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風の少女と呪いの絆8  作者: たき
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(9)

 熱い風と土埃が舞う中、グラノは目の前の光景に呆然となった。

 鉄門は防護の法術がかけられているので、ちょっとやそっとでは破壊できないはずだ。それなのに、たった一回の攻撃で跡形もなく消えていた。

「こんな門一つで防げると本気で考えていたなら、私たちを見くびりすぎだわ」

 イオタが腰に手を当て、高慢とも言える冷えた視線を周囲にまき散らす。その隣にいるファイも、頑丈な鉄門を吹っ飛ばしたとは思えないほど涼やかな表情をしていた。

 周囲の信者がざわつき、後ずさる。圧倒的な存在感を誇る二人の脇から、不意にソールが駆けてきた。まっすぐこちらへ向かってくるソールに、グラノは剣を引き抜いて立ち上がった。

 ガンッと衝撃が手に伝わる。合同演習でも一度も武器を交えたことがなかったソールの攻撃は、想像以上に鋭かった。

「死にぞこないが何しに来た。リリーを奪還したのなら、さっさと帰ればいいだろうが」

「オルトをここに置き去りにするつもりはない」

「はっ、どこまでもお人よしだな。そんなんだからこいつに刺されるんだよ」

 複数の傷を負って倒れているオルトを一瞥し、グラノは嘲笑した。

「たとえオルトが俺を嫌っていても、俺にはオルトが必要だ」

 挑発に乗らないどころか暑苦しい友愛の情を語るソールに、グラノはあきれた。

「お前、馬鹿か? それともふざけているのか?」

「いたって真面目だが。とにかく、オルトも返してもらう。それが俺たちの総意だ」

 ソールの言葉を合図とするかのごとく、セピアたちが寄ってきた。先に逃げたはずのリリーまでいる。

「オルト、大丈夫よ。今治すからね」

 セピアが『治癒の法』を唱え、オルトの傷がみるみる癒えていくのを見て、グラノはかっとなった。

「くそっ、どいつもこいつもむかつくことをしやがって!」

 グラノはまだ声を出せないリリーを狙ったが、ソールにはばまれた。繰り出される槍を剣ではじき返したものの、立て続けに攻められて防ぐのがやっとだ。

 あまりの実力差におびえが走る。

 強い。強すぎる。本当に同い年か。

 オルトはいつもソール相手に一歩も引かなかった。つまりオルトは、自分たちにはかなり手加減していたのだ。 

「――くっ……!」

 かわしきれなかった一突きを左の太腿に食らい、グラノはよろめいた。足を封じられればふところに踏み込むことができない。歯ぎしりしてにらみつけたグラノを、ソールは無表情で見返した。

