#71「・・・6番目の犬神少女」
無数の触手を持つ巨大なバスタブが列車の天井を突き破った。船虫たちが閉じ込めたアクムーンビーストが今ここに復活を遂げたのだ。
悪臭の元凶はこの風呂の化け物で間違いないが、それにしてもいつもの虫系ではなくヘンテコなビーストだ。
呆気にとられた顔で見上げたまま船虫は口を開く。
「うはっ・・・で、でっけ~・・・、列車のマナを吸ってこんなに育っちまったってか」
「それはそうとして・・・ど、どうしてバスタブ・・・?」
ブラスターを構えてビーストを見上げるミルクは、驚くべきなのか反応に困った。
「それは・・・貴様の弱点じゃないのか?」
横で同じく見上げるバーゲストが答えた。
「だから、お風呂は別に嫌いじゃないギャン・・・」
そして巨大なお風呂から本体らしきビーストの頭がゆっくりと出てきては犬神少女たちを見下ろした。
不快な刺激臭・・・の正体。
ミントはその姿を目にして恐怖した。
「あ・・・」
「ミント?」
「あわわわわわわわわわっ!!」
ミントの怯え様に、ミカンは視線を彼女に移す。
尻尾はクルンと内側に巻き、ガクガクと脚を震わせている。
怯える彼女の目線をたどると、バスタブから顔の付いた巨大なタマネギがこちらを覗く。
「ど、どうして・・・どうしてタマネギなんだあ〜!!」
ワラワラと湧いて出た沢山の根っこの様な触手が一斉にミント達に襲い掛かってきた。
「ウゲっ! 来るぜっ!」
船虫の呼びかけで、みんな散開して一斉に天井の外へ飛び上がった。
既にタマネギの根が列車を覆いつくすほどビッシリ張り付いていたのを、外に脱出したことで知ることになった。
「なんてことっ! 早くアイツを倒さないと・・・」
怒りをヘンテコなビーストに向け、シトラスブレードを持った手に力が入るミカン。
しかし、大破した車両の中に目をやると、攻撃に反応できずにその場に動かない者がいた。
「ああ、ミント!」
怯えてその場から動けなかったミントは触手に絡めとられてしまった。
「わわっ!?」
雁字搦めにされたミントはビーストの眼前に運ばれる。脚をバタつかせてもがく。
「あくむーーーん!!」
ビーストは大きな口を開けて咆哮した。
「ぴぎゃっ・・・」
タマネギ臭い口内には、びっしりと牙が並んでいる。ミントは大きく開いた口に引き寄せられていく。
く、喰われる・・・!!? 冗談じゃないっ!!
「びゃああああああああああああっ!!」
ミントは必死にミントスラッシュを展開したロッドを振り回すが、まともに振るうことはできずに絡みつく触手の中でもがくことしかできない。
ミントエスカッションに切り替えて、どデカいオニオンヘッドに押し付けて抵抗するが、次第に勢いがなくなってロッドを降ろしてしまった。
「なにこれ・・・力が入らない」
そして体内を巡るマナが外に出ていくのを感じた。
無抵抗になったミントにどんどん触手が絡みつく。
「んぐぐっ~」
もがくこともできずミントはゆっくりビーストの口へ引きずり込まれていく。
しみるように目から涙がこみ上げる。きっとタマネギのせいだ・・・。
「マジぃ〜な・・・列車に飽き足らずナスビ犬の魔力まで吸い取る気か!?」
草原に降り立った船虫は複数の触手をかわし、大鎌で斬り払う。
その近くでミカンも迫りくる触手をシトラスブレードとミカンクナイで切り裂いて対処する。
「助けに行かなくちゃ! ・・・ミルク、援護お願いっ!」
「承知! イヌガミックドライブ! ミルキー・ホット・バスター!!」
ミルクはブラスターから強力なビームを照射するが、ビーストから吐くタマネギブレスの影響なのか拡散されてしまう。行く手を阻む触手も数本程度しか吹き飛ばすことができなかった。
