#75「やってくれたわね。船虫ちゃん」
★★★
虹色の輝き。暖かな光がベールのように前方を走る列車を包み込んだ。
そして、後ろを走る貨物列車は虹の光の中に飛び込む。
前が見えない状態で、衝突を覚悟するのだったがその時は決して来なかった。
目を開けると視界は晴れており、前を走る列車は居ない。快適な線路が前に続いている。
「・・・・」
船虫とバーゲストは何が起こったか分からないまま、開けた前方をボーッと眺めるのだった。いつの間にか自分達を拘束していたミライの姿はない。
コンソール上でホロスクリーンが浮かび、後方の映像が映し出された。
前を走っていた筈の寝台列車が後ろにいたのだった。
船虫から笑いが込み上げる。
やりやがった・・・アイツら。一か八かの賭けだったが、あのメモリーをどさくさ紛れに渡してよかったぜ!
あのデータ自体はあの世にコピーしたから、もう必要ない。じっくり解析を進めるだけだ。
「くくくっ、ひひひひひっ・・・ひゃーっはっはっはっはっはっ!」
そしてお腹を抱えて、バカ笑いに発展した。
同じ映像を見ていたバーゲストはどうしてこうなったのか理解が追いつかず黙って見ていたが、危機は去った事でお互い目を合わせて喜びをぶち撒けるのだった。
「や、やりましたね!! 船虫!」
「おうよ、ザマーみやがれっ!!」
手を取り合って歓喜してはしゃぐ二人だったが、警告音が運転室に響き渡った事で二人は我に返った。
「おっとマニュアルに切り替わったんだ。しっかりマスコンを握ってろ、ヌイ! 緊急ブレーキがかかってまた衝突ってなると洒落になんねー」
「は、はい!」
「ただいま60キロ台・・・。指定速度の120まで加速して、維持だ」
船虫の指示通り、バーゲストはマスコンを握ってトリガーをひきながら、前にゆっくり倒す。マニュアルに切り替わった事で自動停止してしまうので、ここからは常に操作して行かなければならない。
後続になった寝台列車はどんどん引き離され後ろに遠ざかっていった。
「これからどうしましょう?」
助手席でコンソールをいじっている船虫に声をかけるバーゲスト。
「あん? 通信系がイカれてんだ。このまま放っておく訳にはいかね〜。コイツの荷物を目的地に運ぶっきゃねーっしょ」
「そうですか・・・そうですよね・・・」
バーゲストは目の前に集中して慣れない列車の運転するが、脳裏で何とも言えないモヤモヤとした感情が浮き上がってくる。手首に巻き付いたイヌガミライの触手の感触がまだ残っていた。
バーゲストの視線が下がっていくのを船虫は見逃さなかった。
「・・・。ヌイ、あのゾンビのこと知ってたのか?」
船虫の問いに彼女は無言のままだった。
「そーかい。言いたくねーのなら喋らなくて良いぜ。帰ったら十分に休めよ。・・・ほらよ、コイツでも食ってな」
船虫は携帯食をコンソールのスペースに置いた。袋は開いてあったのでそのまま右手で口に運ぶ。
「ありがとうございます」
「いいってことよ」
そして、船虫自身も携帯食に齧り付く。
咀嚼しながら彼女はコンソールをいじり続ける。コンテナに何を積んでいるのかが気になり、積荷リストを閲覧すると目を見開いては、咽せて携帯食を吐き出すのだった。
「ぶはっ!! ごほっ、ごほっ・・・なんじゃこりゃ〜〜〜!!」
★★★
「やってくれたわね。船虫ちゃん」
レヴィアタンが作る暗い異空間に帰還した船虫とヌイは列車の出来事を報告するのであったが、タマモは怒りのこもった笑みを船虫たちに向ける。
船虫は何度も何度も頭を下げるのだった。
「も、申し訳ございやせんでしたー!! まさか、2世からの物資だったなんてっ!!」
貨物列車のコンテナの中身は、フローズンショコラマウンテンにある巨大建造物を修理するための資材だった。オリハルコン装甲板やエネルギー変換装置等が積まれていたのだった。
「新たな犬神少女の邪魔さえなければっ!!」
言い訳など不要だ。
私はタマモ様に全てを捧げた。失態を繰り返し、もう役に立たないと思うのなら命を持って責任を取る覚悟は出来ている・・・
しかし、どうして今になってトキノアが・・・? あり得ない。あの時確かに彼女は・・・!