「俺と対等に戦えるのはオルトだけだ。一度もオルトに勝ったことがないお前では、俺は倒せない」

 これまでオルトより謙虚な言動が多かったソールの尊大な姿勢に、グラノは激昂した。

 こいつもたたきのめさなければ気がすまない。

「おい、ブレイ! 突っ立ってないで援護しろよ!」

 後方で見物しているブレイをかえりみる。しかしブレイはかぶりを振った。

「余計な手出しをするなと言ったじゃないか」

「馬鹿野郎! 状況が変わったんだよ! 見ればわかるだろうが。頭働かせろよっ」

「何だその口の利き方は!? 馬鹿はお前だ、偉そうに!」

「ブレイ様におすがりしようなど図々しいっ」

「危のうございます、ブレイ様。こちらへ」

 グラノを罵ってブレイをかばう信者たちにますます憤ったグラノは、容赦なくのびてきたソールの槍にはっとした。

 完全に回避するのは不可能だった。幸いだったのは左腕だったことか。焼けるような痛みに顔をゆがめたとき、オルトがリリーに支えられて上体を起こすのが見えた。

「どうして戻ってきたんだ」

 困惑顔のオルトの手をしかとにぎるリリーは安堵のさまで泣いている。二人とセピアを守る形でルテウスとレオン、フォルマが周囲を警戒していた。

 なぜだ。なぜ連中はオルトを助ける。わざわざ敵地に乗り込んで――身の危険をかえりみずに。

 頭に血がのぼったグラノは、ソールの槍を横腹に受けた。足をもつれさせながら転倒したところで、右腕を突かれてうめく。

「卑劣なまねで仲間を傷つけたお前を、俺は許さない」

 先程と立場が完全に逆転した。オルトに代わっての仕返しか、グラノの胸を踏みつけるソールに遠慮の色はない。心臓を一突きされれば終わりだった。

 一族の中心地なのに。暗黒神の信者であふれた屋敷なのに。

 助けに入る者はいない。無傷のブレイは守るのに、死にかけている自分は放置されている。

「くっ……そう! くそうっ、くそうっ!」

 こらえきれず、グラノはわめいて嗚咽を漏らした。

「……んで……なんでだよ……」

 ずるい。悔しい。オルトが妬ましくてたまらない。

 最初から気に入らなかった。見目よく成績優秀で、剣の才能まである。誰もがうらやむ幼馴染がいて、刺し殺したはずの恋敵にも変わらず存在を求められて。

 ずっと片想いしていた女の子に振られてざまあと思ったのに――ぬくぬくとした居場所を失うほどの罪を犯したのに、全員そろってオルトの救出に来るなんて。

 歯をくいしばっても涙はとまらない。血濡れてずきずきする腕でグラノは目を隠した。

「俺だって……お、れだっ……」

 自分にもそういう場所が欲しかった。出自など関係なく自分を見てくれる人が欲しかった。何をやっても這い上がれない環境にいたくなかった。

 だから学院での生活は楽しかったのだ。野外研修前も、けっこうな数のお守りをもらえるくらいモテた。

 自分を見下す人間はいない。同期生とはしゃいで、笑って、いずれはかわいい恋人だって……。

 グラノは涙に濡れた目でセピアを見た。リリーとともにオルトの背を支えるセピアは、眉間にしわを寄せて自分を見つめている。

 あのとき振られてむかついたのは、リリーに近づく算段が崩れたからだ――そう考えた。そう考えなければやっていけなかった。

 自分を受け入れてもらえなかった悲しさのせいだと思いたくなかったのだ。

 誰に対しても態度を変えないセピアは、少しばかり乱暴な自分の口の悪さにもひるまず、柔らかい調子でポンポン言い返してくれた。軽口をたたき合う毎日に心が浮き立ち、いつもセピアを探して歩いていた。

 あのとき脅すような逆切れをせず、セピアの気持ちが変わるまで待つと言えばよかったのだろうか。絶対にふり向かせると宣言して粘ればよかったのか。そうすれば、セピアは自分を好きになってくれただろうか。

 つらい。苦しい。自分がぶち壊したのに、未練がましくてみっともない。

「うっ……く……」

 大きくしゃくりあげたとき、胸にのしかかっていた重みがなくなった。ソールが身を引いたのだ。

「……殺さないのかよ」

 いざとなったら怖気づいたのかと嘲笑おうとしたグラノは、強気な興奮に彩られていた黄赤色の双眸が普段の落ち着きを取り戻していることに気づいた。

 孤立無援のグラノに対し、思うところがあったのかもしれない。情けをかけられたとわかり癪にさわったものの、ソールはやっぱりこういう奴だよなと納得する。

 ソールの視線が鉄門のほうへそれる。オルトが動けるようになったのでここを脱出するという大人の指示にうなずき、ソールはきびすを返した。

「ぬるい奴だな。俺を生かしたことをいつか後悔するぞ」

 精一杯強がるグラノを、ソールは肩越しに見やった。

「お前がどれだけ画策しようと、俺たちは負けない。全員できっと切り抜けてみせる」

 格好つけやがってと、ソールの背中に小声でぼやく。

 リリーたちが逃げると知って追おうとした信者の群れは、ファイとイオタが起こした置き土産の風と炎に慌てふためいている。屋敷の内外は大混乱で、一人静かに横たわっている自分が滑稽だと笑いかけたグラノは、体の痛みがなくなっていく感覚をいぶかしんだ。

 このまま死ぬのか? ソールがとどめをささなくても、自分はすでに瀕死の状態だったのか――いや、違う。これは……。

「……ははっ、お人よしがもう一人いやがった」

『治癒の法』など誰がかけても同じだと最初は思っていたが、何度も経験したせいか彼女のものだけはわかるようになった。相手に痛みを感じさせない完璧な調整ぶりは、一回生の技量を超えている。

 たっぷり練習させたのは自分だと、グラノは誇らしさに胸が熱くなった。最後に届いた優しい波動は、きっと生涯忘れないだろう。 

 


