#80「生きてくれてありがとう」
横から殺意のこもった光の刃がミントの首元に迫る。
やられるっ!!?
その時、重たい銃声が鳴り響いて二人は一斉に建物の下に振り向いた。
「そこの2人! 直ちに戦闘を止めなさい!!」
パトカーが2台、複数の警官達がミント達がいる建物を取り囲んでいた。彼らのそばには変身を解いたカオリとネビロス達が一緒に待機していた。
警察のおかげで、やっとポラリスの暴走が止まった。命拾いしたミントは一気に緊張が抜け、荒く息を吐いた。
しかし、気がつけばポラリスの光の剣は振り切っており、警察の声は間に合ってなかった。
それにミント自身もいつの間にか屋根に倒れ込んで、折れて鋭利になったミントロッドを逆手に持ち替えて、投げるように振り上げていたところで止まっていたのだ。
一瞬の事で何が起こったのか分からなかったが、あの横薙ぎを回避出来ていたのが自分でも信じられなかった。
1人の女警が、屋根まで飛び上がり銃を構えながら近づく。
体毛や長い髪は虎のような柄で、いかにもネビロス様が好きそうな獣人だ。カオリ達が大人しく捕まったのも、真っ先にネビロス様が彼女らに従ったのだろう。
「そこの狐の人、犬神少女からゆっくり離れて!」
流石のポラリスも警察沙汰になれば従わざる負えない。光の刃を収めるとゆっくり後退し、警官からの指示を待つ前に光の剣であったロザリオを屋根に置いて、両手を上げた。
「そのまま武器から離れて。犬神少女も立ちなさい」
ミントもポラリスの横に並び、同じように両手を上げた。
「どうして警察が?」
ここは喋らずに指示に従うべきだが、思わず声に出してしまったミント。
警官は拾い上げたロザリオと折れたロッドをベルトに挿して再び銃を向けた。
「通報がありました。犬神少女との戦闘があるってね。ナイトメアユニオンが攻めて来たと思って我々も軍に連絡を入れようとしたのですが、他の通報や「ホエッター」で公開された情報でナイトメアユニオンじゃないって分かり、こちらだけで出動しました。・・・貴方達には鉄道の件でとても感謝していますが、これは良くない。市街地で模擬戦だなんて」
「す、すみません」
結局大事な騒ぎになってしまった。
ミントは下を向き、反省を示すがポラリスは冷静のまま何の反省もした素振りはない。
警官はキッと睨みつけるようにポラリスに振り向く。
「さて、貴方は公共物損壊罪で現行犯逮捕させて頂きます。幸いなのは下にいた人たちに怪我が無かった事だわ・・・」
警官はポラリスに歩み寄る。
そう言えば、あの光の剣を出した時に標識を切り裂いたのを思い出したミントは黙ったまま様子を見守る。
「そうですか。分かっているならさっさとするのです」
ポラリスは両手を差し出した。相変わらず反省の素振りは見せない。むしろ上から目線で印象が悪い。
虎の警官は呆れた顔で、ポラリスの両手に手錠を掛けた。彼女の左肩に手をかけ、屋根の崖っぷちまで誘導する。
「犬神少女もこちらに。このまま一緒に下に飛び降りれますね?」
ミントは頷く。
「貴方はお仲間と一緒に別のパトカーに乗って署まで。詳しく事情聴取を受けてもらいます」
最悪だ。
ミントは変身を解除すると、みんなと合流してパトカーに乗り込んでいく。野次馬達からの視線がとても痛い。
話を聞かない奴で仕方がないと思っていたが、こうなるのならしっかりアイツに反発するべきだった。
ぐらたんは頭を抱える。
そして、助手席に座っている虎のお姉さん警官にずっと見惚れるネビロスの耳をつねりながら、無駄な後悔をして窓の外を眺めるのだった。
もうなる様になるしかない。
ぐらたん達に待っていたのは長い事情聴取と、厳しいご指導だった。
アギャンが角で通路に穴を空けてしまった件については、ポラリスの加害により起きた事故なので彼女に罪が重なる事になった。
☆☆☆
タニブ市内のとある喫茶店。
ハンティング帽子を被ったフリージャーナリストの男性は、いつもの席に着いて収穫のあった自身の携帯端末を眺める。他人から見えない様にホログラムモードをオフにして昔ながらのデジタルスクリーンで、撮った写真をスクロールしながらため息をついた。
「あーあ、派手にやられちゃって・・・、折角撮ったのは良いが、これは絵にならないや」
SNSで犬神少女がパン屋の近くに現れたと言う書き込みを知って飛び出したが、白い狐の子に盛大にやられてしまっている。しかも宿敵ナイトメアユニオンとの戦いではなく茶番らしい。警察が動いて犬神少女達は連行されてしまった。
