#50「だから私は決意した。私のすべてをキミに託すことにした・・・」
「くっそ~、あの虫を見失うなんて・・・」
ぐらたんは船虫を追いかけていたが、追いつけるはずもなく一人遺跡の中をさまよう。
完全に迷ってしまった。
半ズボンのお尻のポケットから端末を取り出す。
「マナの濃度が濃い・・・。やどりんの地図は当てにならない!」
ノイズだらけで何も映らないどころか、ホログラム自体かき消されて形成されない。人間界の魔術レベルじゃこの程度か・・・まてよ? マナが濃い。
最初ヤツが現れたとき、ウンギャンからの連絡が途切れた。それもヤツからあふれ出るマナだとしたら!
「近くにあの魔獣がいる!」
ノイズがひどくなっていく方向に駆けだす。自動で開く扉を2回ほど抜けたところで、誰かの声が聞こえてきた。突き当りのフロアからだ。
ぐらたんは足を止める。
『このままキミを冥界に送ればよかったと思ったが、キミもこの研究に関わってしまっている以上冥界にも知られるわけにはいかなかった。あの力を使いキミを蘇らせてしまったことを許して欲しい・・・』
「蘇らせる?」
入口まで近づいたぐらたんはゆっくりフロアの奥を覗く。
声の発信源。それは古いコンピュータから映し出されるホログラムから。
あれはナベリウス! それに・・・
「そんな馬鹿なっ・・・」
「ネビロス様?」
ようやく見つけた。彼は台のようなものに座っている。映像を見て動揺している。
ぐらたんはフロアの中に駆けだそうとしたが、咄嗟に身を隠した。
「あれは、さっきのキマイラ!」
ネビロスの隣に大人しく座って映像を観ている。気にかけているのか大きな手を彼の頭の上にのせる。
改めて魔獣の姿を見て確信した。
あれはキマイラマーク2。ワタノ島では「タイプ鵺」とよく呼ばれていたそうだ。
砂漠で猛威を振るったキマイラとは違い。レインボーバブルの密林地帯やワタノ島周辺の海域の環境に適応するために創られたキマイラだ。水中戦が得意のも納得だ。どうやら砂漠のパッチワークソルジャーではない様だが、脅威であることに違いはない。
だけど今は・・・
映像を見続ける彼の様子をジッと伺う。
「・・・今、僕がネビロス・スノークリスタルといえるのか不安だ。だからこそ、知りたい・・・知るためにここまで来たんだ。引くわけにはいかない」
「そうか。続ける」
止まった映像が再び再生された。
ネビロス様が一度蘇った。どういうこと?
・・・どうであれ、ナベリウスの遺産がこれで明らかになるというのなら私は・・・
ネビロスを見据えながら、ぐらたんは手をかざすと幾何学模様が目の前に描かれる。残った魔力を絞り込み魔術を発動させたのだ。
ぐらたんの額から汗がにじみ、鼓動が速くなる。黒い炎のような矢じりが形成されて手に握られる。
『築き上げてきた楽園は悲しいことに滅びゆく道にある・・・。愚かなことだ。分かり合えたはずなのに・・・。私も死期が近づいてきている。だから私は決意した。私のすべてをキミに託すことにした・・・それは「奇跡の卵」に関しての研究——』
「「「奇跡の卵!!?」」
近くで観ているネビロス、そしてぐらたんもその単語を聞き驚愕した。
「誰ダ!!」
魔獣が入口の方に振り向く。
しまった。気づかれた!!
「ぐらたん?」
ネビロスも気づきこちらの方を見る。
「シンニュウシャ、排除する!」
「待ってくれ! 二人が戦う必要は!!」
「ココを守るのがボクの役割。オマエも役割を果たせ。思い出すのにセンネンしろ」
魔獣の言葉に賛同するかのように、映像の語りも続く。
『——始まりはある戦友から託された卵だった——』
魔獣は敵意を向け、ぐらたんにとびかかる。
ぐらたんは咄嗟に、開いた扉を動かし盾にした。
しかし魔獣が繰り出す右手の爪が、いとも簡単に扉を貫く!
扉から飛び出た爪を紙一重でかわしたが、バランスを崩してそのまま床に尻もちをつくぐらたん。
邪魔な扉を引き裂き、左手を振り上げる魔獣。
爪は赤い光を発しながら高い振動音をあげる。
素早くぐらたんは、
「カースダート!」
魔獣の額にめがけて、手に持っていた漆黒の矢じりを投げつけた。
カースダートは魔獣の右腕に刺さり防がれることになったが、魔獣の右腕がガクンッと垂れ下がった。
「ぬえ!?」
カースダート。
刺さった部分で神経伝達を阻害し、相手の動きを封じる魔術だ。急所に当たれば確実に命を奪うことができる。
防がれてしまったが、今は右腕を封じれただけで十分だ。
グレネードを使ってこないとすると、注意するのは左手の爪のみ。・・・残った魔力は使い果たした。あとは、ミントでどこまで喰らいつける?