「どうしてっ!?」
必殺技の浄化光線をかき消されてしまったミルクが愕然とするのを見ていた船虫は攻めてくる触手を対処しながら、頭を掻く。
「ちっ、しゃーね~なっ! おい、ヌイ! 弾幕を張りなっ!!」
「なぜ私が・・・!」
振られたバーゲストは不服に感じながらもサイドスカートアーマーを展開させる。
無数の小型魔導ミサイルが飛び出し、触手の群れを一気に焼却した。
「ほらよっ、さっさと行って来なっ」
爆発を背後に、得意げな顔で船虫は大きな鎌を担ぐ。さも自分が対処したかのように。
「凄い・・・!」
一気に活路が開けたことに感心するミカン。
バーゲストは続けてMMMを発射して、再び迫りくる触手を駆逐していく。
「勘違いするなっ、最終的にお前たちを倒すのは私だ。これが片付いたら次はお前たちだからな」
「何でもいいけど助かったわ! ありがとう、ヌイ! あとは私に任せてっ」「突撃ギャン!」
ミカンはバーゲストにウインクをして笑顔を向けた後、シトラスブレードとミカンクナイを両手に、ビースト本体へ駆け出す。ミルクもブラスターから刃を展開してミカンの後に続いていった。
礼を言われたことにバーゲストは少し戸惑いを見せた。
「・・・」
ミサイルを撃ち尽くしたスカートアーマーをパージしたバーゲストは、突き進んでいくミカンたちを無言のまま見送った。彼女はかつての仲間だった犬神少女達を重ね、複雑な心境を胸にする。
「私は・・・」
隙を見て新たな触手が立ち尽くすバーゲストを狙うが、彼女は反応して籠手からクローを展開する。
過去の自分の不甲斐なさを払拭するため、迫りくる触手を消せない記憶もろとも左手の刃で切り刻むのだった。
「私は何をしているんだ・・・」
☆☆☆
バーゲストの作った活路を突き進むミカンだったが、もう新たな触手が左右から襲ってくる。
攻撃してきた触手の上を伝って走り、別の触手を斬り裂き隙間をかい潜る。
よけきれない触手はミルクからの援護で撃ち落としてくれた。
「くっ・・・やっぱりタマネギ成分でブラスターの威力が・・・」
ミルクはインファイトの状態で、銃撃と銃剣を駆使して対処するが、
数が多すぎるため、ほぼ自衛することしかできなくなってきた。
「まだまだっ! ミカンイリュージョン!!」
多方向から同時に攻撃してきた触手を分身することで凌いだ。
触手はミカンの分身たちに分散する。マシにはなったものの、まだまだ物量が多すぎる。
分身たちはあっという間に捕えられて消滅したが、ミカンは何とか触手の群を突破した。
この距離なら、もうこちらの物だ。神通力を増幅させるミカン。
「ミントを放せーっ!! イヌガミックドライブ!」
二人の犬神少女を拘束する触手めがけて飛び出す。
しかし、後一歩の所で足を掴まれた。
「しまった! ああっ!!」
「ミカン!? ギャンっ」
ミカンが掴まってしまったことに気を取られたミルクは触手に薙ぎ払われてしまった。
ミカンは腕を伸ばす。ミントが食べられてしまう。
捕らえたミカンに目もくれず、ビーストは捕らえた獲物をそのままじわじわと口に運んでいく。
「あくむーーーーっ・・・ンッ!!?」
その時、ミントを拘束する触手の束に一つの閃光が走り、真紅の爆発が起こった。
彼女を包み込む触手が幸いに爆風から身代わりになり、バラバラに吹き飛ぶ。
解放されたミントは落下していくところ、白い犬が彼女を掠め取った。
「間に合った! 良くやったウンギャン!」
ミントを助けたのはネビロスだった。
その様子をしかと目に刻んだミカンは歓喜する。
「やったーっ!! ネビロス君っ!」
しかし、自身も触手に絡みつかれた状態であることを思い出し、ブレードで触手を切り裂く。