これでは犬神少女に対して悪いイメージがついてしまう。
「もう拡散されてるだろうが、コイツを売るほど俺は落ちぶれちゃいない・・・犬神少女はみんなの希望なんだ」
今回は諦めるがチャンスはまだある。
ある写真を眺めては、彼はまだ取材を続けるつもりだ。
「やっぱり、あの子達がそうだっか・・・」
戦いを生で見て分かった。考えて見れば、ただの人間の女の子があんなふうに戦える筈がない。だけどファーノイドなら納得出来る。人間と獣人とでは根本的に身体能力が違い過ぎるのだ。
そして、パトカーに乗った犬神少女達を見送る栗毛で犬耳の男性に注目した。
「しかもこの犬のにーちゃん、バニラホワイトで見た様な・・・」
「お、コイツはミルクベーカリーのお弟子さんだな。最近、バニラホワイトから戻ってきた」
「ああ! そーだったっ! あの冴えない顔、思い出した・・・って、アンタ誰だ!?」
ミルクベーカリーを抑えればいつでも取材が出来る事に希望が湧いて浮かれるが、突然背後から覗き込んできた逞しい体つきの若者に声をかけられて、驚いて席から立ち上がるジャーナリスト。
「おおっと、すまないな、ビビらせてしまって。俺はしがないフリーのハンターさ。畑は違うが似た様なもんだな」
顔に傷があってイカついが、気さくに爽やかな笑顔を見せるハンターの青年。
「・・・犬神少女って言葉を聞いてつい」
そして顔に似合わず、ウインクした。
「犬神少女達を知っているのか?」
ジャーナリストに問われ、懐かしそうに頷くと彼の隣の席に座り込んだハンターの青年。
「ああ、ちょいと知ってるぜ。メロンソーダ海岸の件から世話になったからな〜。丁度彼女らがこの大陸に初めて来た頃かな」
「ホントかい? 詳しく聞かせてくれ! マスター、同じのを彼にも」
ジャーナリストは彼の話に興味を持ち、アルパカ顔のマスターにコーヒーをオーダーした。左手には録音モードの端末をスタンバイさせていた。
奢られた青年は苦笑いしながら礼を言う。
「あ、ありがとう。そんなに気を使わんでもいいぜ。まあ知っている限りだが、犬神少女の武勇伝を聞かせてやるか」
ジャーナリストは目を輝かせながら、録音のスタートボタンに指をかけるのだった。
☆☆☆
夕方——
と言っても午後4時半辺りには日没しており、もう真っ暗だ。
警察署からやっと解放されて外に出れば、スダチがずっと待っていてくれた。
帰る途中で公園を見つけては一旦休憩するぐらたん達。
「あー、疲れた~。ここに来てからずっと疲れることばかりだ」
自販機で買ったイチゴミルクをグイッと飲んでは一息つくぐらたん。
「お疲れさん」
声をかけたネビロスだったが、やけに上機嫌だった。
不思議に思ったアギャンは彼に問いかける。
「どうしたんですかネビロス様? 先生が捕まってしまったんですよ」
聞かれたネビロスは、慣れた様に苦笑いを浮かべてはため息をついた。苦労した様な疲れた表情がぬいぐるみに浮かぶ。
「ああ、先生はいつものことだ。あの人は何かしら問題を起こすから・・・」
「・・・よく先生やってられるギャン」
「まあ、結果的にあんな奴に修行を受けれずに済んで良かったよ・・・、本修行で何されるか・・・」
あのままバニラホワイトに強制送還されるがいい。修行は丑神が復帰するまで我慢だ。あの狐の修行なんて命が幾つあっても足りない。
ぐらたんは今回の件で彼女から逃げることが出来て正直とても安堵するのだった。
その横で、
「そんなことより、あの警官・・・レナ巡査、カッコ可愛かった」
ネビロスは携帯端末を取り出すとホログラム写真を眺める。ちゃっかりとあの虎の女警とのツーショットを撮っていたのだ。
呆れた様子でアギャンとウンギャンはその写真を見る。
「おまけに握手もしてくれたんだ。本物の肉球の感触は最高だ! ああクソう、ぬいぐるみの体じゃなかったらしっかりと・・・。でも、不用意に触れ合えない法律で守られてて実に残念だが、今はこれだけでも満足・・・」
この後もネビロスは早口言葉で熱く語り続ける。
観光客は物珍しさに住人をモフモフしてしまう事が多い。それをよく思わなかったシークワース政府は無闇に触られないように法律で守ることにしたのだ。
それによって出来た言葉がケモハラである。
ケモハラに値しない、握手に応じてくれただけでもここは彼にとってモフモフ天国なのだ。
「じゅ、十分ケモハラだギャン・・・」
毛を逆立たせウンギャンは彼から身を引いた。