うるさく弁解をする船虫の横で、ヌイはあの忌々しい事故がフラッシュバックし、胃と心臓を締め付けられ吐き気を催す。
分からないようにヌイは黙ったまま頭を下げた。
タマモは静かに船虫に近づくと彼女の触角に触れては、指に絡めて遊び出す。
「そもそも貴方達が騒ぎを起こさなかったら済んだこと。全く、ディープアクムーンを2つも無駄しちゃって・・・どうしようかしらね〜」
触角をイジられながら、大量の汗が船虫の額から流れて行く。彼女は黙り込んだまま総裁から目を逸らす。
「ふむ、イヌガミライ・・・そんなもんが存在しておったとは、時間を操るのは厄介じゃ。秘術を狙う者が増えたと言うわけか・・・。して、ソナタらが見たというオーロラ、本当にあの小僧の力によるものか?」
腕を組んで話を聞いていたレヴィアタンが二人に聞いた。
船虫とヌイが目線を合わせた後、ヌイが説明する。
「・・・分かりません。オーロラはあの二人から発せられたように見えました。衝突間近だった列車が神隠しにあったように消えて、気づいたら後ろを走っていたのです。これは秘術によるモノと考えてよろしいでしょう」
「・・・。消えた・・・。この異空間に行き来出来る妾の術があるし、目新しいことではないが・・・」
邪龍の空間湾曲の術。
彼女の術によって何も無いところを押し広げる事でこの空間が出来ている。
任意にその空間と繋ぐ事で自由に色んな場所を行き来できるのだが、あの現象は違う。
ゲートを開けたようには見えない。まるでオーロラに隠れるようにそのまま見失った。貨物列車が追い抜かすまでの数秒間、あの列車はその間どこに・・・?
ヌイもあの現象について考え込むが、船虫は彼女の術で思い出し、邪龍に話す。
「あ、そーだ。あと、ナスビ犬もなんかヤバかったな・・・。はっきり言ってあのオーロラ実は間に合ってなかった。発動するまであのナスビが貨物列車を受け止めてたんだな〜」
「なんとっ!」「ふーん」
考え込んでいたレヴィアタンは顔を上げ、船虫に注目する。触角で遊んでいたタマモも気になり、触角を手放した。
放された触角は螺旋を巻いたまま、バネのように伸び縮みするのだった。
「私も見ました。結界で貨物列車を受け止めたのですが、波打つように結界越しの景色が歪んで見えました。あれはミントエスカッションではありません。貴方様の空間を歪める術に似ていました」
タマモは微笑んで邪龍に視線を移した。黙り込んだ邪龍は顎に手を添えて再び考え込む。真剣な表情だ。
緊張した空気になり、船虫はいつの間にか手に汗を握っていた。
暫くして、レヴィアタンは顔を上げる。
「・・・・・・。まあ、良いかっ! しばらく様子見じゃ、焦ることはない。妾は寝るっ!!」
止めてた息を吐いたと思ったら、考えるのをやめた邪龍。
その場にいたみんなは拍子抜けして、ガクッと姿勢を崩した。
「なんだよっ!! 期待させておきやがって! ゾンビ犬に先を越されるかも知れねーんだぞっ」
「イヌガミライと言ったか、時間を操れるならいつでも、今直ぐにでも少年を攫うことは可能じゃ。それが無いのであれば急ぐ必要はない。ヤツには別の目的があるのかも知れぬ」
「別の目的ですか?」
ミライが気になるヌイは聞くが、邪龍はそれ以上は考えては言えなかった。
「それは知らん。イヌガミライとやらに聞くのが一番じゃな。あと、あの力、直ぐに使いこなせるとは言えん」
「何でそんな事が言えんだよ?」
「ソナタのように虫の知らせみたいのがあるのじゃ。焦らずとも向こうからやってくる」
「虫って言うな! たく・・・肝心な時に呑気だな。仕方ね〜、アタシがもうひとっ走り・・・」
「ソナタ全然懲りておらんな・・・。よせよせ、待てばいずれ分かる。決戦に備えるのが先決じゃ」
そう言うも邪龍は止めようとはせず、船虫が札を取り出して出撃しようとするのを呆れながら見送るが、
目の前にボワッと真っ赤な炎が現れる。
「うへっ!?」
突然の発火現象に船虫は後退り、札を懐にしまった。
赤い炎は人の形を成し、真紅の外套に身を包んだ少女が現れた。
三角耳のような尖ったモノが付いている赤いフードで顔が隠れており、素性が見えない。
右手には大きな鎌を携えているため船虫と同じ死神である。
彼女は空いた左手でフードから飛び出す金の髪を撫でまわし続けている。
船虫は嫌なモノを見るかのように顔をしかめて、同胞から視線を外した。
タマモは赤い死神に声をかける。
「あら、ルビィーちゃん、お久しぶりね〜。砂漠から抜け出してきたの? 悪い子ね」
ルビィーと呼ばれた赤い死神はタマモに向かって会釈した。
「ご無沙汰しております、総裁。もちろん2世から許可をもらいましたよ。魂は十分採取したのでアクムーンを作るのに申し分ないでしょう」
「それは良かったわ。どこぞのお二人さんが直ぐに壊しちゃうから困っていたのよ」
何も言えずヌイは固まったまま、警戒して赤い衣を纏う彼女を見つめる。
ルビィー・ホーン。