『——卵が数年経っても孵らないということで、頼まれたものだ。それはもうすでに手遅れではないのかと、結果は見えている心境でキミとアスタロト先生で調査を始めた。しかし、その卵はまだ生きていた。中の状態を調べるために我々は卵を開けることを決めた——』
ぐらたんは、殺気を放つ魔獣から距離を取りながらイチゴミントに変身する。
「イヌガミライズ! マジカル・イヌガミント!!」
閃光の中から現れたミントは魔獣にとびかかり押し倒す。魔獣に飛び乗ったまま喉元に向けてミントスラッシュを振り下ろそうとするが、
「右腕、使えなくなったくらい!!」
魔獣の左腕がミントの胴体を掴んで投げ飛ばした。
「ぐあっ・・・」「ぐらたん!」
ネビロスの目の前、投げ飛ばされたミントはコンピュータに叩きつけられ座り込む形でズレ落ちる。
その際、スピーカーが切り替わったのかフロア全体にナベリウスの音声が響き渡る。
『——どラゴメタルに穴を開けることに苦労したが、その中では信じがたいことが起こっていたのだった。最初は何も変哲もなく細胞分裂が正常に行われていた。しかし、胚がどんどん形作っていくたびに異常なほど高い魔力を検知した。その量は我々魔族でも生命を維持することができない。卵の中はそんな環境下にあった——』
「ネビロス様、さがってて!」
体勢を立て直すも、突撃してきた魔獣からはすでに左腕の爪が繰り出されていた。
ミントも迎え撃つ。
「ミントエスカッション!」
3重で盾を展開するが、あっけなくバラバラに引き裂かれる。
「くっ!」
ガラ空きになった左脇にミントは体当たりし、魔獣のバランスを崩させる。
よろめきながらも魔獣も反撃に出る。
『——もちろん細胞は傷つき死に絶える運命にあった。しかし観察を続けること、遂にそれは起こった!——』
手首を返して薙いだ爪がミントを襲うが、頭上をかすめる。ミントの耳飾りやナースキャップが弾け飛ぶようにバラバラに舞う。
「ミントスラッシュ」
ロッドに纏わせ、体の回転を効かせて横に薙ぐ。
「ぬっ!」
胴体を切り裂く手ごたえはあったが全く傷をつけることができない。魔獣の反撃をミントスラッシュで受け流す。衝撃は重たくビリビリとロッドから伝わる。
『——死にかけた胚は、再び元通りの一つの細胞に、時間が巻き戻るように戻ったのだ!! 胚が一つの細胞に戻ったあと、また再び細胞分裂が始まった——』
動かない右側に回り込んでロッドを振るうが、魔獣の長い尻尾がミントを薙ぎ払う。
吹っ飛ばされるミントは壁に激突する前に展開したミントエスカッションで三角跳び。一気に再び接近して、魔獣の頭部へミントスラッシュを纏わせたロッドを振り下ろすが左腕で防がれる。
『——分裂したら、マナで細胞が傷つき、再び融合・・・それを何度も繰り返していた。これが「奇跡の卵」が孵らない理由。我々は遺伝子レベルでその細胞を解析し、今まで培ったキマイラ技術によって高すぎる魔力を持つという遺伝子欠陥を治した。それでも半分に抑えれただけで強力な魔力だった。あとはこの子次第。キマイラ細胞の恩恵で徐々に最適な体になるよう変異していくことだろう——』
「やめろ! 二人ともやめるんだ!」
ミントと魔獣との激しい打ち合いの中、ネビロスの声は全く届かない。
『——その「奇跡の卵」の不思議な力に魅せられ研究を再開してしまった。私のたった一つの願い、それを叶えるのにこの力が必要だった。私は未来を知ってしまった以上、キミに託すしかなかった。力の一部を解析し、そこにある「リバイバーキャスケット」を開発した——』
「・・・!!」
ネビロスはナベリウスの言葉に反応し、コンピュータの傍にある棺に注目する。
秘術の一つ。自分を蘇らせたという装置を見て、何かが脳裏をよぎるのを感じた。
犬神少女と魔獣はフロア中を駆け巡り戦闘を繰り広げる。
飛び散るフロアの壁や、ガラス管、棚の破片。
飛んでくる破片が、ホログラムをかき乱した。
『——これでキミを蘇らせた。ここに来たことが自分の意志だというのなら、私の望みを叶えて欲しい・・・。異邦なる力に対抗できるのはこの力しか・・・』
コントロールパネルにも破片が命中し、コンピュータからシステム音が鳴る。
☆☆☆
コンピュータは機能停止。映像は途中で止まってしまった。
理解が追いつかなかったが、とんでもない秘術のルーツを知ることになった・・・
しかし、何か引っかかる・・・
思考を巡らせたいところだが、もうそれどころじゃない。
かまわず二人の激闘は果てしなく続いていく。
ミントのロッドと魔獣の爪が交差しようとしていた。
その時、動かなくなっていた魔獣の右腕がピクっと動き出す。ぐらたんが放った魔術の効力が切れかかっているようだ。
魔獣はフェイントで左腕を引き、ぐらたんの攻撃を回避。右腕の爪が繰り出される。
ミントは反応して再びロッドを振るうが間に合わない。
止めさせないと!!
見ていられなくなったネビロスは二人の間に飛び出した。
「止めろーーーーっ!!」
ミントと魔獣の間に割って入るネビロス。その瞬間に何が起こったのか良くわからなかった。
「えっ・・・」
「ネビロス様!!」「ジョシューー!!」
二人はようやく戦いを忘れ、絶叫するのであった。