 激しい風と炎の乱舞に場はかき乱された。それでもリリーを捕まえろという命令が飛び、信者が決死の覚悟で迫ってくる。子供たちが馬や荷馬車に乗るまでの時間稼ぎは親が引き受けたが、行きに使った馬をオルトに譲って荷馬車に上がろうとしたフォルマ目がけ、一本の矢が飛来してきた。

「フォルマ!」

 先に一度攻撃をくらって護符の効果は消えたものの、まだ『砦の法』のかかった指輪はある。それでもレオンの警告に背後をふり返ったフォルマは、軌道に割り込んだ人物の胸を黒い矢が貫くのを目の当たりにした。

「――ブレイ!?」

 フォルマは倒れ伏したブレイのもとへ駆けた。敵も気づいたらしく動揺が広がる。誰が、と視線を向けた先で、青ざめたモスカが弓を手にへたり込んでいた。

「ブレイ、しっかりして。ブレイ!」

 黒い衣装姿のブレイを揺さぶると、こげ茶色の双眸が弱々しくフォルマをとらえた。

「セピア、お願い! ブレイのけがを治して!」

 フォルマの要請にセピアが荷馬車を下りようとしたが、キルクルスがとめて寄ってきた。

「僕たちは『狩人』の黒き矢に素手でさわれない。それを引き抜かなければ治療はできないよ」

 闇から体を保護する手袋と道具が必要なんだと言われ、「そんな……」と力なくうなだれたフォルマは、すぐにまた顔を上げた。

「それなら向こうにブレイを任せれば――」

 フォルマの案をキルクルスはまたもや却下した。

「彼との約束があるんだ。ルテウス、『盾の法』を頼む! フォルマ、ブレイの手をにぎってあげて。彼は君と縁づくことを望んでいる」

 そばへ来たルテウスが範囲法で壁をつくる間、フォルマは言われるままブレイの手を両手で包んだ。

 キルクルスの全身から淡い虹色の光がゆらりと立ち昇るのを見て、導師らしき者が叫んだ。

「だめだ、奴をとめろ! ブレイ様をお助けするんだ!」

 かたまっていた信者たちがはじけたように猛攻を開始した。

「急げ! ブレイ様を取り戻せ!」

「ブレイ様を連れていかせるな!」

 大事な『継承者』を救おうと押し寄せる信者をルテウスが懸命に防ぐそばで、キルクルスが言葉をつむいだ。

「主よ、賢者の末裔(すえ)たる我が祈り、聞き届けたまえ」

「やめろ!」「ブレイ様!」と怒号や哀願が響く中、地面が揺れ、黒い煙があちこちからわき上がった。暗黒神もブレイを手放したくないという意思表示を見せたことで信者は勢いづき、逆にルテウスは蒼白した。神が人に向かってここまで派手に自ら力を振るうことはめったにない。託宣の形をとるか、神法士の祈りに応じるのが普通なのだ。

 黒い煙に包まれた法術の壁がきしみ、今にも砕けそうになったとき、外側から虹色の光が差し込んだ。

 別の信者を相手取りながら、ファイが天空の法を唱えたのだ。虹色の輝きは充満する闇の気ともつれ合うようにして互いに絡み、膠着状態になる。

「……ルマ」

 ぴくりとブレイの指が動く。かすかな呼びかけに、フォルマはもっと強く手をにぎった。

「死なないで、ブレイ」

 今にもとまりそうな呼吸の合間に、ブレイは小さくかぶりを振った。どうして、とフォルマは泣いた。

「ブレイが好きなの。アペイロンの子孫でも、一緒にいることができなくても、ブレイが好きなのっ」

 だから死なないでと訴えるフォルマに、ブレイがかすれ声で答えた。

「僕は……嫌だ」

 フォルマは傷ついた。ブレイは自分のことが嫌いになったのか。

「僕、は、君と……一緒、に……い……」

 ブレイが微笑む。もうその瞳から生気が消えかけていた。

 地震がさらに激しさを増し、黒煙が虹色の束縛からのがれようと大蛇のようにうねる。ミシミシと嫌な音が響き渡った。

「我が前にある迷いし星の(たま)、果てなく暗き檻よりすくい上げ、再び主の天秤(はかり)に戻さんことを!」

 キルクルスの詠唱が終わると同時に、ブレイの魂が抜けた。真っ黒に染まっていた魂はキルクルスが描いた五芒星に吸い込まれ、虹色へと変わっていく。そのまま五芒星はルテウスの防御壁をすり抜けて上昇した。

