。
ミントが振り回す際に手放したので、ミルクはプライヤーの下敷きになる形で倒れた。
信じられない行動にネビロスはプライヤーから声を出す。
「アギャン、しっかりしろッ!! ぐらたん!! どうしたッ!?」
彼の反応に、ミントは俯いたまま、不気味な笑い声を上げた。
「ぐらたん? ククククッ・・・」
「ま、まさか・・・そんなっ」
彼女が発した笑い声に、ミカンは血相を変え後ずさる。ネビロスも勘付くのだった。
「ば、バカな・・・! ネクロ・ミューティレーションで貴様は・・・っ!!」
ミントは落ちた大鎌を拾い上げると、顔を上げて歪んだ笑顔をミカンに向けるのだった。
「ククククッ、間違わないで下さい。私は——」
ミントは赤黒いオーラを纏い、大鎌を華麗に操る様に振り回した後、肩にその鎌を担ぐ。
「ルビィー・ホーンですッ!」
ミントは歯を剥き出し口角を釣り上げるのだった。




