#61「キャラメール王国の魔術は最高の魔術さ」
★★★
ギルド内の厨房。
ネビロスは厨房に残ってパーティの後片付けを手伝っている。
他、ぐらたん達はというと同じくギルド内にあるフリーハンター用の宿舎エリアに戻って休んでいる。
大型の食洗機が唸りを上げて、中にある食器を洗浄しているのをボーッと眺めているネビロス。
かすかに蘇ってくる覚えのない過去の記憶・・・まだ過去の自分のものだと信じがたい。
僕は一度死んだ存在・・・
博士・・・どうして僕に秘術を・・・
「さて、あとは洗い終わるの待つだけだな・・・。ネビロス君だったね。手伝ってくれてありがとう」
後ろから共にデザートを作ったパテシエに声をかけられるが、浮遊した隻腕のぬいぐるみは食洗機を眺めたまま。
パテシエは傍まで近づき再び声をかけた。
「おーい」
「あっ!? オーヴァンさん? もう終わりですか?」
やっと気がついたネビロスはパテシエのオーヴァンに返事をした。
手拭きを取り出して両手を拭きながらオーヴァンは再びネビロスに礼を言う。
「うん。後片付けどうもありがとう。彼女のことで悩みかい?」
「ッ!! 違いますよ! 討伐で遺跡に行った時のことを思い出して・・・!!」
「はっはっはっ! そうか、失礼。去年は見なかったからね。いつの間にキミに彼女ができたのかと」
彼のからかいに眉間にシワを寄せるネビロスだったが、去年会ったことがあることに驚くのだった。
「去年!?」
「ああ。ドルチェルのパフェ祭りでね。キミのことはよ〜く覚えている。あのクソでかいパフェ」
「・・・。あ、あの時の審査員!??」
ネビロスはパフェ祭りの審査員の一人がオーヴァンであったことを思い出した。
オーヴァンは笑顔で頷く。
この時にはまだぐらたんを使い魔として雇っていなかった。そして師匠から店を引き継いだのもこの時期だ。
「・・・あの後ぐらたんを雇いましたからね。うちの新たな従業員なんですよ。ははは・・・」
「そうなのかい? ところで野倉マスターは?」
野倉マイ。
ネビロスが運営するノグラカフェの前のマスターである。死神としての師匠でもある。
あの祭りの後・・・昇進が決まり死神補佐から死神巡査になった自分に店を押し付けて、師匠は何処かへ去ってしまった・・・。
使い魔を雇うように言ったのも師匠である。
「師匠はあの後何処かに・・・。あれから全く連絡もつかないんです」
「そーか、残念だ。彼女にはお世話になったことがあるからね〜。私の自慢のスイーツを味わって欲しかったんだ。私の開発したレインボーアイス」
「あのシャーベットを? 貴方が!?」
コーラスが王室で振る舞ってくれた色んな味がするシャーベット。
それを思い出しネビロスは驚きを隠せない。
その様子を見てオーヴァンは得意げな表情でメガネのブリッジを上げる。メガネがキラッと光を反射する。
「うん。そーだよ。一応魔術師の端くれでね。アレを作るのに魔術を使っているのさ。・・・良かったらどうかな? 実際一緒にムースケーキを作ったから分かる。キミのセンスは素晴らしい。あのシャーベットの作り方を教えてあげるよ。悩み事も作業してる間に紛れるだろうしさ」
「ほ、本当ですか!?」
ぬいぐるみの目から星々が輝くように喜びが溢れてくる。
★★★
「・・・と言うわけで、あのパーティの後オーヴァンさんの元で秘密のスイーツ修行してたんだ!」
ネビロスは台車に乗せたレインボーアイスをお披露目した。
席に着いたぐらたんたちの前に順番にシャーベットが配膳されて行く。
「へえー、あの後そんな事があったギャン」
目を輝かせながらウンギャンは早速スプーンで掬い間近で色とりどりのシャーベットを見つめる。
「・・・。よく朝見かけないと思ったら・・・むう〜」
ぐらたんは頬を膨らませ不機嫌な顔でネビロスを見る。
「許してくれよ。今日驚かす為に内緒で頑張ってたんだからな」
ぐらたんから視線を逸らし、こめかみ辺りを軽く掻くネビロス。
カオリが身を乗り出し、ネビロスの顔をニヤニヤと見つめる。
「驚かす〜! じゃなくて、ぐらたんの為! だよね? ネビロス君」
「う、うるさいな・・・いいからみんな早く食べてくれ」
ネビロスの反応を見て楽しむカオリ。
「そっか〜。じゃあ、いただきます♪」
気を取り直し、ぐらたんは掬ったシャーベットを口に入れる。他のみんなも続いて食べるのだった。
「わふん! イチゴ味!! そうそう、この味が欲しかったのだ!」
左手で頬をおさえながらご満悦で味わうぐらたん。
「んー。全体的にソーダ味がしないギャン。パチパチする飴も入ってないギャン。ヨーグルト味・・・」