 ファイの放った天空の法術を振り切って黒煙が五芒星を追いかける。しかし上空からのびてきた新たな光が五芒星を守り、無事にブレイの魂は天空神のもとへ送られた。

 暗黒神の怒りか、大地がひび割れはじめた。上下に大きく揺れ、屋敷だけでなく信者までが割れ目に落ちていく。

「フォルマ、急いで!」

 まだブレイの手をにぎったままのフォルマをキルクルスがせかす。何度もブレイの亡骸をふり返るフォルマを強引に荷馬車に押し込み、キルクルスとルテウスも飛び乗ったところで、ファイの『早駆けの法』を受けた荷馬車は出発した。

「ファイ、ついてきてるぞ!」

 馬を駆りながら後ろを見たラムダが声を張り上げる。逃げるファイたちを黒い煙が猛然と追跡していた。

「リリーを狙っているんだ」

 ファイの返答に皆が息をのむ。特にリリーは真っ青になって後方を見つめ、セピアが励ますようにリリーの肩を抱く。

「支配領域はせいぜいメンブルムの町までだろう。町を抜ければ大丈夫だ」

 念のためファイが風の神の使いを召喚し、先駆けとして飛ばす。来るときにすべて片付けてきたので、もう潜んでいる敵はいなかった。

 多少の障害になればと、ファイとルテウスが『盾の法』を連続でかけ、キルクルスも天空の法術で対抗する。それでも暗黒神は狂気的なまでにリリーを追い求めたが、集団がメンブルムの町を越えてケントウムの町に入ると同時に、いまいましげなうなり声をあげて退いていった。

「逃げ切った……か?」

 ラムダの吐き出した長大息にあわせ、騎馬と荷馬車が速度を落とす。ようやく緊張から解放され、全員がいっせいに肩の力を抜いた。

 ぼうっとした様子のオルトに一番に近づいたのは、タウだった。馬を並べて語り合う親子の邪魔をしないよう、ラムダとシータ、ソールはさりげなく距離をあけた。

「フォルマ、今はつらいだろうけど、あまり悲しまないで。ブレイは君のためにあの選択をしたんだ」  

 荷馬車のすみでかかえた膝に顔をうずめていたフォルマに、キルクルスが声をかけた。

 闇の下僕は、死ねば暗黒神の手で次の体に魂を移される。浄化されない魂は生前の苦しみを積み重ねながら幾多の生を繰り返すという。

 一度暗黒の檻に囚われれば、抜け出すのは難しい。失敗すれば暗黒神から重い罰が下されるが、ブレイはその危険をおかしてでもねじれ輪から離れる決心をしたのだ。

「……ブレイとの約束って、このことだったの?」

 暗青色の双眸を涙でにごらせ、フォルマが鼻をすすって尋ねる。

「うん。彼が僕に会いに来たとき、頼まれたんだ。もし戦いのさなかに命を落とすことになったら、天空神のもとへ送ってほしいって」

 闇の下僕の武器はキルクルスたちを闇へ落とす力がある。同時にキルクルスの一族は相手の魂を暗黒神から引き離すことができるのだ。

「それにしても、暗黒神の暴れ方はすごかったね。たった一人でも下僕を失うのがそんなに怖いのかな」

 首をかしげるセピアに、ルテウスが腕組をして空をあおいだ。

「ブレイはスキアー・アペイロンの生まれ変わりだったってことはないのか?」

「アペイロンは神法士の能力を備えていたからたぶん違うよ。でも最初の『狩人』はアペイロンの息子だ。可能性としてはそちらのほうが高い気がする。まあ、あの必死な妨害ぶりを考えると、暗黒神のお気に入りだったのは確かだろうね」

 肩をすくめたキルクルスは、あらためてフォルマを見据えた。

「僕が責任をもって送ったから、ブレイはいつか君のもとへ来るよ。子供か孫か……もしかしたら二人とも来世でってことになるかもしれないけど、必ず君と出会う。離れ離れで生きるのではなく、君のそばにいることが彼の願いだったんだ」

