泉 鏡花「X蟷螂鰒鉄道」現代語勝手訳 一
泉鏡花の「X蟷螂鰒鉄道」を現代語(勝手)訳してみました。
本来は原文で読むべきですが、現代語訳を試みましたので、興味のある方は、ご一読いただければ幸いです。
「勝手訳」とありますように、必ずしも原文の逐語訳とはなっておらず、自分の訳しやすいように言葉を付け加えたり、ずいぶん勝手な解釈で訳している部分もありますので、その点ご了承ください。
浅学、まるきりの素人の私が、言葉の錬金術師と言われる鏡花の文章を、どこまで現代の言葉で表現できるか、非常に心許ないのですが、誤りがあれば、皆様のご指摘、ご教示を参考にしながら、訂正しつつ、少しでも正しい訳となるようにしていければと考えています。
(大きな誤訳、誤解釈があれば、ご指摘いただければ幸甚です)
この作品の勝手訳を行うにあたり「鏡花全集 巻三」(岩波書店)を底本としました。
一
おそらく持ち主だった人の名前だろう、裏表紙にH、H、Hと少し斜めに三字書かれてあった。何度となく繰り返して愛読されたと思われるその本は、仮綴じの継糸は所々千切れ、表紙の一枚だけが辛うじて付いているだけである。
別に手荒く扱ったものではない。持ち主が丁重に扱った証拠に、西洋紙の薄い表紙には厚い楮紙のカバーが掛けられている。しかし、ずいぶん長く持ち続けたせいか、それも煤けて薄黒くなっていた。
「X」と題されたこの小説の題字を上から紙を透かして、元の書体と違わぬように輪郭をなぞって写し取り、同じようにXと書いて、その上に金箔を貼って彩り、その下には小さく(完)と記してあった。
著者である「秀蘭」即ち畠山須賀子は、それを掌に乗せてつくづくと見ていたが、顔を上げてここ山科の家の主婦と目を合わせた。