横でアギャンは美味しそうに食べながら以前食べたモノと違う感想を述べる。
その言葉で、よくぞ聞いてくれたとネビロスは熱く語り出す。
「ああ、前食べたのはソーダづくしだったから、今回はソーダ味以外も出るようにアレンジしてみたんだ!」
「ほー。そうなのか! 全体的に酸味系が足りないと思った。おおチョコミントだぜ。これシャーベットなんだよな? めっちゃクリーミーな味が入ってやがる・・・!!?」
感心しながらやどりんは味を堪能していたが、途中で眉をひそめる。
「どうしたんだやどりん?」
自信満々だったネビロスの顔は不安の色に変わる。
「・・・チョコミント? いや、急に抹茶・・・いや、オレンジに変わった!? どーなってんだ?」
レインボーアイスは味を組み合わせ色んな味を錯覚させるアイスだが、口に入れた瞬間にコロコロと色んな味に変質しだしたことに違和感を覚えたのだった。
「ん、う〜ん・・・」
「ッ!!」
今度はカオリが異変を感じ、それに反応するネビロス。
「確かにさっきまで、食感はバニラアイスなのに口の中で消えるタイミングでシャリシャリのブドウ味になった・・・味が安定しないね」
「えっ!?」
そしてぐらたんやウンギャンも異変を感じる。
「イチゴ? リンゴ? バナナ? 味のコンボがまだまだ続くよ・・・」
「ホントだギャン! まるで調和がなってない・・・なんだが味覚がバグってくる」
次々と不満の声がネビロスの心臓に突き刺さる。
「うっ」
しかしみんな不満を上げる中、アギャンは平然と食べ続けている。
「みんなどうしちゃったんギャン? 私は別に普通だギャン」
「おおっ! アギャンッ!!」
救いはアギャンにあったことにネビロスは期待を寄せるが・・・
「・・・うーん。でもさっきからヨーグルト味しかしないギャン。レインボーアイスには程遠い」
「ぐはあああっ!!」
ネビロスのライフポイントはゼロになった。テーブルの上で燃え尽きるように膝から崩れ落ちるのだった。
「まあ、味は悪くなかったし、一度に色んな味がする点は間違っちゃいなかったぜ。へへへ」
やどりんがフォローを入れるも、心が灰になってしまったネビロスには届かない。
「ば、バカな・・・。作り方は・・・ちゃんと教わったし・・・何度も作ったのに・・・クッ」
放心状態のネビロス。
「ご説明しましょう!! それはね・・・」
するとメガネをかけた調理服姿の青年がテーブルの前に静かに現れた。
急に現れたのでみんな驚き、一斉に視線が集まる。
「オーヴァンさん!」
ネビロスは不甲斐ない気持ちでオーヴァンの方に振り向く。
彼はぐらたんの残ったシャーベットを手に取り解説する。
「ネビロス君は普通にアイスクリームの味を取り入れて、従来のモノとは違う色んな味を追求した。しかし・・・ひとつひとつ入れた味に差があり過ぎるんだ。レインボーアイスは錯覚の魔術! やはり差があり過ぎては違和感が目立ってしまう。だからソーダ系の味で統一しているんだ。作り方、手順や魔術に間違いは無い・・・まあ何事もチャレンジする姿勢は感心するよ。このシャーベットの弱点だからね」
「そうなんだね〜」
カオリは再びネビロスの作ったシャーベットを口に入れた。落ち着かない色んな味が口の中に広がる。
「魔術・・・この味の正体は魔術だったのか〜!」
ぐらたんは別の所に関心を寄せた。彼女の着眼点にオーヴァンは反応する。
「そう。研究を積み重ね、完成させた魔術」
「んー、味覚操作・・・。最終的に脳に送られるからそこで味覚情報を改竄する・・・精神操作系呪術に近い・・・か」
ぐらたんは考えブツブツ呟く。
「・・・。まさにその通り。ネビロス君、すごい彼女雇ったね!」
「え、ええ。魔術に関してはスペシャリストなので」
ぐらたんが照れた表情をする横でネビロスは苦笑いで答えたのだった。
オーヴァンは目の色を変え語り出す。
「ふふふ。魔術は奥深いのです! 色んな分野に応用できる。スイーツにも! 魔界の魔術には程遠いが、人間界の魔術革新はキャラメール王国から始まった! 我々が良く目にするホログラム投影魔術もそこから始まったんだよ」
「へえー、そうなんだ・・・ん? キャラメール王国? ハーディニル魔王国じゃ・・・」
ぐらたんの言葉を遮るようにカオリがぐらたんに説明した。
「キャラメール王国が正式な国名なの」
そして小声で、
「魔王国はキャラメール戦争時に呼ばれるようになった俗称だから・・・ドルチェルじゃあまり気にならないけど、ここじゃその呼び名に快く思わない人がいるから気をつけてね・・・小学校の歴史で学ぶ常識なんだけど・・・」
「あっ! そーなんだ。私、歴史苦手で・・・」