 だから彼を見つけてあげてねとキルクルスが微笑み、フォルマはまた涙を流した。そんなフォルマを隣のレオンがそっと抱き寄せる。

 レオンの肩にもたれ、フォルマは思う存分泣き続けた。



 その後、子供たちは順番に家まで送られた。最初に離脱したのはレオンとフォルマ、ルテウスで、次にソールの家に向かう。道中、セピアが持ってきた手帳で筆談していたリリーは、荷馬車にそっと馬を寄せてきたソールと目があった。

 手帳にすばやく伝えたいことを書き、リリーは荷馬車の端まで這っていった。


 ――助けに来てくれてありがとう


「ああ、間に合ってよかった。リリーも本当によく頑張ったな」

 ねぎらうソールに、リリーは次の頁をめくって見せた。


 ――ファイルフェンにもお礼を言いたいから、ソールの都合のいい日に遊びに行っていい?


 少し考える素振りをのぞかせたソールに、リリーは不安を覚えた。親密度が増したと勝手にうかれて、先走ってしまっただろうか。

「……前に聞いた好きなものは変わってないか?」

 こわばりかけたところで、ソールに確認される。しばし記憶をさぐり、初めてソールの家にお邪魔したときのことを思い出した。送ってもらった際、何が好きかと質問され、頭に浮かんだものを片っ端から告げたのだ。

 ソールは覚えていてくれたのか。嬉しさに頬がゆるみそうになりながらリリーがうなずくと、ソールは口角を上げた。

「じゃあ、全部用意しておく」

 全部と言われて目を丸くしたリリーは、冗談だとわかり笑った。本当に実行したらかなりの量になってしまう。

 でも、歓迎してくれるのだ。ほっとするリリーにソールも黄赤色の瞳を優しくなごませ、荷馬車から離れていった。

 家の近くで一度馬を下りたソールに、オルトも下馬して歩み寄る。二人は皆から少し離れて話をしていたが、頭を下げたオルトの肩をソールがたたき、笑顔で自身の胸を親指で指した。それから真顔になったソールが何か言い、二人は同時にリリーをかえりみた。

 オルトはきゅっと唇を引き結び、ソールにうなずいた。短い言葉をかわして最後に握手し、オルトが戻ってくる。ソールは片手を挙げてリリーたちを見送った。

「何の話をしてたの?」

 リリーがためらって聞けずにいたことを、セピアが代わりに尋ねてくれた。オルトは「ああ……学院祭の代表戦、全力で戦おうって約束をな」と答えた。

 それはいつものことではとリリーは不思議に思ったが、それ以上オルトは語らなかった。

 幼馴染三人組の中では最初に家に着いたリリーは、「無事でいてくれて本当によかった」といたわるタウたちに感謝し、あらかじめ書いていた手紙をオルトに渡した。


 ――守ってくれてありがとう。帰ってこられたのはオルトのおかげだよ


「リリー……」


 ――もう、ごめんはなしだからね


 急いで追加した文章を見せると、まさに口を開きかけていたオルトが困ったような顔をした。

 申し訳ないのは自分のほうだ。グラノによる暴露で知ったオルトの気持ちについて、監禁中触れないようにしていたから。

 オルトが喜ぶ返事を自分はできない。牢で過ごしていた間も、逃げるときも、オルトにすごく助けられたのに、ごまかし続けた自分は卑怯だと思う。

 これからも幼馴染のままでいたい。でもそうはっきり口にしてしまうと関係が壊れそうで、怖かった。そこからはみ出すつもりはないと明言する勇気がもてない自分を許してほしいと願うのは、甘えでしかないのだ。

 自己嫌悪に陥ったリリーに、間を置いてオルトが言った。

「わかった。そうさせてもらうから、リリーも気にするなよ」

 リリーははっとした。オルトの柔らかいまなざしの中にちらついている痛みに、胸がうずく。

 オルトは気づいていたのだ。自分がはぐらかしていたことを。

 へたな弁解もなぐさめもいらないとやんわり拒絶され、リリーは目を伏せた。

 すでに日付を越えてしまったため、今日はみんな家でゆっくり休むことになっている。父の話によると薬はもうほぼ完成していて、最後の仕上げを残すのみだという。

 父の薬司としての腕は確かだから、飲めば絶対に声は戻るはずだ。

「じゃあ、リリー。またな」

「明日の昼に様子を見にくるからね」

 オルトとセピアのあいさつに手を振って応え、リリーは両親とともに久方ぶりの我が家に帰宅した。

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