キャラメール砂漠で2世の元で死霊集めをしていた彼女は、己の歪んだ正義のもとで生死関わらず無差別に魂を狩っていたという事で悪名高い。
本人はすでに死んでおり亡霊として彷徨い、死神の資格を剥奪されても尚魂狩りを続けている。
あの不真面目な船虫でさえ毛嫌いしている・・・タマモ様はどういうつもりであの者を迎え入れたのか・・・
「・・・死者が生き返る。行けませんねぇ。これでは生と死のバランスが崩れてしまう。罪深き魂はこの手で刈り取らねば・・・。タマモ様、レヴィアタン様、ここは私にお任せ下さい」
ルビィーは腕を伸ばして何かを掴み取るように握り締める。フードの影から覗く宝石のような赤い目はどこを見ているのか分からず不気味だ。
「はあっ!? 何言ってんだテメー! 殺しちまったら、秘術の手がかりはどーすんだよ?」
「おやおや、貴方なら知ってて当然のはずでは? フフ、魂さえ残っていればどうにでもなりましょう。魂に全て記憶されているのですから。・・・それに」
彼女は、手に持った大鎌を振り回す。刃に輝きはなく赤錆だらけである。錆びた刃から火のような真っ赤な軌跡が空気を裂く。
「犬神少女とは・・・深い因縁がありますので。クククッ」
振り回した大鎌を邪龍の前に寸止めした。首筋に錆びた刃を突き立てられも微動だにしない邪龍は欠伸をしながら刃を手で払いのける。
「まあ良かろう。ソナタに任せる。しかし、殺すな。ネビロスは必ず生捕りにせよ」
「承知いたしました」
レヴィアタンはマントを翻して立ち去ろうとしたが、足を止めてルビィーに振り返った。
「言い忘れておった。ぐらたん・・・イチゴミントには決して手を出すな」
「なぜです?」
「妾の獲物じゃ。手を出せばソナタ自身滅ぶ事になるぞ」
殺気だった金色の瞳を向けた後、邪龍は闇の中に消えて行った。
「分かりましたよ。しかし抵抗されたら、手足一本はご愛嬌ですよ」
微笑みながらルビィーは邪龍を見送ったあと、背負っていたリュックをタマモの前に下ろした。タマモはリュックを手に取る。
「こちら、新しいアクムーンです」
「ありがとう、ルビィー」
「ああ、そうそう。もう時期、オーヴァンの研究を元にしたアクムーンも完成します。完成後、貴方様の元に馳せ参じるでしょう」
「あら〜、折角の私の気遣いを・・・」
彼女の言葉に期待するかと思えば、残念に思うタマモ。
「ご容赦ください。やはりマナを自己生成できた方が効率的なのです。では私はこれにて」
ルビィーは再び炎となって姿を消した。タマモは手を軽く振って見送るのだった。
3人だけが暗黒の空間に取り残され、空気が再び重たくなる。
「さてと、今回はコレで大目に見てあげるわ。ルビィーちゃんに感謝しなさい。あと、ワンちゃんたちはシークワースで足止めだから、そこは評価してあげる」
「あ、ありがとうございやすっ。タマモ様」
「分かったら、もう休みなさい。二人とも疲れたでしょう・・・? と言うより、早くお風呂に入りなさいな。タマネギ臭くてたまらないわ」
「ひひひ、そうでした! 行こうぜヌイ、フローズンショコラにはイイ温泉が沢山あんだ」
船虫は札でゲートを開き、鼻歌を歌いながら走り去ろうした。
「あ、待って船虫ちゃん。最後に聞いておくわ」
「何でしょう?」
「あの坊やの力だけど、流石にタイミングが良過ぎないかしら? 貴方何かしたの?」
呼び止められてピタッと止まった船虫は後ろに振り返る。視線を斜め上に向けた後、タマモの方へ戻した。
「いや~、アタシには何とも」
「あら、そう。・・・それじゃ、そのまま貴方はフローズンショコラに残ってオモチャの修理を指揮しないさい」
「りょーかいしやした! 行ってきまーす」
船虫は闇の中に消えて行った。
「さあ、ヌイもサッパリしてきなさい」
タマモは船虫が駆けていった方向を指さす。
「はい・・・。タマモ様」
会釈して、ヌイはこの場を後にした。一歩一歩進む度に純白の天使は闇に溶け込んでいく。
不本意ながら敵と共闘したことに、まんざら悪い気分ではなかった。
そして、列車が無事だったことに安堵した自分がいた。
無様だ・・・あんな戦い。
私はナイトメアユニオン。
世界を天界から解放するため、タマモ様の考えに賛同したんじゃなかったのか?
トキノアに言われたことが頭の中にグルグルと留まり続ける。
私たちがやっていることは悪行。
分かっている。分かっているはずなのに・・・
覚悟を決めたつもりが、ここに来て自分の中に迷いが生まれ渦巻く。
「はよ来いっ! 受付が締め切られちまうんだよッ!!」
その時、闇の中から船虫の腕が伸び、ヌイの手を掴んだ。
突然のことだったので、何が起こったのか分からずそのまま異空間から引きずり出されてしまう。
悩みは完全に吹き飛んだわけではないが、彼女といると悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しく感じる。
今は悩むのを止め、彼女に付き合っておこう・・・。
闇から連れ出した船虫がなんだか眩しく感じ、ヌイはそっとほほ笑むのだった。