キャラメール戦争。
天魔戦争の後、人間界で起こった戦争だ。キャラメール砂漠にある魔王ハーディニルが統治する魔王国とレインボーバブル王国との間で起きた争いは魔界にも届いている。最終的に勇者によって魔王国が滅んだこともだ。
しかし、ハーディニル魔王国は元々キャラメール王国と呼ばれていたことまでは伝えられていない。
「ははは。大丈夫。気にしてないよ。でも世界の発展はあの国があったからこそだ。あの国への敬意は忘れない。キャラメール王国の魔術は最高の魔術さ」
オーヴァンは微笑みながら両腕を広げるのだった。
魔術の歴史は深い。
魔術はパンデモネア大陸の開拓時代から生まれた。その時代、魔界の基盤を創った魔界三魔賢の一人であるフーカ・マナ・ミゴールがもたらしたマナ粒子論により魔術は飛躍的な発展を遂げたのだから。
人間界はまだまだ浅いが人間たち独自の発展が見られるところは面白い。
ぐらたんは、目を輝かせながら語るオーヴァンに笑顔を向けた。
「オーヴァンさん。そろそろ私のシャーベット返して」
「おっと、済まないね・・・」
オーヴァンはぐらたんのシャーベットを返そうとした瞬間。
テーブルの上に勢いよく倒れた。スプーンが跳ね上がり、容器はシャーベットを撒き散らしながら転がる。まもなくテーブルから転げ落ちて粉々に砕けた。
「オーヴァンさんっ!!」
突然のことでみんな驚き戸惑い、テーブルの上に上半身を乗せたまま動かなくなったオーヴァンの傍に集まる。
「オーヴァンさん! しっかり!!」
カオリは声を掛けるが、彼に反応が無い・・・
「救急車だっ!!」
やどりんは速やかに携帯端末で連絡を取ろうとしたが・・・
「その必要は無いよ・・・。みんな騒がせて済まないね」
彼の声が聞こえた。オーヴァン自体に意識は無いが、彼から声がしたのは確かである。
倒れた彼の背中の上に黒いモヤのような小さな人型が座っているのにみんな気づいた。
「びゃあああああああっ!! 出たああああっ!!!」
それを目のあたりにしカオリは真っ青にして叫ぶのだった。
☆☆☆
「はっはっはっ、驚かせてしまったね・・・実は今の私は仮の姿なんだ・・・よく出来てるだろ〜?」
間も無く元に戻ったオーヴァンはズレたメガネを戻して、後頭部を撫でた。
そして、スポッと左手首を右手で抜き取った。接続部はよく見ると球体関節で作りモノであることがわかる。
「ゆ、幽霊じゃないんですか〜!!?」
ウンギャンを抱きしめたままカオリは恐る恐る、オーヴァンに聞いた。
「ん〜。まあ、そうかもね〜」
答えを聞き、カオリは魂が抜けるように気を失ってしまった。倒れそうになったのをアギャンが受け止めて、膝枕をしてそっと床に寝かせた。
「・・・キミにお願いがあってね。そろそろ私も長く無いようだ。もちろんキミの本業は知っている。キミの手で冥界に連れて行って欲しい・・・」
悟った様子でネビロスを見るオーヴァン。悲しげな表情でぐらたんはオーヴァンからネビロスに視線を移した。
「・・・そうですか。レインボーアイスを伝授していただきありがとうございました。貴方のことは忘れませんよ」
オーヴァンは微笑み、
「ありがとう。・・・最後に手伝って欲しい事があるけど良いかな? 既に長い間不法滞在してしまってるから今更だが・・・少しくらい良いでしょう?」
「まあ、その分罪は重くなってしまいますが、貴方の未練、聞きましょう」
「うん! ネビロス様!! 手伝うよ」
ぐらたんも冥界に送る手伝いをしようとしたが、オーヴァンはぐらたんの目をじっと見つめて、
「ありがとう。済まないが、今回は彼だけに頼みたいんだ・・・。同じパテシエとしてね。私の最高傑作を彼に託したい」
オーヴァンはウインクをしてみせた。
「そっか〜。私も貴方のこと忘れないよ。 ネビロス様、お願いするね」
「ああ、任せておけ」
「それではこちらに・・・」
オーヴァンに連れられ、ネビロスは厨房の奥へ入って行っていくのをぐらたんは見送る。
☆☆☆
厨房にある棚がスライドすると、更に奥に続いていた。
こんな設備が隠されていたなんて・・・
不気味に感じながら辺りを見回し、ネビロスはオーヴァンの後ろについて行く。
「はっはっはっ、驚かせて済まないね。ここは秘密の魔術研究室。最後に野倉マスターに私のアイスを食べて欲しかった・・・」
「また会ったら、師匠に食べさせますよ。頼みとは?」
「すぐにわかるさ」
オーヴァンは閉ざされた扉のロックを外す。
ランプが緑に点灯すると、ゆっくり扉が開いていく。
部屋の奥にあるものがネビロスの瞳に映り、彼は絶句した。一筋の汗が額を流れていく。
見覚えのある大きな円筒形の水槽だ。