幸い腕の自由が効いていた。
「うわッと、コッチも危ない・・・シトラスカット・ストライク!」
「ミカン! 出来れば私も」「おっけ~!」
拘束からミカンは逃れて、同じく触手で捕まってしまっていたミルクを救出した。
「ネビロス様・・・」
全部の手を使い自分の左腕をしっかりと捕まえていてくれているのを見上げて、ミントは主の名を呼ぶ。
助けたくれのがとても嬉しかったのだ。
「大丈夫かっ!?」
「うえ~ん・・・、タマネギ臭い」
力が抜けたように少しグッタリしてるが、意識はしっかりあるので大丈夫そうだ。
「そうか、大事なくて良かった」
「大事ありだよ・・・」
ネビロスはミントをしっかり掴んで飛び去ろうとしが、
「くっ、しぶといっ!」
もう触手が再生してこちらに襲い掛かってきた。さっきの攻撃で相当怒らせてしまったようだ。
「あくむーーーんッ!!」
唸り声をあげ、ビーストは激しく触手を振り回す。
「あわわっ、ね、ネビロス様! 早くぅ!!」
ミントは身をよじってかわして、ネビロスは右に旋回して触手の一撃を回避した。
次から次へと繰り出される触手をジグザグに飛び回り、何とか避けながら逃げていくネビロス。
しかし急ぐ中、ネビロスは細い蜘蛛腕に限界に感じるのだった。
「う、腕がヤバい! これ以上は・・・うわっ!?」
周囲を触手が囲い込む。
そして逃げ場を失い止まってしまったネビロスとミントに四方から一斉に触手が襲い掛かる。
絶体絶命になったその時、
触手はネビロス達を捕らえる寸前で停止した。
ミントは思わず瞑っていた目をゆっくり開くと、触手の隙間から見える視界は少し色褪せたような世界が広がっている。その中で、触手やオニオンヘッド、バスタブを取り巻くように光の魔法陣が回っており、ビーストはピタリ固まったように動かない。
時間が止まっているかのようだ。
「どうなってるの? これは・・・」
「兎に角、助かったのか!?」
不可思議な現象にミントとネビロスは辺りを見回す。
「ネビロス様~っ!!」
頭上からウンギャンが呼ぶ声がしたので二人は見上げると、空が大きく開いており、そこにはウンギャンが滞空していた。背中にはやどりんがしがみ付いているようで、どうやらネビロスをエンゲルファウストで撃ち出した後に彼女を回収したようだ。
「お~い、こっちだ!」 「二人とも、よくご無事で」
二人の元へネビロスは触手が作るを輪を潜り抜けて上昇していった。
ウンギャンたちと合流できた後、
ミントはビースト上に何者か座っているのに気が付くのだった。
「あれは!? あの子が助けてくれたの?」
ミントに知らされ、みんなビーストの上にいる人物に目を向ける。
地上で戦っていたミカンたちも同じように戸惑いを見せながらビーストの頭の上に注目していた。
ビーストの上に優雅に座る少女は、三角耳を持った紺色の長い髪をなびかせ、犬のモノとは言えない爬虫類に似た紺色の尻尾を揺らめかせる。肌は血色が全く無くて青い。身に纏う左右非対称でモノクロのドレスは特徴的で、犬神少女のドレスそのものだ。
ウンギャンの上で端末を眺めていたやどりんが真っ先に犬神少女だと気付く。あの時遺跡で感知した神通力と一致していた。
「IG-06・・・。そんな馬鹿な・・・! 存在するはずのないっ・・・6番目の犬神少女」
そして目を大きく見開き、振るえる手で端末のホロスクリーンに初めて表示された犬神少女の名を口ずさむ。
「イヌガミライッ・・・!」
その名を聞いたミント達は初めて聞く犬神少女に驚愕するのだった。
そして、こちらに気付いたイヌガミライと呼ばれる犬神少女は上空にいるミント達に微笑みかけた。