ぐらたんは唇を噛み締め、彼がほっこりと眺める立体映像を睨みつける。
くそう、私を差し置いて・・・。後でコッソリ加工して自分に差し替えていてやる。
心の声を聞いたかの様に、このタイミングでやどりんはヤレヤレと首を振って、少し離れた位置でベンチで一緒に座っているカオリとスダチに目を向けた。
「そんなことよりもだな・・・」
やどりんに誘導されぐらたん達も2人を見守る。
「・・・スダチさんが、カオリちゃんのお父様だったなんて・・・」
後から聞いてぐらたんも、カオリとスダチの関係を知って驚いた。
ビックリしているのは当の本人だろう。
でもどんな形であれ、親と再会出来たのは嬉しい事で、ちょっと羨ましい。
ぐらたんはそっと2人を見守るのだった。
☆☆☆
父の存在。
物心つき始めた頃には家族はハルキだけで、お互い本当の家族なんて考えてもみなかった。
内心はとても嬉しい。でも、
さっきまで他人だった人が家族と分かっても、何か距離感が掴みづらい。
2人ともぎこちなく会話する。
でもそれは一瞬だけで、自然とその違和感はなくなる。やっぱり親子なんだ。
「あ、あの・・・このミカンのイヌガミギアって・・・?」
カオリはもじもじと落ち着かない様子でイヌガミカンのイヌガミギアをいじりながらスダチに聞いた。
「ああ、僕の、お婆様が持っていた物で犬村家の家宝なんだ。キミが持ってたから・・・」
「そうなんだ。てっきり・・・ティーナ村長の物だと。それじゃ、私にとってのひいおばあちゃんは犬神少女だったんだ」
「ああ、お婆様もイヌガミカンとしてワタノ王国を守ってたんだ。優しくて偉大なお方だったよ」
「へえ、私たちワタノ系だったんだ。ドルチェルで人間に化けても少し浮いた感じはしてたし」
「はは、僕もここじゃ少し感じてる。それとティーナ様のことだけど、カオリの言う事もあながち間違ってないよ」
「え?」
「お婆様からよく聞かされたよ。ティーナ様はそのギアを触られてて、無茶をした際にはよく怒られたって」
「あはは、そうなんだ。ティーナ村長、ギアの調律師だったんだ」
今で言うやどりんと同じ立ち位置だ。
やどりんからあまり文句は言われた事ないが、ぐらたんがよく彼女にガミガミ説教されていたので、かつての村長とひいおばあちゃんの関係が想像しやすかった。
「あはは。ところで、タチバナって名乗ってたけど・・・橘さんは元気かい? 橘夫妻はご近所さんだったんだ」
苗字が違っていたので父はそこが気になったのだろう。でも・・・
「・・・ごめん。知らないの。ミンティーフォレストで育って、家族はハルキだけだったから」
タチバナさん・・・恐らくハルキの本当の家族なのだろう。父とそのタチバナ夫妻に何があったのか・・・
暗い過去を察して視線が重たくなる。ワタノといえば、ネネさんやトトネさんもそこで過去に酷い目に合ったのを思い出した。
「そうか・・・、橘さん・・・」
父は震える声で彼らの名を呟くと、俯いて泣き崩れる。
「僕は・・・結局逃げてばかりで・・・、橘さんも、妻も・・・誰も助けられなっ・・・・」
悲しいことばかりだったのだろう。
本当の家族は知らなかったし、彼と同じ様に悲しい気持ちにないりたいが、なれない。悔しいけど・・・。
だけど、
こうして生き別れた父と再会出来ただけで奇跡だ。
自然と涙が込み上げてきた。これは、悲しみと言うよりも再会出来た嬉しさだ。
カオリは彼の左手に触れて、首を横に振った。
これ以上は、話さないで。悲しまないで。
「私は・・・元気だよ! 森のみんなは良くしてくれたし、人里じゃ学校行ったりして友達とも仲良くやってたよ・・・今はこうなっちゃって休学中だけど。それとね! ハルキはね、ゲームが得意でプロゲーマーとして色んな大会を制覇してるんだよ! 私が頑張ってバイトしてハルキを養おうとしてたけど、ハルキの収入が良すぎて逆に・・・えへへ、お姉ちゃんの立つ背がないよね。でも、血の繋がりがなくても自慢の弟だよ。だから・・・」
カオリは溢れてきた涙を拭った。
「上手く言えないや、これ以上、自分を責めないで。生きてくれてありがとう。会えて嬉しいよ、お父さん」
そしてぎゅっと、父に優しく抱きつくのであった。
「ああ、生きてくれてありがとう・・・カオリ・・・」
そして父も抱きしめ返してくれた。とても暖かく、身に覚えはないけど父の匂いは懐かしい感じがした。
ホエッター:シークワースで作られたSNS。色んな国でも利用されている




